『公研』2021年2月号「issues of the day」
エネルギーアナリスト・大場 紀章
卸電力市場のスポット価格は、1月13日から15日にかけて一部地域で過去平均の25倍に相当する250円/kWhの最高値をつけた。1月17日以降は、経済産業省が急遽設定した上限にあたる200円/kWhを記録する日が24日まで続いた。結局、1月の平均単価は過去最高の66・91円/kWhとなった。
過去のスポット市場において、瞬間的な価格スパイクが発生する例は多数あったが、今回のように極めて高い価格水準が長期間持続するという事態は、世界の電力市場を見渡しても例がない。
LNGの弱点
このような事態となった要因として、瞬間的な供給能力の不足ではなく、燃料であるLNG(液化天然ガス)の不足状態が続いたことが指摘されている。
12月中旬以降、東アジアへの寒波の到来により暖房需要が想定以上に増加。そこに、石炭火力発電や原発のトラブルが重なり、LNG消費量が調達量を上回る状態が続いてしまった。長期的な停電リスクに備え、電力各社はLNG在庫を温存するために、発電所に余力があっても出力を落とさざるを得ず、市場に出る売り札が圧倒的に不足してしまったと考えられる。
マイナス162度で冷却し続ける必要があるLNGは、在庫コストが高く、日本の電力事業者は平均で2週間分ほどしか在庫を持たない。また、日本向けLNGスポット取引では、売買成立から到着まで1カ月半から2カ月程かかると言われている。従って、12月中旬にLNG不足の兆候に気づいたとしても、追加調達分が入手できるのは早くても1月下旬になる。これが、卸電力市場の価格高騰が長期化した原因と考えられる。
卸電力市場の価格高騰は、自社で十分な発電設備を持たず、供給する電力の大部分を卸電力市場からの調達でまかなう新電力(およそ530社ほど)の経営に大きな打撃を与える。事業者によっては1日数億円の損失となり、破綻する企業が続出する恐れがある。
市場調達だけではなく、固定価格買い取り制度(FIT)による再生可能エネルギー電力を直接調達する場合の仕入れ価格や、新電力が電力を調達できなかった場合の不足分に応じて支払うインバランス料金も、卸電力市場と連動する仕組みになっている。そのため、今回の市場価格の高騰により、日々の市場調達への支払い(2日後)に加え、FIT電気とインバランス料金の支払い義務が生じる2─3月が、時間差でやってくる次の危機となる。
1月20日、新電力56社は共同で経済産業省に対し救済措置を求める要望書を提出した。経済産業省は同月25日、インバランス料金の支払い猶予を可能とする措置を発表。しかし、それでも負担額が変わるわけではない。新電力側は、FIT電気とインバランス料金支払いの一部還元等、さらなる救済措置を要求している。
危機の根幹は?
こうした動きに対し、旧来の電力事業者や共同要望書に同意しなかった一部の新電力から批判の声が上がっている。これまで市場価格に連動する事業経営を行ってきた新電力は、卸売電力市場が0・01円/kWhとなるなど安かった時には大きな利益を得てきた。逆に言えば、その分だけ別の事業者が損失を被っていたとも言える。このように市場調達によるビジネスは得をすることもあれば損をすることもあるのが当然で、その事業リスクを取ったのであれば、市場変動による結果はやむを得ず、損をした時だけ救済というのでは道理が通らない、という主張である。
市場リスクという観点ではこれは正論だが、そうなると次の論点は、今回の価格シグナルがそもそも正常と言えたのかどうかが争点になる。即ち、何らかの意味で「不当」な価格高騰だったのであれば、それは予見可能な市場リスクを超えたものであり、救済措置を正当化する根拠となる。実際、新電力56社による共同要望書では、市場関連の情報開示(例えばLNG在庫や入札情報等)を求めており、価格高騰の正当性の検証を求めていると考えられる。
しかし、現実は両者の主張とは別の論理で動いているように思われる。政府は電力自由化を推進し、その結果生み出された多くの新電力が破綻することで、制度の失敗を批判されることを恐れ、どんな理屈であれ新電力救済を進めたい動機がある。一方、市場の「不当」性を認定すれば、こちらも制度の不備や犯人探しをすることになり、政府にとって必ずしも都合が良くない。
筆者の意見では、今回の危機の根幹は、2週間しか在庫がなく、調達に2カ月かかるLNG火力が電源構成の約4割も占めているという世界に類のない危険な状態だったということで、これでは電力制度改革で何をやっても健全な市場形成は難しいというものだ。制度設計の議論に政策資源を投入し過ぎた結果、前提となる電力システムの脆弱性を放置してしまった責任は、有権者たる全国民に跳ね返ってくるだろう。