『公研』2020年8月号「めいん・すとりいと」

小川さやか

 2020年7月1日、レジ袋の有料化が全小売業で義務化された。先進国として経済発展とそれに必要な消費社会の構築に邁進してきた日本では環境問題が取り沙汰され、1990年代から生協によりマイバックの導入が広く進められるなどの動きがあった。新型コロナ禍で既存の経済システムに暗雲が立ち込め、生活様式にも異変が起きるなか、レジ袋の有料化は新型コロナ禍に対応するために政府が提唱している新生活様式の実践とともに、既存の消費社会のあり方を見直す契機を生み出した。

 実はゴミ問題が深刻なアフリカでは、すでに30カ国以上の国がビニール袋の使用を規制している。私が調査しているタンザニアでも、2019年6月からビニール袋の輸入・輸出や製造・販売、保管・利用が禁止された。旅行者にもジップロックなどを除くビニール袋の持ち込みが禁止された。ビニール袋を製造すると懲役2年または最大40万米ドルの罰金が科せられ、所持が発覚しただけで13米ドルの罰金が科せられる可能性がある。

 2020年2月にタンザニアを再訪した私は、8カ月あまりでビニール袋が使用されなくなったことを理解した。ショッピングモールなどでは、布製のバッグが有料で販売されるようになっていた。かつて青空市場やキオスクなどで買い物すると、すぐさまビニール袋の束を持った行商人らに囲まれたが、彼らもすっかり姿を消した。

 商店主たちにビニール袋の禁止について尋ねると、好意的な意見が多かった。ある女性店主は「ビニール袋禁止が通達された時には不満だったけど、街が驚くほどに綺麗になっていくのを見て、ビニール袋を嫌うようになった」と語った。また別の商店主は、ビニール袋のゴミが減って「掃除が楽になった」と説明した。他にも「道が綺麗になると、ビニール袋以外のものでもポイ捨てしなくなった」と人びとの行動の変化を喜ぶ声があった。

 以前は老若男女に関わらず、タンザニア人はタバコの吸殻から菓子の包み紙まで何でも道端に捨てていた。実際、タンザニアではゴミ箱をあまり見かけない。日本での習慣でポイ捨てをためらい、ポシェットにゴミを溜め込む私を、「その辺に捨てたらいいのに」と友人たちはいつも笑っていた。彼らは、付近の商店主や清掃員が朝夕に路上の掃除をするので、気にしなくて良いと言っていた。そんな彼らが、水溜りに捨てられたビニール袋に足を滑らせたり、風向きにより郊外のゴミ埋立地から悪臭が流れてきたりしていたなどの問題を挙げ、ビニール袋の禁止に好意を示すようになっていた。

 しかし、タンザニアの生活様式はもともとビニール袋にさほど依存していない。ビニール袋のない生活に「戻る」のは難しくなかった。冷蔵庫や自家用車が十分に普及していない同国では、居住区の隅々で小売業が展開されている。多くの住民は歩いてすぐのキオスクや露店でトマト三つ、玉葱一つ、コップ半分の食用油といった、その日に消費する分だけを購入している。おしゃれなマイバックを持ち歩かなくても、女性たちは腰に巻いたカンガ(プリント布)を風呂敷代わりにしたり、ザルやカゴを利用したりして買い物ができてしまう。鮮魚などをバケツに入れて住宅街を練り歩く行商人もいる。日本のようにビニール袋にまとめて定期的にゴミを出すという規則もなく、ゴミが溜まったらバケツなどで清掃ダンプまで持っていく。

 先進諸国が「戻る」のは容易ではないかもしれないが、レジ袋だけでなく、新型コロナ禍の強制力によって消費生活とそれにあわせた労働が見直され、「戻る」を組み込んだ新生活様式が立ち現れてくるかもしれない。 立命館大学教授

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