公研2025年12月号「issues of the day」

 高市早苗首相と韓国の李在明大統領は10月30日、韓国・慶州で初めての首脳会談を行った。高市氏が会談後の会見で「とても楽しい、また有意義な会談であった」と語れば、李氏も11月1日の会見で「(高市氏は)とても立派な政治家だ。心配事がすべて消えた」と述べた。双方はシャトル外交の継続でも一致し、李氏は来年早々にも高市氏の地元の奈良県を訪れたい意向だという。

 ただ、李氏の「心配事がすべて消えた」というのは、正確に言えば、「消えたと思いたい」という願望論と言える。なぜなら、李氏は同じ会見の場で、高市氏に対して「1人の政治家の時と国家運営の全ての責任を負う時とでは考え方と行動が異なると思う」と語ったからだ。これは「首相になった以上、従来の考えと行動を変えてほしい」という発言でもある。

 韓国政府関係者は「政治家としての高市氏の考え方」について、「具体的に心配しているのは靖国神社と独島(竹島)の問題だ」と語る。高市氏は過去、閣僚在任中も終戦の日や春秋の例大祭に靖国神社を参拝していた。10月17日から19日の秋の例大祭では参拝を見送ったが、「首相の任期中に一度も参拝しないで済ませられるだろうか」(韓国政府元高官)という心配の声が上がっている。

 また、高市氏は9月27日、自民党総裁選の候補者5人が出演する党のYouTube番組で、島根県が条例で定める「竹島の日」(毎年2月22日)の式典について「本来だったら堂々と大臣が(式典に)出ていったらいい。顔色をうかがう必要はない」と述べた。同県は式典への閣僚出席を求めているが、例年、内閣府政務官が出席している。前出の韓国政府元高官は「もし、閣僚が出席すれば、韓国側は強く反発せざるを得ないだろう。シャトル外交の中断もあり得る」と語る。

伝統進歩勢力と距離を置く李在明

 政権発足直後に良好な日韓関係を演出しながら、後に強い日本批判に転じた指導者としては過去、盧武鉉大統領(2003~2008年)がいる。ただ、盧氏が小泉純一郎首相の靖国参拝や教科書問題などに理念的に反発したのに対し、李在明氏は理念よりも利益を重視する現実主義者と言える。現在の韓国進歩(革新)系与党「共に民主党」は大きく分けて、李氏を支持する勢力と、盧武鉉氏や文在寅元大統領の流れを受け継ぐ勢力(文在寅支持派=文派)に大別される。文派は鄭清来党代表や秋美愛元法相らが代表格で、現在は尹錫悦前大統領ら保守勢力を激しく批判している。同時に尹氏が親しい関係を築いた日本にも根強い反感を抱いているとされる。

 現時点で、韓国世論は文派をそれほど支持していない。韓国世論調査会社「リアルメーター」が11月17日に公開した資料によれば、李在明氏の支持率が54・5%なのに対し、鄭氏が率いる共に民主党は46・7%にとどまる。前出の韓国政府元高官は「鄭氏の激しすぎる保守叩きが嫌われている。日韓関係をひどい状態に陥れた文在寅政権への不満も影響している」と指摘する。

 李在明氏は、こうした「韓国伝統進歩勢力」とは一定の距離を置いている。李氏は極貧の家庭に生まれ、当時の義務教育だった小学校を卒業すると少年工として働いた。後に特待生として韓国中央大学に入り、司法試験にも合格したが、高校は卒業していない。韓国は今でも地縁や血縁、学閥がモノをいう社会だ。尹錫悦前大統領も非常戒厳を画策する際、同じソウル・沖岩高校の先輩にあたる金龍顕氏を国防相に起用して謀議を重ねたとされる。李氏が卒業した中央大学も政治エリートを輩出している大学ではない。こうした異色の経歴が、李氏を既存の韓国政治の理念対立やしがらみから距離を置く環境をつくった。

