2022年11月号「issues of the day」

 

1.効く・効かない問題

 「西側の経済制裁(以下単に制裁)はロシアに効いているのか、いないのか?」
 この質問は三つの意味で難しい。第一に純粋に経済予測としての難しさだ。制裁によってロシアの需給構造は激変し、従来の予測手法は使えない。第二に「効く」の定義の問題だ。経済制裁は経済という「中間目標」を通じて、制裁対象国の内政・外交的行動の変化という「最終目標」を達成する。しかし私が所属する小さな組織でさえ「中間目標・最終目標はそれぞれ何か」という問いに対する組織的合意は得られなかった。定義できない目標を相手に、効く・効かないの議論はできない。第三に信条的問題だ。侵攻当初、私が制裁のロシア経済への効果を疑問視すると、一部の方々からおりを受けた。人間は自分の聞きたいことしか聞かない。このように三つの難しい問題をはらむ「効く・効かない問題」だが、私は「制裁の注目点を指摘する」という方法で対応した。制裁の効く・効かないはまだわからないが、それを左右するのはエネルギー制裁の強度と新興国の制裁参加度合である、といった具合だ。ちょっとずるいが妥当な対応だったと思う。

 

2.ロシアを支える輸入マジック

 ここに来て(今日は11/2)、制裁は期待したほどには効いていないという見方が強まっているようだ(但し依然として先述の「『効く』の定義問題」が解決したわけではないのだが)。ロシア政府が公表した2022年46月期の実質GDP成長率が前年比▲4.1%と大方の予測よりもマイナス幅が小さかったためだろう。

 ロシア政府統計の信憑性が危ぶまれる中、筆者はロシア国民の生活に関する聞き取りアンケートも重視するが、直近9月の結果は総合すると「一般市民の生活上、西側制裁の痛手は現時点ではまだ感じられない。但し制裁で外国旅行には行けなくなった」といった内容で、ロシア政府統計と整合的と感じる。

 ロシア経済の落ち込みが当初予想されたよりも軽微にとどまった理由として、私は「ロシア特有の輸入マジック」を挙げたい。ロシアでは経済危機において輸入が大きく減り、GDPを下支える傾向がある。

 例えば2015年のロシアの実質GDP成長率は油価暴落により前年比▲2.0%と落ち込んだが、同年の需要項目別寄与度(実質GDP成長率に何%寄与したか)を見ると、消費と投資で▲9.2%に対し、輸入は+7.0%寄与している。輸入が貿易統計ベースで前年比▲37.3%と急減したせいだ。

 2022年3月以降ロシア政府は貿易統計を公表していないようだが、WTO傘下のInternational Trade Centre公表の59カ国の対ロ輸出(ロシア側からみると輸入)を合計すると2022年46月期は前年比▲54.1%(因みに同対ロ輸入は+29.2%)と2015年以上の減少ペースとなっており、今回もこの輸入の激減がGDPを下支えた可能性が高い。

 

3.これからのロシアはGDPだけでは測れない

 ロシア経済の中長期的な注目点は第一に輸入減少の否定的効果だ。「輸入をするために輸出で外貨を稼ぐ、つまりまず輸入ありき」という考えがあるほど輸入は大事だ。実際IMFのデータベースなどではImport/Exportの順に表示されている。ロシアの輸入減少のかなりの部分は生産機械や部品といった資本財によると思われ、中長期的にはロシアの潜在成長率を引き下げることになろう。

 第二にロシア経済を評価する際、統計以外の要素も考慮すべきだ。GDP統計やその基礎統計の多くは、量の測定には向くが、質の測定には向いていない。かつてソ連の鉄鋼生産は世界トップクラスだったが、果たしてソ連は経済大国だっただろうか、という理屈だ。

 経済のサービス化・無料化の現代においてはなおさらだ。おそらく遠くない将来ロシアの実質GDP成長率はプラスに転じると思うが、それが量だけでなく質を伴ったものであるかどうかは統計だけではわからない。それを知るには統計以外の情報、例えばロシア国民の生活満足度などに耳を傾けるべきだ。

 第三に「売りたい」と「買いたい」を甘く見てはいけない。この二つが揃った場合、モノの貿易の場合大抵の制裁はすり抜けてしまうし、制裁自体が骨抜きにされる場合もある。

 2014年のクリミア侵攻を受けロシアは制裁を受けたが、その後も石油・ガスの増産が続いたことは記憶に新しい。一方、ロシアが「制裁迂回装置」として期待を寄せるトルコが2023年に大統領選挙を控えている点には留意したい。

 と、ここまできて、また自分が予測ではなく注目点ばかり書いていることに気付いた。予測手法なき現代の処世術が身についてしまったか。予測の極意は今を知ることなり、と自分を慰めよう。

丸紅経済研究所所長代理 榎本 裕洋

 

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