鄭麗文とはどのような人物か
台湾の最大野党国民党の鄭麗文主席は、中国への「平和の旅」を実現し、習近平と会談した。昨年10月の国民党主席選挙が、本命候補であった盧秀燕台中市長の不出馬などにより低投票率となるなか、鄭は党内親中派の支持を集めるかたちで当選した。鄭は野百合運動など民主化運動にも参加した民進党員であったが、2000年代前半に民進党を脱退した後、連戦主席に誘われて国民党に転向し、立法委員などを務めた。連戦が2005年に訪中し、胡錦濤中国共産党総書記と1949年以来初めての国共トップ会談を果たした時も、鄭は随行していた。
党主席就任時から、鄭麗文は「私は中国人」だと言って憚らず、昨年末の時点で2026年前半にまず中国、次に米国を訪問したいという意向を表明し、その地ならしを続けていた。しかし、中国側がどのようなかたちで鄭を招聘するのか、習近平との会談が実現するのかなどは未知数であった。なぜなら、鄭の前任者である朱立倫は中国共産党に過度に依存しない党運営をめざし、国共両党間のトップ会談は10年間近く開かれていなかったためである。
習近平との会談実現の背景
3月末、4月7日から12日の日程で鄭麗文が訪中し、江蘇、上海、南京、北京を訪れることが発表された。しかし、習近平との会談が実現するのかどうかは発表されないまま、鄭は中国大陸へ発った。結局、中国側が会談実施を発表することはなく、国民党が会談予定を正式に発表したのは当日の朝であった。
それほどの政治的リスクも予想される習近平との会談に、鄭麗文が嬉々として向かった理由は何か。最も大きな動機は国民党内での自身の権威づけであると見られる。先述のように、鄭は先の国民党主席選挙で本命ではなかった。2028年総統選挙での国民党候補者の最有力候補は盧秀燕で、彼女が不出馬ならば現台北市長の蔣萬安を望む声も多い。鄭はこの状況を覆し、自身が総統候補になりたいという野心を抱き、その梃子として中国共産党との関係を仕切り直そうとしているようだ。
このような鄭麗文との会談を、習近平が決断したのはなぜだろうか。最大の要因は米中関係にあると思われる。元々、習近平は鄭との会談の要否を、トランプ大統領との米中首脳会談の後に検討するつもりであった。しかし、中東情勢の影響を受けて、米中首脳会談は5月に延期となった。この間に台湾では、11月の統一地方選挙に向けた各党の候補者擁立、米国から武器を購入するための特別条例案の審議など、2028年総統選も視野に入れた政局が動きはじめた。こうした情勢を観察し、習近平は鄭と会っておけば、トランプとの会談で優位に立ち、再び台湾政治に影響力を及ぼせる可能性があると判断したのではないか。
特に、武器購入に関する特別条例案は、鄭麗文が習近平に会談実現を迫る上で、重要なカードになった可能性が高い。これは、米国が売却を決めたミサイル防衛システムなどを購入するための予算で、頼清徳政権は8年間で1・25兆元の特別予算案を提案している。野党は、この総額が大きすぎることや、年度予算ではないことに反対し、審議を先延ばしにしてきた。ただ、米政府や議会から台湾野党への勧告が強まり、国民党内からも予算の必要性に理解を示す声も出てきている。そうしたなか、鄭は最大野党の主席として、断固として反対を貫く姿勢を見せていた。
会談内容とその含意
果たして、4月10日に人民大会堂で行われた習近平と鄭麗文の会談は、「平和」を強調する場となった。中国と台湾の関係が「平和」であれば、台湾が米国からそれほど多くの武器を購入する必要はなくなる。また、中東での紛争を終わらせることができない米国との違いを、台湾社会や国際社会にアピールすることもできる。
