『公研』2018年11月号「めいん・すとりいと」※肩書き等は掲載当時のものです。

小川さやか

 2000年代初頭に大学院生だったわたしは、路上商売の調査をするためにタンザニアの長屋で暮らしていた。わたしが借りていた長屋は郊外に位置しており、当時は未舗装の道路が多かったので買い物に出かけるにもバスで3、40分はかかった。長屋の住民たちは洗濯機や冷蔵庫を持っておらず、生活をはじめた当初は電化製品のほとんどない暮らしに戸惑ったものだ。慣れてくると、インフォーマルセクターと呼ばれる零細自営業者たちがあふれる暮らしが、意外にも便利で快適なことに気づく。いまでは「タンザニアだったら、すぐに誰かに頼めるのに」とぼやくこともしばしばだ。

 タンザニアでは居住区のあらゆる路上で靴の修理屋や仕立て屋が小さな店を構えている。日本にもリフォーム店はある。だが、「靴底が擦り減った」「サイズ直しをしたい」といった注文だけでなく、通勤や買い物の途中に「窮屈だからサンダルのベルトに穴を開けてちょうだい」「シャツのボタンをつけてくれ」といった些細な仕事を小銭で気軽に依頼できる店はなかなかない。日本にいると、「ちょっとそこまで」と重い荷物を運んでくれる荷車引きや「1枚だけお願い」とアイロンをかけてくれる洗濯屋がたまに恋しくなるのだ。

 出不精なわたしは当時、行商人を最大限に活用してもいた。食事の支度を始める時間になると、新鮮な野菜や魚をバケツに入れた行商人たちが長屋を巡回する。彼らに今日のお勧め品を聞きながら献立を考える。家々をまわる行商人には、お菓子やタバコから食器類、文房具、化粧品、薬、玩具に衣類まで様々なタイプがいる。「そういや洗剤が切れていた」という時には呼び止めて、値段交渉のついでに行商人と「3軒先の娘さんに子供が生まれたのよ」などと雑談する。行商人に「葬式用の黒いワンピースが欲しいの」と注文すると、後日ぴったりのサイズを届けてくれる。馴染みの行商人たちが「兄貴が好きそうなシャツを見つけた」「お孫さんが生まれたって聞いたから涎掛けを持ってきたよ」と顧客の好みや事情に応じた品を持ち込むこともある。彼らは顧客たちの給料日や貯蓄講の順番を把握して衝動買いをさせようと企むが、懐が寂しいときに「ツケにしてよ」と頼むと、「いいけれど、水道代を払っていないなら、こっちの安い服にしておきなよ」などと助言することもある。何もすることのない午後は、巡回髪結師に髪を編んでもらったり、マニキュアの瓶を大量に携えた行商人にネイルアートをしてもらったりもする。

 これらのインフォーマル経済が提供する便宜の大半は、日本ではインターネットによって代替されている。人工知能の発展によりますます便利になってもいる。わたしもスーパーの宅配サービスを活用してインターネットで食品を購入したり、アマゾンの「あなたにおすすめ」に従って衝動買いしたり、スマートフォンのアプリを駆使してクレジットカードの利用額を計算したり、不用品を販売・交換するサイトを活用している。

 ただ、人工知能は、仕事を馘首されたという個人的事情を汲んで「今日は無料であげるから、仕事が見つかったら多めに払ってくれよ」という気遣いはしてくれないし、「うちは4人家族だから6本のうち2本のナスは隣のお婆さんにサービスしてあげて」という親切を住民のあいだでまわしてもくれない。しばらく胃にやさしいものしか買わなかっただけで、近所の人が心配して訪ねてくることもない。気づかれないように親切にしたり、助けを求めなくても気づいてもらえるような仕組みが商売を通じて自然に築かれていくことで、コミュニティの煩わしさも緩和されていく。そんな仕組みが日本にもあったらいいなと思うのだ。立命館大学准教授

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