生きたまま骨を見る技術
──石井先生が今取り組んでいらっしゃる研究や、興味のある領域があれば教えてください。
石井 やっぱり自分は医者ですから、研究を通じて得た知見を医療の現場に応用していくことに興味がありますね。
たとえば私は「生体イメージング」という、生きたまま骨の内部を見る技術の開発に成功しました。これを骨に限らずさまざまなものの内部を見る技術へと応用発展させていきたいと考えています。実際、今まさに人体の組織の内部を見るための試作機を製作しています。この技術を用いることで、医療現場における検査精度の向上が期待できます。あるいは骨の中の細胞の動きを基にすることで、新しい骨の治療薬をつくることもできるかもしれません。
やっぱり生きたものを観察するのと死んだものを観察するのとでは全然違うんですよね。従来の実験では大抵の場合、死んだもの(=死体)を解析していました。顕微鏡での観察を想像してもらえればわかりやすいでしょう。何らかの細胞をホルマリン固定して、薄く切って、染色して、プレパラートに乗せる。ホルマリン固定というのは要するに観察対象を殺すことです。我々が顕微鏡を覗くとき、そこに見えるのはとっくに死んだ細胞たちです。
死んだ組織と生きた組織の決定的な違いは何か。それは細胞が動くかどうかです。当たり前のことですが、死んだ組織を見ても細胞の動きは観察できません。生命のダイナミクスを解析するためには、生きた組織の内部を生きたまま観察できる生体イメージング技術が必須なんです。
──生体イメージング技術は細胞活動にまつわる研究を飛躍的に前進させたと。
石井 ただ、依然として疑問は残っています。たとえば、破骨細胞が古くなったり傷んだりした骨を壊すとき、どうやってその骨を「古い」「傷んでいる」と判断しているのか。破骨細胞には骨の表面を認識する何らかの機構が備わっているのではないかというところまではわかってきているのですが、それが具体的に何であり、どのように骨の良し悪しを判断しているかはわかっていません。また、骨は肉体の成長に伴って大きくなっていきますが、その際に骨のかたちを整形するのは骨芽細胞と破骨細胞の役目です。彼らは果たしてどのような基準に基づいて「この骨はもっと伸ばそう」「この骨はちょっと削ろう」と判断しているのか。彼らの全体的な動きを統御するオーガナイザーがあるならば、それは何なのか。iPS細胞を駆使した骨の再生研究のおかげで、骨の構造をある程度再現することはできるようになりましたが、骨の代謝機能やカルシウム制御までは再現できていないのが現状です。生体イメージング技術がさらに発展し、細胞の動きの謎が解明されていけば、真の意味で「骨の再生」が可能になる日が来るかもしれません。
──骨は「身体の支持」にとどまらない重要構造であるわけですが、例えば身体の一部が欠損しているといった、骨の絶対量が少ない方の場合、何か健康上の影響が出ることはあるのでしょうか?
石井 体中に血液を供給するためにどれだけの骨髄量が必要なのかはよくわかっていません。おそらくそういう方の場合、今ある骨髄が欠損分を代償的に補っているんじゃないかと思います。たとえば下肢アンプテーション(切除)をしたからといって、造血機能が急に落ちるという話は聞いたことがありませんね。
──近年、美容整形ブームの一環で、身長を伸ばす「骨延長」という整形手術に注目が集まっています。リターンに比してリスクが大きいという指摘もありますが、先生はどうお考えでしょう?
石井 骨の再生能力を活かした手術ですね。人工的に脚部を骨折させたうえで創外固定器を装着し、骨を術前よりも長い状態に再生させるというものです。
実は骨を切って伸ばすという医療行為自体は昔からあるんですよね。たとえば軟骨無形成症という遺伝的に身長が伸びない疾患があるのですが、そういう方に対する治療法としてすでに確立しています。それを美容に応用して身長を伸ばそうというのが骨延長です。元々は医療行為ですので、おそらく5センチ程度は伸ばすことができると思います。ただ、リスクもあるので、決して推奨できるものではありません。
──飲酒・喫煙・運動不足といった「社会人あるある」な生活習慣が、骨に与える影響はあるでしょうか?
石井 骨代謝は非常にロバストなシステムですから、よっぽど極端な偏食に走るでもしない限りは大丈夫だと思いますよ。体中代謝や四肢代謝のほうは多少なり影響を受けるかもしれませんが、骨代謝に関してはそこまで心配する必要はないでしょう。もちろん健康な生活習慣を送るに越したことはありませんが。
ただ骨というものは、加齢に伴い確実に劣化していきます。骨密度の低下とは特殊な疾患などではなく、言うなれば一種の老化です。歳を取れば誰もが骨粗鬆症のリスクを抱えることになります。老化とそれに伴う骨の劣化は、人間である以上避けられないものです。ですから骨密度検査はしっかりやっておきましょう。先に述べた通り、我々の体は骨密度が下がったことを自覚できません。骨を折ったときに初めて、自分の骨密度が下がっていたことを知ります。そうなる前に病院で骨密度を測っておく。
また50歳を境に骨密度は下がり始めるので、早期に薬を飲んでおくことが大切です。骨密度は一度下がったら上がることはありません。ただ、薬を飲むことで骨密度の低下スピードを抑制することはできます。とにかく骨は折らないようにする。骨密度がある程度下がると、普通の場合なら折れないような小さな衝撃で骨が折れるようになります。そうなってからでは手遅れです。ですから40歳を超えたら定期検診に骨密度検査のオプションをつけてください。検査といってもX線で測るだけですから、簡単ですよ。
──ありがとうございました。
聞き手 本誌:岡本 滉太
