『公研』2018年10月号「issues of the day」
大場 紀章
「CASE」という言葉をご存知だろうか。最近、自動車業界でよく使われるようになった言葉で、「Connected(つながるクルマ)」、「Autonomous(自動運転)」、「Shared(シェア)」、「Electric(電動化)」という、四つの大きなトレンドの頭文字をとったものだ。
元はダイムラーが言い出したものだが、今では自動車業界の関係者の誰もが枕詞として使うようになってきている。
覆る自動車の未来像
今年1月、トヨタは多目的用途の箱型自動運転EV(電気自動車)、その名も「e-パレット」というコンセプトを発表した。これは、「CASE」の要素のすべてを体現したような構想で、人の移動や物流、さらには物販などの様々なサービスを提供するプラットフォームをめざすというものだ。さらに、6月にVWが「セドリック・アクティブ」、9月にはダイムラーとルノーがそれぞれ「URBANETIC」、「EZ-PRO」といった類似のコンセプトを発表した。
いかにも最先端トレンドを集約した自動車の未来像であるようにも思えるが、見方を変えると実は衝撃的な発表だ。なぜなら、これらのコンセプトに共通するのは、「運転する喜び」や「所有する喜び」という、これまで自動車メーカーが重視してきた価値をはじめから放棄しているからだ。
さらに、個人向けではなく、販売台数を落としかねないシェアユースを前提とした業務専用車両である。このようなある意味自己否定的とも言えるコンセプトを、大手自動車メーカー各社が相次いで大々的に発表を行ったのには、どのような背景と戦略があるのだろうか。
EVと言えば、近年急速に注目が高まっているものの、まだ高価である上に、航続距離が短い、充電時間が長い、バッテリーの寿命が短いといった課題も聞かれ、現時点で必ずしも主力とは言えない。世界の自動車保有台数に占める割合は未だ0・1%程度に過ぎない。
EVがガソリン車に商品として対抗しようとした場合、EVの最重要部品であるバッテリーのさらなるコストダウンと高性能化がカギであると考えられており、メーカー各社がしのぎを削って競争を行っている。
一方、ガソリン車とEVとでは、車としての技術的特性が異なるので、クルマの使われ方を個人所有のガソリン車に限定しなければ話は変わってくる。
まず、ガソリン車とEVの走行距離あたりの燃費を比べると、一般にEVのほうが安くなる。ガソリン車の燃費やEVの電費、原油価格やガソリン税、電力料金契約にも依存するが、ざっくりガソリン車で約6円/キロメーター、EVで約3円/キロメーター程度になる。つまり、長距離を走るほどEVは経済性がある。
個人所有物から公共インフラへ
一般的なガソリン車では10─15万キロメーター走るとかなりの主要部品の交換が必要となり、中古車としての価値が著しく失われると言われている。仮に10万キロメーターを走るとすると、トータルの燃費はガソリン車で約60万円、EVで約30万円となり、燃費で得といっても約30万円しか変わらないので、個人所有車で経済性を出すことは難しい。しかし、もしEVが100万キロメーター以上走る用途に使われれば、差額は300万円となって、車体価格の差を埋められる領域に入ってくるのである。
EVは航続距離やバッテリーの寿命が短いと言われているが、それは車体に搭載するバッテリーの大きさを、車体デザインや価格の制約からできるだけ小さくしようと設計されているからである。
逆に言えば、大きなバッテリーを積めば、車体価格は高くなるが、長い航続距離を実現し、さらに余裕を持ったバッテリーの使い方をすることで、寿命を飛躍的に伸ばすことができる。例えば、中国のあるバッテリーメーカーでは、電動バス向けの大型バッテリーにおいて、400キロメーターの航続距離×1万回の充電サイクル、つまり400万キロ以上の走行距離の実現を視野に入れて開発を行っている。
大きなバッテリーを積むとスタイリッシュなデザインは難しくなるが、個人所有物ではなく公共インフラとして考えればその見方は変わってくる。車体価格が高コストでも業務車輌として年間10万キロ以上を走行する使い方を前提とすれば、投資回収が見込め、ガソリン車よりもEVが有利となるのである。
そこで、自動運転で配車され、多目的なニーズに使われることで高い稼働率をめざすという、「e-パレット」のようなコンセプトの勝機が見えてくる。つまり、近い将来、「CASE」という四つの要素が組み合わさることで、自動車業界にある種の革命が起こり得る。自動車メーカー各社は、そのことにいち早く気づき、先手を打ってモビリティーサービス(MaaS: Mobility as a Service)事業への参入を真剣に検討しているのではないだろうか。エネルギーアナリスト