静かに浮上する懸念

 高市政権発足直後、韓国大統領府の魏聖洛国家安保室長が訪日し、市川恵一国家安全保障局長や政界関係者らと意見交換した。日韓関係筋によれば、魏氏はこの席で「韓国側から、日韓関係を悪化させる考えはない」という趣旨の発言をしたという。逆に言えば、靖国参拝や竹島問題で、結果的に韓国側が対抗措置を取らざるを得ないような状況に追い込まないでほしいと伝えたことになる。先に述べたように、李氏は利益を重視する政治家だ。高市氏が靖国参拝や「竹島の日」をめぐる島根県主催行事への閣僚派遣などに踏み切っても、韓国世論が静かなら、抑えた対応をするだろう。逆に韓国世論が反発した場合、李氏も反応せざるを得なくなる。韓国では来年6月、統一地方選が行われる。尹錫悦氏による非常戒厳をめぐる裁判が続いており、与党勢力の勝利はほぼ間違いない。ただ、中道票が多く、政治的にも注目されるソウル市長選で保守系候補が勝利すれば、「与党優勢」の雰囲気が変わるかもしれない。李氏の政治基盤にも影響する可能性があり、李氏は国民世論に敏感にならざるを得ないだろう。

 すでに、「暗雲」の兆候が現れている。日韓メディアによれば、韓国空軍のアクロバット飛行チーム「ブラックイーグルス」が10月28日、竹島周辺空域で訓練飛行を行った。これを問題視した日本政府は、11月5日に予定されていたブラックイーグルスの沖縄での給油を拒否した。ブラックイーグルスはこのため、11月17日から予定されたアラブ首相国連邦(UAE)のドバイ航空ショーへの参加をとりやめた。韓国政府は11月13日から15日まで東京・日本武道館で行われた自衛隊音楽まつりへの韓国軍・軍楽隊の派遣をとりやめた。同軍楽隊の日本派遣は、今年9月の日韓防衛相会談で合意されたもので、実現すれば2015年以来10年ぶりの訪日になるはずだった。さらに、11月に予定されていた海上自衛隊と韓国海軍による捜索救難共同訓練も中止された。

 自衛隊と韓国軍の関係は、2018年10月に韓国・済州島で行われた国際観艦式の際、当時の文在寅政権が海自護衛艦による自衛艦旗(旭日旗)掲揚を事実上拒んだために護衛艦が参加を中止したことから悪化。さらに、18年12月に韓国軍艦による海上自衛隊哨戒機への「射撃管制用レーダー照射事件」、さらに19年8月、韓国政府が日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を一時通告するなどして、軍事交流がほとんど断絶する状態に追い込まれた。2022年5月に発足した尹錫悦前政権でようやく関係改善の兆しが生まれ、今年9月の日韓防衛相会談もこの流れを継続することを確認する目的で開かれていた。

日韓大陸棚協定の行方

 また、韓国側が懸念している材料がもう一つある。日韓両国の大陸棚の境界を定め、韓国・済州島南沖の東シナ海海域を共同開発区域とした日韓大陸棚協定(1978年締結)の問題だ。同協定は2028年6月に50年間の有効期間を終える。両国が何のアクションも取らない場合、自然延長される見通しだが、同時に期間満了の3年前の今年6月から、終了通知が可能な状態になっている。

 この協定は当時、「沿岸国の領土が棚状のかたちを保ったまま、自然に延長している区域とみなす」という大陸棚自然延長論に基づいて結ばれた。この理論に拠った場合、韓国の大陸棚は南西諸島・琉球列島の北西側に延びる沖縄トラフにまで及ぶため、共同開発区域が中間線よりも大きく日本側にせり出した格好になっている。ただ、現在の国際司法裁判所(ICJ)の判決や学説は「大陸棚自然延長論」を取らず、「双方の陸地からの中間線説」を採用している。

