『公研』2021年9月号「めいん・すとりいと」

 永田町に秋の気配の訪れとともにやってきた選挙の風。デルタ変異株の山が一段落したこの秋は、ワクチンの接種率も高くなりコロナが小康状態を迎えるはずの時期でしたから、本来ならば経済の需要喚起策を次々と実行できるはずの機会の窓があいています。季節的にも人々がエアコンを使わなくなり常時換気が容易になりますから、感染対策も効きやすくなるはずです。

 しかし、今回は何分任期満了の形での選挙ですし、その前に総裁選があります。菅政権の政治的な余力を考えると、とても厳しいハレーションを伴う需要喚起策をとれるような状態ではないのかもしれません。昨年のGoToトラベルは様々な批判を生みましたが、あのキャンペーンがなければ旅館・ホテル、旅行業界はバタバタと倒れ、塗炭の苦しみにあえいでいたでしょう。需要が一時9割以上減った業界が持ち直したのは、少人数の家族で感染対策に気を付けながら旅行をすることは許容されるという認識を持ち込んだからであって、そうでなければ一時にせよ回復は難しかったでしょう。

 世界的に見て感染の波は同期する傾向にあります。各国がどのような施策をとっても感染がいったん拡大局面にあるときは下火にできず、いずれ人々の行動変容による接触機会の低下や季節要因、家庭を含む決まったコミュニティ内の蔓延の鎮火などを経て、山を下るのが一般的なコースのようです。

 今回も、ワクチン接種先進国を含め、多くの国を波状的にデルタ株が襲いました。各国を見ればワクチン接種の効果は大きく、犠牲者を減らすことができていますが、ウイルスを根絶するには至らない。オーストラリアの例を見ればわかる通り、仮により厳しく抑え込んだとしても、次の波が来ないわけではありません。波が来るたび最初期に抑え込みができていると言われるのは強権的な中国と、デルタ株が広まる前のニュージーランドくらいであり、デルタ株の感染力をもってすれば、一定の法律等の条件が揃えば早期に抑え込みが可能であるという仮説さえ維持できるかどうか定かではありません。したがって、いずれにせよ新型コロナウイルスとの戦いはすべての国が長期戦を覚悟せざるを得ないのです。

 であるならば、波と波の間は人々がある程度活動できなければ、経済社会が崩壊してしまうのは自明の理。今年の冬の変異株の状況は見通せませんが、だからこそ世界各国はコロナ禍による経済被害を限定し、「コロナ禍」から抜け出すための策を工夫しています。その代表的なもののひとつがワクチンの義務化とワクチンパスポートの活用です。日本では、ワクチンが高齢者の9割近くに接種されており、すでに人口の6割程度が一回接種を終えている。間もなく人口の半分は接種を完了します(9月2日時点)。流行の波による死者数の上下はあれど、一般的にはワクチンの接種が6割を超えると相当程度の効果が出ると言われています。

 日本は致死率の高い高齢者優先で接種を行い、かつ国民に二回接種を最短期間できっちりと終えさせる方針をとったため、人口当たりの新規死者数を抑えられたのみならず、デルタ株に対する効果が大きく出ている可能性が高い。デルタ株は一回接種ではワクチン効果が限定的だからです。現に東京の感染者数の減り方は予想以上にスムーズです。ワクチン政策の成功は成功として評価すべきでしょう。ところが、この成功を活かして各国のようにワクチンパスポートを活用しようという案は一向に進まないのです。

 日本でワクチンを義務化し、接種しない公務員や医療関係者を解雇したり、レストランから締め出したり、移動制限を課したりすることは不可能ですし、望ましくもありません。しかし、ワクチン接種証明あるいは陰性証明の提示を活用した大規模イベントの開催や、営業時間制限の撤廃ならできるでしょうし、プラスのインセンティブを与えるような施策なら可能です。例えば、酒類提供自粛の撤廃、ワンドリンクサービス等事業者の創意工夫の推奨、ショッピングの時限的な5%ポイント還元、GoToトラベルの割引率アップ等

 簡単なことのように思えてできないのは、日本が分科会主導の受け身の政治に陥っているから。世間の反応をおもんばかる事業者、決められないマインドの官公庁、選挙を前にした脆弱な政府がそれぞれに三すくみのまま、貴重な秋が失われていきます。国際政治学者

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