テナガザル語の翻訳アプリ
香田 僕自身はスマトラ島のテナガザルをずっと追い掛けています。さらに研究を進めたいという思いで、改組になった霊長類研究所から東大の駒場に来た経緯があります。
僕には大きな目標が二つあります。一つは、テナガザルと会話するシステムをつくることです。テナガザルは核家族型の夫婦が一つの単位になっていて、スマトラの森のなかでいくつもの夫婦が暮らしています。それぞれ縄張りがあって、毎朝大きな声で歌を歌っています。テナガザルの歌には、いくつかのパターンがあります。歌は縄張りの主張でもあるので、歌う場所の範囲が決まっていたりする。それからオスが鳴いてメスに呼び掛けて、それにメスが応答して鳴き交わすこともやっています。これをある種の「言語モデル」と捉えるのはちょっと言い過ぎですが、彼らの歌には明らかにテナガザルらしさと言える特徴があります。
聞こえてくるテナガザルの声を機械学習が解釈して、テナガザルの声を自動的に「自然なかたち」で再現できれば、テナガザルが自動的に応答するシステムが実現するかもしれません。わかりやすく言えば、テナガザルとお話しできるAIをつくれるかもしれません。
このアイデアは昔からあるのだけど、うまく進んでいなかった。けれども、ヒトの大規模言語モデルが出てきたから、それを他の動物にも適用していくことで動物の声を再現することは、いつかは可能になるだろうと考えています。
松田 「テナガザル語の翻訳アプリ」が実現したらすごい。
香田 もう一つは、テナガザルがどこで鳴いていて、どんな社会を構成しているのかもっと詳しく見ることです。
写真は、僕が駆け出しのときにスマトラの山に登ってテナガザルの音声の方角を記録したマッピングデータです。2005年頃で当時はGoogleマップもないから、自分で地図を書いて記録していたんです。テナガザルはなかなか姿を見ることができないから、どのあたりで鳴き声が聞こえたのかを記録したものです。一緒に研究していた、当時の仲間と二人で定点を二つ決めて、その場所から観察して「こっちから聞こえた」「あっちから聞こえた」といった鳴き声がした方向を毎日記録しました。

データが積み重なってくると、よく鳴いている場所がわかるようになるし、たまに姿が見られると、「たぶんあいつだろう」と推測できるようになる。半年ぐらい続けると、森の中に8家族ぐらいのテナガザルがいて、鳴き声の傾向もわかってきます。機械学習がない時代にはこうした調査を行っていました。
2022年に駒場に来てから僕がやろうしていたのは、フィールドに高性能のマイクを複数台設置して、鳴き声を記録し、テナガザルが居た場所を推定することです。複数台のマイクを定点とすれば、鳴き声の方向が交わるポイントからテナガザルがいる場所が推定できます。その音声データを毎日積み上げることで、森の中でテナガザルが鳴いている場所の地図が浮かび上がるシステムを構築しようというわけです。
これには未だに取り組んでいて、いろいろなマイクを開発しましたが、これが難しくてなかなか突破できていないんです。僕の研究者の人生が終わるまでに僕の手でなくても誰かの手でわかればいいかなと思っていましたが、松田が先ほど紹介していた熱赤外線センサーカメラを搭載したドローンで上空から撮れば、別にテナガザルが鳴いていなくてもどこにいるのかわかる。やはり技術の発展はすごいよね。何だか急に道が拓けてきた気がする。
松田 テナガザルがいる場所は割ときれいに特定できるよ。テナガザルは縄張りのレンジが狭いから、いくつかの家族を上から撮ってしまえばいい。夜だったら、気温が低いからもっと綺麗に撮影できると思う。
香田 おもしろいね。それは夢が出てきた。結局サル学者が知りたいのは、素朴なことだよね。テングザルやテナガザルやオランウータンが1日中どこで何をしているのか見たいだけだったりする。僕の場合はテナガザルがどこでいつ鳴いているのか知りたいだけなんですよ。
今日も「テナガザルと会話できるシステムをつくります」とか「人工知能を使って森の将来を予測します」と言ったけど、皆さんからの注目を集めるための売り文句みたいなもので、もっと素朴な疑問が本当の出発点だったりします。
松田 フィールドワークをやっていて感動するのは、誰も知らない動物の行動を最初に発見することで、それが一番の喜びだし楽しいと思う瞬間だよね。環境や観察するタイミングが変われば、野生動物は違う行動をするから僕はそれを見たいんですね。
先人たちが残してきた遺産をどうやって残していくべきか
香田 最近よく考えるのだけど、AIなどの新しい技術は、先人たちの膨大な研究の蓄積をきちんと整理して、そこから新しい発見を導くようなかたちで使っていくことに、大きな意義があるんじゃないかと思っています。
霊長類学や動物の行動学の世界では、実は新しい発見はどんどん小さくなっています。我々の先輩たちはすごい発見をしていて、おもしろい見立てをすでにたくさん発言しています。僕らは新しい技術を使って「この説はやはり正しかった」ということを確認しているだけだったりします。だからこそ、そうした過去の人たちが繋いできた遺産にどういうかたちで接して、次世代の研究者に繋いでいくべきなのかは、僕らの世代が考えるべき重要な問題である気がしているんです。

