2023年4月号「issues of the day」

 

今こそ電力自由化の再検討を

 「それは停電がないからですよ」と、久米宏店長。横では店員の壇蜜さんが頷いている。冷たい雨の降る2015年1月9日、話題の新書を紹介する「BS日テレ」『久米書店』番組収録中のことだった。サラリーマン人生43年間の卒業論文とでもいうべき『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?』(文春新書)を書き終えた所感として「日本人のエネルギーリテラシーが低いのはなぜだろうか」と漏らしところ、久米さんが間髪入れずに応えてくれたのだ。その数年前、久米さんは、出張中の平壌で一仕事終え、打ち上げの夕食中に突然停電に見舞われたことがあったそうだ。「焼肉を食べている最中に真っ暗になると、エネルギー問題を考えますよ。でも、日本では……」。

 停電がない。これは決してあたりまえのことではない。筆者は、イラン三井物産社長業務引継ぎ時に前任者から「オフィス借り換えのときも必ず低層階にするように。いつ停電になり、エレベーターに閉じ込められるかわからないから」と申し渡された経験がある。1996年のことだが。停電が日常茶飯事の国は今でもたくさんある。

思想なき自由化が生んだ弊害

 だが我々日本人は、当然のことのように毎日停電を心配することなく生活している。少なくとも筆者は、物心がついてから日本で停電を経験した記憶はない。しかし、2020年、2021年に続き2022年の夏も冬も電力需給は逼迫し、節電が呼びかけられた。

 どうして最近、こうなってしまったのだろうか?

 思うに、政府が2011年の「東日本大震災」を機に「思想なき電力自由化」を強引に推し進めたからだ。根本問題はここにある。官民挙げて解決に取り組まないかぎり、電力需給逼迫は今後も繰り返されるだろう。筆者が「思想なき」と形容するのは、なぜ、誰のために、どのようにして自由化するのかという基本をあいまいにしたまま手掛け、進めてしまっているからだ。弥縫策では問題は解決しない。一方で国民の多くは「自由化で電気代が安くなる」としか理解していないのではないだろうか。政府は国民に「自由化すると電力料金は安くなるが、停電のリスクは高まる」と懇切丁寧に説明し、納得してもらうべきだった。手を尽くして説明しても「電気代は安いほうがいいが、停電は嫌だ」というのであれば、自由化を断念すべきだったのだ。鑑みるに、現在誰が電力「供給義務」を負っているのだろうか。停電が起きないようにするのは、誰の責任なのだろう。また自由化により電力料金は、どれだけ安くなったのか。国際競争力につながる内外格差は解消されたと言えるのだろうか。

変化を恐れず、俯瞰する力を

 先日、請われて地方の某公立高校で『商社マンって何するの?』と題して特別授業を行った。最後に、未来を担う生徒の皆さんに次の二つの言葉を贈った。「Change is Stable」「Detachment」。

 Change is Stable」とは、約30年前に筆者がニューヨーク勤務していたとき、周囲のビジネスマンたちがよく口にしていた言葉だ。変化は常態なのだ。恐れず、むしろチャンスと前向きに捉え、変化にチャレンジしていこう、ということだ。

 Detachment」とは、おおよそ半世紀前の1971年「国際政治学」最終講義で、石田雄教授が卒業する我々に贈ってくれた言葉だ。「皆さんはもうすぐ卒業して社会人になる。毎日忙しく過ごすことになるだろう。だが時には “Detachment” という言葉を思い出して欲しい。Detachできるということが、皆さんが大学で学んだことの証なのだから」「Detachment」とは、直訳すれば「分離」「離脱」「超越」という意味だ。石田先生は、多忙な毎日にあっても時には立ち止まり、自らの立ち位置を、日本の現状を、世界の情勢を、一段高いところから俯瞰して考える習慣を身につけるように、と教えてくれたのだ。

 EU(及び英国)は電力システムを共有しており、それぞれの国は異なる電源燃料を使っている。水力が大半の国もあれば、原子力一本足打法の国もある。再エネ比率が高まっている国もあれば、依然として化石燃料比率が高い国もある。このように、電源燃料の異なる国々が縦横無尽に連携し電力の輸出入も常態化しているため、全体として状況変化への対応能力が高いシステムとなっている。一方、島国なため他国と一切連携しておらず、似たような電源構成の電力会社しかないわが国においては、欧州のような自由化は理論的にも難しいのではないだろうか。

 我々も変化を恐れずチャンスと捉え、高い視点から現状を俯瞰し、「思想なき電力自由化」そのものを再検討する時期を迎えているのではないだろうか?

 と、ここまで書いて気がついた。これらは本誌の読者には釈迦に説法だろう。本誌をお読みいただいていない方々にこそ理解して貰わなければなければならないことなのだ。喫緊の課題は「異次元の広報活動」が必要だ、ということになるのだろうか。

エネルギーアナリスト  岩瀬 昇

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