 日本政府関係者によれば、政府内では石破茂政権当時、協定終了を通告し、改めて日韓中間線を境に双方が平等な範囲で共同開発区域を引き直すかどうかについて協議したという。石破首相や岩屋毅外相らが、日韓関係の改善を強く望んでいた背景もあり、終了通告を見送る状態が続いているという。政府関係者の一人は「高市首相が関心を持てば、あるいは終了通告をすることになるかもしれない」と語る。韓国側は、日本が終了通告をした場合、「中間線の引き方次第で、竹島の領有権問題が再燃する可能性がある」(元高官)として緊張しているという。

日韓友好が不可欠なアジア情勢

 もちろん、日本と韓国がいがみ合えるような国際環境ではない。トランプ米政権は地域同盟国・パートナーに対し、安全保障の負担を増やすよう繰り返し、求めている。米政権や米軍幹部は、在韓米軍(約28500人)を北朝鮮の脅威だけではなく、朝鮮半島以外の脅威にも対応できるようにしたい考えを表明している。韓国メディアによれば、ドリスコル米陸軍長官は10月1日、韓国・平沢のキャンプ・ハンフリーズで行われた報道陣との懇談会で、「在韓米軍の主な任務の対象は中国なのか、北朝鮮なのか」という質問に対し、「両方とも基本的な脅威だ」と答えた。米国のシンクタンク「ディフェンス・プライオリティーズ」は7月、米軍のあるべき地球規模の展開についての報告書「米国の国益に合わせた地球規模の軍事態勢」を発表し、在韓米軍を1万人に削減し、小笠原諸島からパプアニューギニアに向けて延びる第2列島線上に後退させるよう提案した。

 また、李在明政権は任期中に、米韓連合軍司令官を兼ねる在韓米軍司令官が握る朝鮮半島有事の際の作戦統制権(指揮権)を韓国に移管するよう進める方針を表明。米国も基本的に応じる姿勢を示している。指揮権が韓国に渡った場合、韓国は作戦遂行だけではなく、補給や整備などの兵站や情報収集なども主導して進めなければならなくなる。ただ、米国は台湾有事に集中したい考えで、朝鮮半島への武器・弾薬の補給が滞る可能性もある。また、北朝鮮軍は大量のミサイルや多連装ロケット砲を保有しているため、有事の際には大量の避難民が発生するほか、韓国軍の航空機などを一時、国外に退避させる必要が生まれる。こうした問題を解決するためには、隣国の日本との協力が欠かせない。

 日本も韓国に約4万人の在留邦人がいる。旅行客も含め、従来の退避計画は在韓米軍の協力を前提としていた。在韓米軍が縮小される場合、計画の練り直しを迫られる可能性があり、韓国政府・軍の協力が必要になるかもしれない。

中国をにらんで

 一方、高市首相の台湾有事が「存立危機事態」に当たる可能性があるとした国会答弁をめぐり、日中関係が緊張している。李在明大統領は11月下旬、南アフリカで開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の機会に中国の李強首相、高市首相とそれぞれ会った。韓国大統領府によれば、李大統領は日中対立について「韓国としては現状を冷静に見守り、国益を損なわず最大化するため最善を尽くすべきだ」との認識を示した。韓国政府元当局者は「韓国としては東アジアが緊張する事態は避けたい。日米とも中国とも対立したくないのが本音だ」と語る。11月24日に予定された日中韓文化担当閣僚会議が延期になり、来春にも予定されていた日中韓首脳会議の開催も危ぶまれている。李氏と高市氏は南アフリカでの懇談で、シャトル外交の継続で一致したが、日中対立は日韓関係にも少なくない影響を及ぼしそうだ。

 高市首相は自民党内に自前の支持勢力がなく、世論に強く訴えざるを得ない事情を抱える。韓国で10月、台湾のAPEC(アジア太平洋経済協力)代表と会談したことや、「存立危機事態」答弁などは、その一例だろう。ただ、韓国との間ではこうした協力せざるを得ない状況があることを、日韓双方の議員、財界人、有識者らが粘り強く説明していく必要がある。

朝日新聞記者

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