『公研』2024年9月号「issues of the day」

 

 「米国が直面している脅威は、1945年以来、最も深刻かつ困難なものであり、近い将来大規模戦争の可能性を含んでいる」──。これは、7月末に米議会から公表された国防戦略委員会報告の冒頭の一節である。同委員会は、2022年10月にバイデン政権が発表した「国家防衛戦略(NDS)」の妥当性を客観的に評価するべく組織された超党派の専門家パネルであり、歴代政権の戦略立案に関与してきた国防省の元高官や戦力開発、予算分析の専門家で構成されている。

 同委員会の報告には、他にも傾聴に値する分析が多く含まれている──「多くの点で中国は米国を凌駕しており、20年間にわたる集中的な軍事力への投資によって、西太平洋における米国の軍事的優位性をほぼ否定してきた」「ロシアによるウクライナ侵攻のわずか数日前に結ばれた中露の〝無制限〟のパートナーシップは、今やイランや北朝鮮との軍事的・経済的パートナーシップを含むまでに深化・拡大している。この新たな連携は、地域がどこであれ、一つの紛争が多国間戦争や世界規模の戦争に発展する現実的リスクを生み出している」「(それにもかかわらず)2022NDSの戦力構成は、グローバルな競争や複数の戦域における同時紛争の脅威を十分考慮しておらず、これらを抑止し勝利するために必要な能力と規模の両方を欠いている」「委員会は、米軍が同盟国やパートナーと連携し、米国本土を防衛しつつ、インド太平洋、欧州、中東における同時多発的脅威に対処し得る複数戦域対応戦力構成を提案する」──。

 こうした危機感は、日本としても真剣に受け止めるべきものだ。では、2025年1月に誕生する米国の次期政権は、これらの指摘を実際の政策にどれだけ反映することができるだろうか。バイデン政権が会計年度2025年に向けて要求している国防予算は、対GDP比で約3%と見積もられている。これは2027年度までにようやく2%水準を達成しようとしている日本の防衛支出から見れば、十分多いように映るかもしれない。だが歴史を振り返れば、米国のGDPに占める国防支出の割合は、朝鮮戦争中(1952年)には16・9%、ベトナム戦争中(1967年)には8・6%に達していた。米国が直面する安全保障環境が「1945年以来、最も深刻」であるにもかかわらず、現在の国防支出水準が、冷戦終結後の米国一強時代(1999年)の2・9%とほとんど変わらないというのは、確かに緊張感に欠ける。

 ただし、こうした低水準は2016年ごろから続くトレンドであり、バイデン政権固有の失策というわけではない。そもそも米国の戦略コミュニティにおいて、脅威に対して国防に投じるリソースが圧倒的に不足していることは以前から認識されていた。にもかかわらず、米国世論と国内政治は、冷戦期並みの国防支出を長らく許してこなかったのである。この現実を直視すべきとするのが、トランプ政権の国防次官補代理として2018NDSの策定を主導したエルブリッジ・コルビーである。コルビーは、国防予算を増額すべきという主張自体には賛同するものの、現にそうした指摘はこれまで受け入れられてこなかった以上、身の丈にあった戦略の優先順位づけをするしかないと主張する。すなわち、米国は中国対処(台湾有事の阻止)を最優先するとともに、ウクライナや中東などへの軍事的リソースの投入を極力避けるべきという議論である(同時に彼は、脅威により近接している日本や台湾、NATOなどの同盟国にもさらなる自助努力を求めている)。

核態勢の再評価

 「グローバル・コミットメント(多正面戦略)」か、「チャイナ・ファースト(一正面戦略)」かという論争だが、トランプとハリスいずれの政権が誕生するとしても、現実の戦略がどちらかに一方に収斂することはないだろう。仮に次期政権が国防支出を増大させるとしても、中国とロシアという二つの核大国と、それ以外に生じ得る紛争を同時に抑止、対処することのできる戦力──装備や弾薬、人員、産業基盤──を構築するには十年単位の継続的な努力が必要であり、それまでの間に地域間で何らかのトレードオフが生じることは否定し難い。

 そこでバイデン政権は、通常戦力の不足による抑止力低下を補完する方策の一つとして、核態勢の再評価を実施している。この中には、2022年の「核態勢見直し(NPR)」において計画中止を決定した、海洋発射型核巡航ミサイル(SLCM-N)の開発再開や、2026年に迫る米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の効力失効に備えて、ICBMや戦略原潜の余剰スペースに戦略核弾頭を追加搭載するための準備などが含まれている。副大統領時代から「核兵器の役割低減」を掲げてきたバイデン大統領にとって、これは苦渋の決断であったに違いない。しかし、1980年代に行われたレーガン軍拡の基礎がカーター政権末期の路線転換によって築かれたことに鑑みると、これらの決断は皮肉にも、バイデン政権最後のレガシーとして評価されることになるかもしれない。

ハドソン研究所 上席研究員

 

 

 

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