今ここに大量のデータがあります(感熱紙の写真)。これは僕のかつての先生の一人である小嶋祥三先生(京都大学名誉教授・霊長類研究所第9代所長)が残したもので、僕が引き継ぎました。実はこれは、チンパンジーの鳴き声を当時の先端技術で記録したものです。周波数ごとに音をフィルタリングできるアナログの装置があって、鳴き声を機械的に処理してほぼリアルタイムで感熱紙に印刷します。要するに、楽譜のように音の高さ、声の濃淡、強弱を分類して、それを可視化しているわけです。
当時の小嶋先生は、霊長類研究所にいたチンパンジーの「パン」を3年間ご自宅で育てていました。
松田 チンパンジーの人工哺育は、今では絶対にできない。
香田 あり得ないよね。先生は毎日パンの声を印刷して、その記録を3年間分残された。この貴重な記録を解析できれば、専門家に育てられたチンパンジーの声が3年間のあいだにどう変わったのかがわかります。けれども現代の人間からすれば、感熱紙の記録を見ても実際に声を聞くことはできないから、そこに価値を見出せないわけです。小嶋先生もそれをわかっていたから、「大量の紙ゴミだから捨てていいよ」とおっしゃっていました。でも捨てられないじゃないですか。だから保管していたんです。
ところが最近になって、ソナグラムという周波数などの情報から声を再現する技術が確立されていることを知りました。鳴き声を何らかの機械的な規則に従って記録したデータなのであれば、逆の変換をすれば元の音になるというロジックです。さらにその精度を上げることは、まさに深層学習が得意にする分野です。だからゴミだと思われた感熱紙もうまくやれば、声を復元・蘇生できる可能性が出てきた。
こうした挑戦に、サントリー文化財団などからの支援も受けて、今ちょうど分析を始めたところですが、その価値が蘇えるおもしろい瞬間に立ち会えるかもしれない。やはり過去の遺産はゴミではなく、捨ててはいけないのだなと実感しました。
霊長類学の分野では、僕らの先生たちもほとんどが引退して亡くなる方も出てきています。先人たちが積み上げてきた記録や遺産をどういうかたちで残して、それが大事なものであるということをどうやって伝えていくか。そうしたことを考えなかえればならない時期に来ている気がしているんですよね。
人間までAI的な発想になってしまってはいけない
松田 そういう意味ではいろいろな遺産があって、例えば昔の研究者が撮った写真やビデオから当時と今の植生を比較して復元することができるかもしれない。
香田 フィールドノートなんかは財産のはずだよね。
松田 でもAI技術を使わなければ無理かと言われたら、別に手作業で可能かもしれない。ただAI技術は「それも大事だよね」とか「こんなおもしろい見方もあるのか」といった盲点になっていることに気づくきっかけを与えてくれることがある。そこはAIの付加価値だと思う。
香田 こうした記載をきちんと再整理する役割は、僕らが責任を持ってやるべきことではないかと思っている。データさえあれば誰でもできるから、Googleのようなグローバル企業に任せておけばいいのかと言えば、そうではない気がしています。そしてハイエナのように、そのデータを浪費的に試してみたいだけの人々に任せるのも、あまり幸せな将来ではないような気がする。そのデータを引き継いできて、その大切な価値がわかっている人間がやるべきではないかな。
松田 それは確かにそうだけど、これから我々がどうやってデータを取っていくのかというところにも関連する気がするね。要は今の仮説検証型の研究は、目的が明確にあって、それにそったかたちでデータを集める。それ以外のものは排除する。つまり「ノイズ」は要らないという研究のスタイルでしょ。
けれども先輩たちの研究を振り返ってみると、一つだけの目的じゃなくて、ノイズみたいなデータがいっぱいあって、いろいろなものを「全部見てやろう」という意欲を感じますよね。つまり目的を一つに定めていないから、研究に直接関係のない情報であっても記録されていたりする。
論文に必要のない情報をノイズと見るのは、ある意味ではとてもAI的発想だよね。ノイズ的な部分にこそ次のアイデアのヒントがあるのだから、それは決してノイズではないからね。
今の学生たちは、すぐコスパやタイパなんて言い出す。科研費も長くてたった5年。博論も3年でとりたがる。論文をどう書くかばかりを考えるけど、そればかり追求していては決しておもしろい研究はできない。確かに僕たちも研究者として生き残るために、論文はうまく書いてきた。でも僕らはコスパが悪いこともやってきて、何十年か経ってみるとすごい成果だったことが結構ある。やっぱり、長期的な視点で考えないとおもしろい研究はできないからね。人間までAI的な発想になってしまうのは、危うい気がする。
学生たちにそこをどう伝えるのかは大事な課題になっていると思う。けれども学生はどうしても就職のことを考えるから、「それって論文になるのですか?」と言われると、こっちも答えに困る。
香田 「そんなことを言うなよ」とは思うよね(笑)。
(終)
