『公研』2018年12月号「めいん・すとりいと」

清水唯一朗

 平成最後の年の瀬がやってきました。師走の慌ただしいなかですが、この30年に想いを馳せる方も少なくないでしょう。みなさん、どのような平成を過ごされたのでしょうか。

 その語義に反して、平成は多難な時代でした。冷戦の終結で安堵させたかと思えば、各地で紛争が続き、その終わりには一国主義が世界を席巻しました。国内ではバブル崩壊から立ち直る過程で阪神淡路大震災が起き、「失われた10年」は20年、25年と更新されていきました。

 もっとも、未曽有の震災が私たちの心を刺激して、「ボランティア」ということばが社会に定着したことは、戦後日本における特筆すべき変化でした。平成に生まれた若い世代は社会のために力を尽くすことをカッコいいと捉えられる時代のなかで育ちました。それをちょっと気恥ずかしいと思ってしまう昭和のおじさんからすれば、なんとも羨ましいことです。

 それから16年。東日本大震災が生じました。影響は大きく、私の勤務する大学も4月は休校となりました。学生たちはどう過ごしているのだろうと案じる毎日でした。

 5月に入り、私たちはようやく新入生を迎えることができました。いったい、どんな様子でやってくるのだろうと不安を胸に入った大教室のことは今でも忘れることができません。

 そこに集まった500名の目は奥底から輝いていました。世の中のために今、自分ができる何かをしたい。そのためにしっかりと学んでいきたい。強い思いがどの顔にも溢れていました。

 彼ら彼女らの活動はそれまでの「ボランティア」の域を大きく超えていきました。世界中から多言語で寄せられた「日本、がんばれ」の声を翻訳して被災地に届け、自宅を失った被災者と空き物件をマッチングするサイトを立ち上げ、多くの学生ボランティアを送り出し、その経験をフィードバックする団体を立ち上げる。なんとも多彩で、夢のある活動が広がっていきました。

 明らかに、16年前がそうであったように、この震災は社会を、とりわけ、若者のありようを変えました。何かをしたいと思う若い世代に活躍の場が広がりました。

 そう、彼らはあれだけ批判されたゆとり世代です。詰め込みではなく、考え、動く教育を受けてきた若い世代が、新しい、夢のある社会を描き出したのです。

 それからというもの、たくさんの若者たちが夢に溢れた活動を続けています。学生のスタートアップは珍しくなくなり、若い経営者が増えました。地方創生の分野でも、古い提案型を越えて、小布施若者会議に代表される実践型のプロジェクトが各地で動いています。

 変わりにくいと思われた教育でも、高校生が未来を描く手助けをするカタリバや青春基地、海外留学や国際体験をサポートするHLABや留フェロなどが活動を広げています。

 もっとも動きが遅いのは政治かもしれません。若い世代がなかなか台頭できないのはこの分野の限界を示しているかのようです。それでも、「僕らの一歩が日本を変える。」やYouthCreate、POTETO、笑下村塾など、政治を考え、参加を促すプロジェクトが目立つようになってきました。

 思えば、平成はよい時代だったのかもしれません。好況のぬるま湯のなかで漫然と過ごすのではなく、厳しい環境で目的を持って学び、動き、社会を変える若い世代が生まれたのですから。

 さて、次の時代はどうなるでしょうか。置いていかれないよう、昭和のおじさんもがんばります。慶應義塾大学教授

 

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