『公研』2023年10月号「対話」 ※肩書き等は掲載時のものです。
北朝鮮の核の脅威に圧迫され続ける韓国で、
近年核保有論が高まりを見せている。
現実味はあるのだろうか?
一橋大学国際・公共政策大学院長 秋山信将
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共同通信編集委員兼論説委員 佐藤大介
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Compliance and Capacity Skills Internationalアジア太平洋 CEO 竹内舞子
賛成が約7割を超える
佐藤 近年、韓国では北朝鮮による核の脅威の高まりを背景に、自国でも核を持つべきだという「核保有論」が高まっています。世論調査では6割から7割程度が賛成の意見を示すなど、非常に高い数字が出ているのです。私は先日、この核保有論について韓国で取材を行ってきましたが、保革を超えた核保有論の広がりには驚きました。
そもそも、韓国では昔から大統領選の争点となるなど、核の保有がずっと議論されてきましたが、今年の1月には尹大統領が戦術核の使用について言及するなど、現実味を増しているようにも見えます。
そこで今回は、「韓国の核保有論から考える抑止のあり方」をテーマに、防衛関係がご専門の秋山先生と竹内さんとお話していきたいと思います。まず、核軍縮や軍備管理がご専門の秋山先生は、韓国のこの状況をどうお考えでしょうか?
秋山 この約7割という数字の高さを考えるときに、当然ながら韓国の安全保障環境を見ていく必要があります。やはり北朝鮮の核能力が確実に向上しているという点、そしてその核を放棄する見通しがないだろうという現状は韓国にとって大きな脅威です。
2022年の4月に北朝鮮は戦術誘導兵器、つまり事実上の戦術核の発射テストを実施しました。通常戦力の劣勢をカバーするために、朝鮮半島における地域レベルの核兵器の使用を本気で戦略の中に組み込み始めていると見ることができます。
佐藤 竹内さんは国連の専門家パネルのメンバーとして北朝鮮への制裁状況なども監視されていました。最近の北朝鮮の核をめぐる状況はいかがでしょうか?
竹内 最近の北朝鮮の動きでいうと、北朝鮮として初となる戦術核攻撃潜水艦の進水式が9月6日に行われたとの報道が朝鮮中央通信よりありました。水中からの戦術核攻撃が可能になったという主張です。これは、北朝鮮が示す核戦力の残存性を高めるための戦略に沿った動きで、このようなかたちでも北朝鮮は核攻撃能力の存在をより積極的に開示しています。
秋山 脅威が確実に高まっていますよね。この高まる核の脅威に対して信頼のおける抑止力は何なのかと考えた時の核保有賛成約7割という数字だと思います。特にソウルは地理的に北朝鮮に隣接していますし、事あるごとに「ソウルを火の海にする」と北朝鮮に威嚇をされています。また、アメリカが保有する核のアセットは戦略レベルのものしかないので、朝鮮半島有事など局地的な核のシナリオでは本当に信頼できる抑止力なのか不明です。ならば韓国が自分で持つしかないだろうという世論になるのだと思います。
ただ、「だったらすぐに核を持とう」と短絡的な結論には韓国も至っていません。内容を見ると非常にナイーブな議論であると言えます。
竹内 大統領の登竜門であるソウルの呉世勲市長も保守派の論客ですが、彼も核保有論はタブー視せず活発な議論をすべきだと述べています。今後も韓国ではこの議論は続きそうですね。
佐藤 いま保守派の論客というお話が出ましたが、ご承知の通り韓国には保守と革新という政治的立場があります。従来だと保守陣営のほうが核保有論を強く支持する傾向がありましたが、今はそれが変わってきているように感じます。というのも、「リアルメーター」による今年4月の世論調査では核保有論に56・5%が賛成となっていますが、革新派からの支持がないとここまで高い数字は出ないと思うのです。
先日、世宗研究所の鄭成長さんという北朝鮮の専門家にお話を伺ってきました。彼は革新寄りの中道の立場ですが、核保有論に関しては積極的に賛成する考えを持っています。彼も北は核放棄をする気がなく戦術核攻撃も想定した段階に入っているので、自国を守るための戦術核武装を進めるべきだと話していました。現在の核保有論が保革を超えて賛成の層が広がってきていることの表れです。
韓国が核を持つ現実味は?
佐藤 では、客観的に見て韓国が核保有できる現実味はどこまであるのでしょうか。まず、竹内さんいかがでしょうか。
竹内 これは政治的コストと技術的コストという両面から見ていく必要があります。さらに、より細かく見ていくとアメリカの支持がある場合とない場合の両方で考えなくてはいけません。その有無で状況が大きく変わってきてしまうのです。
佐藤 現在、アメリカ在住の竹内さんから見て、アメリカは韓国の核保有論をどう受け止めていると感じますか?
