近隣外交の明暗
安倍と高市の違いが最も鮮明に現れるのは近隣外交である。対中関係は安倍政権後半の改善から高市政権下の緊張へ、対韓関係は安倍政権後半の悪化から高市政権下の好転へと、明暗が逆転した。
安倍の対中外交を一言で表せば、「抑止と関与」である。FOIP、クアッド、平和安全法制によって中国を牽制する一方、関与の回路は閉ざさなかった。靖国神社参拝を2013年の1度にとどめ、福田康夫や二階俊博らの対中パイプも活かした。2018年には首脳往来を再開し、習近平の国賓訪日も準備した。中国を警戒しながら、対話と経済関係を通じて競争を管理しようとしたのである。ただし、こうした関与を東シナ海における中国の行動変化へ結びつけることはできなかった。
高市も就任直後の2025年10月に習近平国家主席と会談し、「戦略的互恵関係」を包括的に推進して「建設的かつ安定的な関係」を構築すると確認した。ところが翌11月、高市は台湾有事で武力行使を伴う場合には日本の「存立危機事態」になり得ると国会で答弁し、中国は強く反発した。
高市答弁が対日圧力の引き金になったにせよ、日中関係の緊張には構造的な要因があり、その根は以前から深かった。日本では、台湾海峡の平和と安定を自国の安全保障と切り離せないとの認識が強まっていた。高市自身も経済安全保障担当相だった2024年に著書『日本を守る 強く豊かに』で「軍事面だけではありません。経済安全保障においても、『台湾有事は日本有事』なのです」と記していた。
一方の中国は台湾を「核心的利益」と位置づけ、台湾周辺や東シナ海で軍事・海警活動を拡大し、台湾問題への他国の関与を排除しようとしている。中国は高市答弁後、訪日自粛の呼びかけ、日本産水産物の事実上の輸入停止、文化交流の縮小、軍事用途などを対象とするデュアルユース品の対日輸出規制などを段階的に用いて対日圧力を強めた。さらに中国側は、日本の防衛力強化や台湾をめぐる姿勢を「新型軍国主義」と批判している。その背景には、カイロ宣言とポツダム宣言を対日戦後処理の基礎とし、中国が参加しないまま成立したサンフランシスコ講和条約を台湾の戦後処理の法的根拠と認めない秩序認識がある。
こうした圧力は日本に政策変更を迫るだけでなく、台湾問題への介入を図っていると中国がみなす国々を牽制する意味合いもある。また、米中が通商摩擦を部分的に管理する局面では、中国が対米関係の悪化を避けながら対日圧力を続け、日米同盟に楔を打つ狙いもあるだろう。日本は、台湾情勢と対中政策をめぐる認識を米国と緊密に擦り合わせるとともに、中国との対話と危機管理の回路を確保せねばならない。
安倍が中国への抑止と関与を併用したのに対し、高市は軍事・経済両面の圧力に耐える基盤整備と多層的連携に重心を置く。だが、強靱性は関与の代わりにはならない。高市外交の課題は、抑止を維持しながら偶発的な衝突を避けるため、危機管理の枠組みを整えることである。
韓国では反対の動きが起きた。安倍政権は2015年に慰安婦合意を成立させたが、文在寅政権下で空洞化し、日韓関係は元徴用工判決、輸出管理、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)をめぐる対立によって悪化した。他方、高市と李在明大統領は、奈良と韓国・安東を相互に訪問し、シャトル外交を進めている。
この改善は、両首脳の個人的な信頼だけでは説明できない。岸田・尹錫悦両政権が修復し、石破・李両政権が維持した関係を、高市・李が安全保障、エネルギー、供給網など幅広い実務分野でさらに深化させたものである。北朝鮮の核・ミサイル開発と露朝軍事協力は、日韓および日米韓の連携を不可欠にしている。李政権が前政権の対日政策を大きく転換せず、協調路線の継続を選んだことも大きい。
1942年に日本人と朝鮮半島出身者計183人が亡くなった長生炭鉱では、発見された遺骨の身元特定に向け、日韓両政府がDNA型鑑定への協力を進めている。保守派の高市と進歩派の李のもとで日韓関係が好転していることは、首脳の政治的立場だけで外交の帰趨が決まるわけではないことを示している。
ロシアでは、比較の前提そのものが変わった。安倍はプーチン大統領と27回会談し、領土問題と平和条約交渉に大きな労力を投じたが、成果を得られなかった。ロシアによるウクライナ侵略後、高市政権は対露制裁とウクライナ支援を続けており、安倍型の対露首脳外交を進める条件は失われている。北朝鮮では、安倍も高市も拉致問題の解決を最優先課題に掲げるが、核・ミサイル能力の増強と露朝軍事協力の下で突破口は見えない。近隣外交は、首相の信条だけでなく、相手国政権の選択、国際情勢、国内政治、交渉条件の組み合わせによって動く。
高市外交の試練
高市が示した外交構想はFOIPを軸に防衛・海洋安全保障と経済安全保障を結びつけ、日本と地域諸国の自律性と強靱性を高めるものである。その成否を測る試金石は四つある。
第1に、「強靱化のFOIP」に戦略的な優先順位を与えられるか。重要鉱物、AI、エネルギー、インフラ、安全保障協力を列挙するだけでは不十分である。どの国と組み、どの制度を用い、どの政策分野に人的・財政的資源を集中させるのかを明確にする必要がある。FOIPの対象が広がるほど、何を優先し、何を見送るかという選択が重要になる。
第2に、日米同盟と同志国ネットワークを、実効的な役割分担へと発展させられるか。第2次トランプ政権と緊密な意思疎通を保ちながら、米国のインド太平洋への継続的なコミットメントを促すとともに、米国の関与が揺らぐリスクに多層的連携で備えなければならない。高市は衆議院議員に初当選する前年の1992年に著書『アメリカ大統領の権力のすべて』で、共和党と民主党について「どちらが政権をとっても対応できるシナリオ作りをすることも大切な国家の『危機管理』」と論じていた。トランプ政権との関係を安定させるだけでなく、将来、米国で政権が交代しても機能する日米同盟と同志国ネットワークを築けるかが問われる。
第3に、近隣外交で対立を管理しつつ協調を根付かせられるか。中国の軍事的・経済的圧力に備えながら対話の回路を確保し、日韓関係の改善を首脳同士の信頼にとどめず、政権交代や歴史問題にも耐える制度へと発展させる必要がある。ロシアと北朝鮮についても、首脳会談の実現だけを目標とするのではなく、危機回避、人道問題、実務協議など、達成可能な中間目標を設定しなければならない。
第4に、高市後にも残る外交資産を形成できるか。安倍外交の真価は、外遊や首脳会談の多さだけではなく、安倍退陣後にもFOIP、CPTPP、クアッド、平和安全法制、同志国連携が機能し続けたことにある。高市外交も首脳間の合意を、政権交代後も実効性を保つ制度や協力枠組みに定着させられるかによって評価されるだろう。
高市外交を測る基準は、安倍外交にどれほど似ているかではない。安倍政権期とは前提条件が異なる以上、その手法をなぞるだけでは足りない。FOIP10年の先に問われるのは、安倍の遺産を大国間競争の時代に適合させ、高市後の日本外交に何を残すかである。
中央大学教授
