問われる難民不認定の報道のあり方
三好 私も新聞記者でしたが、報道のあり方も不法残留者や難民不認定者を速やかに送還に踏み切れなかった一つの背景にあると感じています。「難民申請を何度しても認められないのは人権侵害である」と報道されることが多いですが、不認定になるには理由があります。そもそも難民該当性が認められないケースがほとんどですが、傷害事件や強制わいせつ事件など、犯罪を起こしている例もあります。前科に関する情報は人権上慎重な扱いが必要ですが、報道する記者もおそらく犯罪歴などを知っているはずで、それにもかかわらず、弱者としてのみ報道するあり方には、何かイデオロギー的背景があるのか、あるいは報道はそうあるべきという一種の惰性があるのか、いつも訝しく思っています。
福山 そうですね。私も入管批判報道には懐疑的です。多くの社には深く掘り下げた良い報道をされる記者も間違いなくおいでになるのですが、国会議員、報道、弁護士、研究者、それから活動家の連携による入管批判の内容は非常に不正確であると感じます。相手を黒く塗っておいてその黒さを批判しても何も変わりません。入管側の説明を特定の方向性を持った人が記録し、同じ方向性を持った人がそれを引用すると、元の説明内容と正反対の内容になることも最近ある入管批判本で初めて知りました。また、あるテレビ局の報道内容に事実誤認が多かったので指摘したところ、直後にさらに「事実誤認」の多い報道がなされました。このような「報復報道」は珍しくないとのことです。その放送局は、最近の報道や情報番組では、出演者の発言をあらかじめ制限していたそうです。
そもそも入管法上の難民認定要件を欠いていれば、何回申請しようと認定されないのは当然のことで、人権侵害ではありません。その点正確な理解が必要です。
出入国管理施設内の現場
三好 一方で、実際に入管施設内の事件も起きています。2021年3月、スリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが名古屋出入国在留管理局の施設で亡くなった事件は、入管法改正案がいったん廃案になるなど、大きな影響がありました。私が読んだ元入管職員の証言によれば、1990年代には入管職員が外国人を殴ることもあったとのことです。福山さんが40年務めていた中で、入管施設内での人権侵害の事件を扱ったことはあるでしょうか。
福山 私自身は死亡事故を経験したことはありません。しかし、21世紀直前私の人事業務の担当し始めの頃、被収容者ではなく偽造旅券により上陸申請してきた人の頭をその場にあった棒状の事務用品で殴打して負傷させた入国審査官を懲戒処分にしたことがありました。収容施設における問題事例は前世紀には何回かあったとの話は耳にしたことがあります。
被収容者に対する人権侵害との批判に関しては、確かにそのような国会質問、報道、それらだけを元にした研究論文らしき文章や文献、街頭活動はありましたが、いずれも事実確認が不十分です。これらの人たちによる「入管職員が組織的に女性被収容者に性的嫌がらせをしていた」との根も葉もない批判の急先鋒であった国会議員が女性に対する自らの強制わいせつ罪容疑で書類送検され、議員辞職されたのは衝撃的でしたが、その後もこの元議員の国会質問を引用する報道や研究論文の発表は続いています。
三好 収容者が暴れたからやむを得ず制圧したケースが多いと思いますが、行き過ぎた雑な扱いもあったのでしょうか。
福山 前記の事例は入国審査官によるもので、本人の供述を得ようと焦った事案であったようです。自白の強要など論外ですし、本来そのような事案においては本人の供述は不要であり、入管法の仕組みをわかった責任ある立場の者が正確に指示を出していれば起こり得なかった事件です。ですから、その後私自身そのようにして再発防止に努めました。
他方、入管の収容施設では、被収容者が椅子や机を投げる、ロッカーを破壊する、殴りかかる、松葉づえを振り回す。キリスト教徒であることを理由に迫害を受けていたはずなのに新約聖書を投げつけるなど凶器として用い、さらに、他の収容者の肋骨を折る、周囲に熱湯をまき散らして暴れるということがしばしば起こります。これらの場合、放置すれば本人が大怪我をし、他の被収容者や入国警備官が負傷するだけでなく、多大な物損が発生します。制圧する場合も被収容者の動きを完全に止めない限り、同じ結果に至ります。実際に被収容者に殴打されて骨折した入国警備官もいます。これらのことを防ぐためには、経過を見て指揮を執る人、記録をとる人、頭と手足をそれぞれ1人1カ所ずつ担当する人などで合計10人近くは必要になります。
三好 訴訟係属中は本来は望ましくないのでしょうが、裁判資料として入管庁側が提出した映像を、原告側弁護士が公開することがあります。多数の入国警備官が被収容者を押さえつけている映像で、「こんなひどい人権侵害が横行している」という主張の根拠にしています。
福山 制圧の映像を初めてご覧になれば、驚きの余り、あたかもかわいそうな被収容者を入国警備官が大勢で虐待しているかのように見えるのも無理もないことです。しかし、制圧は、人権侵害どころか本人及び他の被収容者の利益・人権を守るための必要最小限の措置なのです。自傷他害の危険性があるから制圧するのであって、それがなければ制圧もありません。したがって、そこで人権侵害が起こる余地もありません。
日本の難民認定率はなぜ低いのか
三好 もう1点、しばしば批判の対象となるのが、欧米諸国に比べると難民認定者数も率も低いことです。それはなぜでしょうか。
福山 私は低いとも問題だとも考えておりません。日本の認定率が他国と比較して一見低いのは、日本が紛争地域から離れていること、真正な難民が到達しにくい地理的条件下にあること、言語・文化の相違のためであると考えています。2015年の例のとおり、シリアから欧州諸国へは多くの移民が徒歩で到着していますが、日本の場合それは不可能で、実際そのような大量流入は生じませんでした。最近のウクライナ避難民の日本と各国の流入数を見てもその差は歴然としています。
他方、難民認定者に多い旅券不所持者、査証不所持者をその出発地において自国向けの航空機への搭乗拒否をその航空機の機長にさせている国や、多数国間協定によって締約国内での難民認定申請を制限している国もあります。日本には存在しない制度です。
次に、現在の難民認定率は法律及び条約を適正に執行した結果です。もしそれが低いとして批判されるのであれば、適正と考える認定率、それを欧米並みとするのであればその場合も、根拠と共に提示すべきです。今まで私は日本が積極的に難民を受け入れるべき理由と日本の認定率が低いと評価する根拠、適正な認定率を機会ある毎に繰り返し質問してきましたが、余り説得力は感じられなかったものの回答してくださったお一人を除き、無回答です。
難民認定率が低いと主張する元難民審査参与員の方でさえも、その認定率は約8%で欧米の認定率以下です。残りの92%の不認定理由をご説明いただければ、日本における難民認定申請者の実相が明らかになりそうです。
なお、認定率の加盟国間格差の是正を試みている欧州連合諸国でもその原因が分からず、対応に苦慮しているそうで、ドイツの若き研究者もその著書で白旗を揚げています。