竹内 これまでは韓国の核保有論に関してアメリカの学者の間では「既存の核抑止と米韓関係を振り切ってまでやるにはコストが高すぎる」という意見が主流でした。ところが今年に入ってからはその風向きが変わりつつあり、「現実的には難しいと言えるが、議論に値すべきものだ」という意見が見られるようになりました。このアメリカ国内での韓国核保有論に関する議論の変化は、非常に興味深いものですね。
ではそれを踏まえた上で、アメリカの支持がある場合韓国は核を持つことができるのか。政治的にも技術的にも可能だと私は思います。ただ、この米国の支持のもとで核保有というのは、想定できる範囲で最も極端な例で、政治的な問題点も非常に多いです。
一番は核保有のドミノを誘致するかもしれないという懸念です。仮にアメリカの支持のもとで韓国が核保有を成し遂げたとすると、アメリカは次にヨーロッパなど他の地域でも核保有を認めざるを得ない状況になります。さらに台湾には核を配備するのか、近隣の日本も認めるのか、と一度ドアを開けてしまうと、東アジアに留まらない先の見えない核のドミノが起きる可能性があるのです。また、技術的に可能と言っても韓国は核保有にあたりNPT(核兵器不拡散条約)を脱退することになるでしょう。
米国支援の有無にかかわらず現実味は低い
佐藤 アメリカが認めていない場合はいかがでしょう?
竹内 極めて厳しいものになると思います。アメリカの支持がないまま強行的に核兵器開発をする場合、韓国は失うものがあまりにも多い。その一つが米韓同盟を失うリスクです。そして、NPTを脱退し核兵器開発を行うことで制裁措置がなされるリスクです。NPT第10条に基づく脱退は、北朝鮮の核の脅威が自国の至高の利益を危うくしている異常事態だということを理由に宣言されるでしょう。しかし、NPTから脱退すれば、今度は韓国が現在の北朝鮮と同じ立場に陥ることになります。これは韓国にとって非常に厳しい状況です。アメリカとの同盟喪失だけでなく、国連安保理の制裁下に置かれることは耐えられないでしょう。
さらに、中国も積極的に制裁措置を行うことが予想されます。2016年に韓国がTHAADミサイル(アメリカ陸軍が開発)を配備したことへの制裁として、中国は貿易の制限を行いましたが、核保有となるとこれどころではない強い制裁がなされるでしょう。これは米国の同意のもとでも、起きる可能性があります。
では、技術的には支援なしで核保有が可能なのか。核兵器開発に必要な技術は核物質の製造をはじめとして兵器の設計など多岐にわたり、韓国が現在どの程度の技術を持っているのか定かではありませんが、韓国はNSG(原子力供給国グループ)に加盟しているので、核兵器ではない核関連の物資を製造する能力を有する国としてNSG加盟国間の意見交換に参加しています。
極論ですが、仮にもう一度秘密裏の核開発を進めるとなると、NSGの加盟国であることや国際的な学会への参加などをフル活用して、北朝鮮が過去にやったように海外から少しずつ機材や情報などを調達し、10年計画で核兵器の製造準備を進めるでしょう。こうでもしないと韓国は独自に開発を進められませんから。
そして秘密裏に、ある程度技術力を高めたところで、核の保有を宣言すると。まさに北朝鮮と同じ道を辿らなくてはいけません。こうなると韓国を取り巻く安全保障環境は極めて脆弱なものとなるので、北朝鮮への抑止力も弱まります。そういう意味でも非常に難しい選択といえるので、アメリカの支持の有無にかかわらず、客観的に考えて核保有の現実味は低いのではないでしょうか。
佐藤 現実的に見ると今の段階では非常に難しいものがありますよね。これは秋山先生も同じご意見だと思いますがいかがでしょうか?
秋山 そうですね。技術的に見ると、核兵器には濃度90%以上の高濃縮ウランが使用されますが、韓国は現在ウランの濃縮技術を持っていません。2000年に韓国はIAEAに黙ってウランを濃縮する試験を行って、大目玉をくらったので濃縮活動をそれ以降はやっていません。
また、韓国は、パイロプロセシングという再処理技術を何とか実用化したいと動いていますが、これは、プルトニウムを分離した状態では扱わないことが特徴です。したがって、技術的には韓国が独自に核分裂性物質を製造することは不可能ではありませんが極めて困難です。アメリカからプルトニウムなどを供給してもらわないと、現段階では自力で核兵器はつくれません。
そして、そもそも韓国が独自に核を持つことが、アメリカに利点があるのかも疑問です。自分たちの裁量を失ってまでも、韓国の核兵器製造能力向上のために手伝いをするとは到底考えられないのです。朝鮮半島で同盟国が勝手に起こした核戦争に巻き込まれることをアメリカは望むでしょうか。
もし、アメリカが「自分たちには関係ない」という態度を取るとすれば、韓国は北朝鮮と単独で戦わなくてはいけない。アメリカは、核の決定権を絶対に離さないでしょう。そうなると、北朝鮮のいわゆる戦術核の脅威が高まったとしても、韓国単独で決定権を持つ独自の核戦力を保有するよりも、確実にアメリカが関与する米韓での核共有のほうが現実的で、核抑止の信憑性の確保により有効だと思うのです。