会談で習近平は、「(台湾海峡)両岸の同胞は皆中国人であり、一家として平和を求め、発展を求め、交流を求め、協力を求める。これが共通の願いである」と述べた。そして、鄭との会談を「両岸関係の平和的発展を推進し、子孫が美しい未来を共に享受できるようにする」ための会談だと位置付けた。その上で、「確固とした統一の信念」「平和の前提の堅持」「両岸関係の発展推進」「民族復興の共創」からなる四つの「意見」を提示した。
鄭麗文は習近平に対し、「92年コンセンサスを堅持し、台湾独立に反対するという共通の政治的基盤」に立つことを明確に伝えた。その上で、「制度的かつ持続可能な対話・協力メカニズムをさらに構築し、両岸関係の平和的発展を不可逆的なものとし、あらゆる紛争の要因を根本から排除すべき」だと、習近平に訴えた。さらに、鄭麗文は5項目の「主張」を習近平に提起したが、それらは端的に言えば、中国との関係を2005年に巻き戻そうとするか、それ以上に中国の立場に歩み寄るような提案であった。
2005年以来の国共関係は、「92年コンセンサス」という「一つの中国」の前提に立つが、その「中国」の定義は各自に委ねる、いわば「同床異夢」の関係にあった。しかし、その後の国際情勢や台湾社会の変化により、台湾が「中国」から離れつつあると認識した習近平は、「一つの中国」とは即ち中華人民共和国であり、「統一」を促進することだという主張を強め、国民党や台湾社会が「異夢」を見る余地を狭めてきた。そのため、現在の台湾や国際社会において、習近平と鄭麗文の会談内容は2005年とは全く異なる意味をもち、国民党のなかでも距離を取ろうとする者が少なからずいた。
どのような「平和」なのか
鄭麗文の訪中を頼清徳政権は厳しく批判した。頼清徳総統は、「平和を装った統一は民意に反するだけでなく、台湾に計り知れない後患をもたらすだろう」と述べ、武器購入に関する特別条例案の成立を改めて求めた。台湾で対中国業務を主管する大陸委員会は6項目の声明を発表し、会談には中華民国が存続する余地が見られず、「平和的な枠組み」は中国の主張する「統一」に向かうことを意味すると批判した。
台湾社会の国共トップ会談に対する関心も、2005年とは比べ物にならないほど低いが、敢えて立場を問われれば、回答は分かれる。会談後に行われた各種世論調査では、概ね会談に否定的な見方が多数を占めた。しかし、民進党支持者(25%)に対する国民党支持者(23%)の回答比率が比較的高いTVBSの世論調査では、「国共トップ会談が台湾にプラスになるか、マイナスになるか」という質問に対し、39%がプラスのほうが多い、30%がマイナスのほうが多い、4%が影響なし、29%が意見なしと回答した。
また、民進党支持者(35・4%)に対して国民党支持者(21・6%)の回答が少ない美麗島電子報の世論調査は、それが香港やマカオのような「一国二制度」の適用であることを明示した上で、今後戦争が行われないならば中国政府が示す「平和統一」を受け入れられるかを問うた。これに対し、全体では22・4%、国民党支持者の50・4%が受け入れられると回答したことは、他の世論調査での「統一」支持が軒並み10%以下であることを考えると注目に値する。しかし、これは「統一」の是非ではなく、「戦争」か「平和統一」かの二者択一を問われた場合の民意であることに留意する必要がある。
鄭麗文は中国から戻るとすぐに、訪米の意向を改めて表明した。鄭が3月に『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄稿した論考からも分かるように、彼女は対中一辺倒ではなく、米国に過度に依存せず、米中の間でバランスを取ってこそ「平和」を維持できると主張する。しかし、過去10年間の中国の台湾への向き合い方を踏まえれば、果たしてそのような「平和」は実現可能なのか、代償を伴わないのかなどの疑念を抱かざるを得ない。故に、彼女が習近平と共に唱える「平和」は、波紋を広げるのである。
法政大学法学部国際政治学科教授
