『公研』2025年7月号「めいん・すとりいと」
イスラエルとイランが12日間の交戦を行った。イスラエルに対する中東の国家間戦争としては、1973年の「第四次中東戦争」以来、初めての出来事である。6月13日のイスラエルによる対イラン先制攻撃で、イスラエルは軍事的な優位性を見せつけた。
イスラエルはイラン領空で航空優勢を確保し、自由自在にイランの原子力開発施設や軍事的インフラを攻撃した。イランのイスラーム革命体制を支える組織と人、特に革命防衛隊の高官が集中的に標的となった。
イスラエルは昨年にレバノン南部への侵攻や、シリアのイラン系組織への攻撃を行い、近隣諸国から反撃される可能性を低めていた。限定的に行っていた空爆で、イランの防空網を脆弱化させていた。そして昨年12月のシリア・アサド政権の崩壊により、シリア上空を経てイラク北部のクルディスタン地域を通過してイランに至る、空爆の経路が開かれていた。
イスラエルの攻撃は空爆だけでなく、情報面でも多方面の標的に向けて行われた。イランが核兵器の入手の寸前であったという、仮定と推論を幾重にも重ねた一つの仮説が、あたかも事実であるかのように国際メディアに溢れ、先制攻撃を正当化する苦しい説明を助けた。イスラエルによるイラン攻撃で原子力開発施設や軍事施設が破壊され、革命防衛隊の高官が殺害されただけでなく、イランの体制そのものの転覆が始まったかのような印象を与える情報が飛び交った。
イラン国内や湾岸産油国など中東域内への効果よりも、域外の主要国、特に米国のトランプ大統領に対して「イスラエルの圧倒的な勝利」を確信させることが、イスラエルの緒戦における情報作戦の主たる目的だっただろう。これは成功したように見える。
トランプ大統領は6月21日(米国時間)にフォルド、ナタンズ、イスファハンを含むイランの核施設に攻撃を行ったと発表し、イスラエルの対イラン戦争に加勢した。ただしトランプ大統領は同時に、攻撃が原子力開発施設に限定されたものであり、イランとの全面的な戦争への参加を望んでいないことを、公式的にも、水面下でも伝えていた。
これを受けて、イランの米国に対する反撃も象徴的なものとなった。6月23日にイランが十分に予告した上でカタールの米軍基地に限定した攻撃を行い、カタールに配備した防空システムがそれらを撃ち落としてから時をおかず、翌日にトランプ大統領は米・イスラエル・イランの停戦を慌ただしく宣言し、イスラエルにその遵守を求めた。
12日間の交戦では、その初期においてイスラエルの軍事技術の優勢は明らかになったが、イランの反撃能力の持続性と、体制のしぶとさもまた、後半になって現れてきた。圧倒的に不利な状況で、イランは体制を維持し、国内の反乱はほぼなく、冷静な外交交渉を行い続けた。イスラエルがイランの多くのミサイル発射装置を破壊したとされるにもかかわらず、イランはイスラエル領土にミサイルやドローンを打ち続けた。イスラエルの誇る防空システムを貫通する割合は日増しに高まっていき、イスラエル側の宣伝以上にイランによる反撃が持続するという見通しも広まりつつあった。
イスラエルの防空システムの迎撃弾の補給に不安が見えれば、イスラエルは不本意な停戦を迫られる可能性があった。トランプ大統領による、象徴的な米国の参戦と調停は、イスラエルへの助け舟となった。
イスラエルと米国、そしてイランまでもがそれぞれの立場で「勝利」を主張していられる間は、停戦は続くだろう。東京大学教授