2022年3月号「issues of the day」
ロシアのウクライナ侵攻が「持たざる」国に与える影響
「平時はコモデティ 有事は戦略物資」──。2020年2月12日「参議院資源エネルギーに関する調査会」で参考人として意見陳述した際に「石油」についてこう申し上げた。本稿を執筆している22年3月初め、あらためてこの言葉を噛みしめている。
相次ぐロシアからの撤退
東部親露派軍事勢力が実効支配しているドネツク人民共和国およびルガンスク人民共和国の独立を3日前に承認し、治安維持のため同地に軍を派遣したたばかりの露プーチン大統領は2月24日、突如ウクライナ全土への軍事侵攻を指示した。ロシアからウクライナ南部、東部、北部へ、そしてベルラーシから首都キエフをめざす4方面からの侵略戦争の開始である。
同日のスピーチで、プーチンは侵攻理由として次のように言明した。①核保有国の一つであるわれわれに攻撃を加えれば、不幸な結果になるのは明らかだ。②問題は我々の歴史的な土地で反ロシア感情が生まれていることだ。③100万人のジェノサイドを止めなければならない。④NATO主要国はウクライナの極右勢力とネオナチを支援している。⑤私は、キエフの政権に8年間虐げられてきた市民の保護のため、特別な軍事作戦を行うこととした。
「核」以外の4点は、昨年7月のプーチン論文『ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性』にすべて記載されている。いわくウクライナはロシアの一部であり、外国勢力に支えられた現政権は極右勢力、ネオナチで、多くの人民を虐殺している、抑圧されているウクライナの同胞を守ることが我々の使命なのだ、と。どう見ても被害者意識に基づく妄想・陰謀論としか思えないが、プーチンは心からそう信じているようだ。
今回のウクライナ侵略が、戦後世界秩序の根幹である国連憲章、国際法に違反していることは明白だ。G7を中心とした西側諸国は「力による現状変更」は許さないとしてウクライナ支援を表明、武器供与等の軍事協力を実行し、官民あげて厳しい経済制裁を科している。ロシアで長年エネルギー事業を遂行している大手国際石油もこの隊列に加わりつつある。
2月末、英BP、ノルウェイのエクイノールに続き英シェルもロシア事業すべてからの撤退を表明した。3月に入って米エクソンもサハリン1から撤退すると発表した。仏トタルは「見直す」「新規投資は行わない」とするも撤退には言及していない。シェルは三井物産、三菱商事が参画しているLNGプロジェクトサハリン2からも撤退する。
エクソンがオペレーターのサハリン1にはJOGMEC、石油資源開発、INPEX、丸紅、伊藤忠がサハリン石油ガス開発 (SODECO)」の株主として参画している。同鉱区にも大量のガスが埋蔵されているが、現在はパイプラインで少量をロシア国内に供給しているのみで、原油生産が中心だ。北京冬季五輪開会式出席のため訪中したプーチンが習近平と新たに合意したガス供給契約は、この国内パイプラインを拡張しサハリン1のガスを増産して充当する計画だ。
ヤマルLNGのオペレーター露ノバテクにはトタルが株主となっており、共同で北極海LNG2も推進している。23年生産開始予定の当該プロジェクトにはJOGMEC、三井物産が参画している。多くの価値観を共有する西側諸国の大手企業が撤退を決めているロシアにおけるエネルギー事業に参画しているわが国の政府系・民間企業も早晩、撤退を余儀なくされるだろう。
エネルギー政策の原点に立ち返る
地質年代が若く、火山活動が活発なため断層が多い日本の大地には石油・ガスの胚胎は少ない。風光明媚、気候温暖な気候は山が多く、海も岸からすぐに深くなる地形と相まって再エネ能力に限界をもたらしている。残念ながら日本は、化石燃料も再エネもエネルギーを「持たざる国」なのだ。この事実は大正末期に地理学者の志賀重昂が「油断国断」という言葉を国民に徹底せしめることがエネルギー政策の第一歩だと主張した時から、いささかも変わっていない。日本の地経学的宿命である。
石油や天然ガスは「平時はコモデティ」だが「有事は戦略商品」になるという事実を、いま目の前に突きつけられている。気候温暖化が人類の存続を危うくする前に、核使用をちらつかせるプーチンの蛮行が世界秩序を脅かし、我々の眼前に現実の脅威として横たわっている。
主権国家を踏みにじる軍事侵略を見てドイツは、エネルギー供給の半分以上をロシアに依存している現状からの脱却をめざし、防衛政策、エネルギー政策を根本から見直すことにした。原発、石炭火力の停止措置の見直しに加え、これまで環境問題で遅延していた初のLNG受入れ基地建設を進めることにしている。
エネルギーを「持たざる国」わが日本も、昨年策定した第六次エネルギー基本計画を一から見直し、原点に立ち返り、新たな環境エネルギー政策を打ち出す必要があるのではなかろうか。
エネルギーアナリスト 岩瀬 昇