米・イスラエルによるイラン攻撃を発端とした中東の混乱が、
世界のエネルギー供給網に過去に例のないほど深刻な打撃を与えている。
どのような目的と戦略でこの戦争は始まったのか?
収束の出口はあるのだろうか?
日本エネルギー経済研究所
資源・燃料・エネルギー安全保障ユニット上級スペシャリスト
橋本 裕(画像右)
東京大学 先端科学技術研究センター教授
池内 恵(画像中央)
大阪大学 COデザインセンター准教授
辻田俊哉(画像左)
はしもとひろし:1962年長野県生まれ。86年東京大学法学部卒業後、東京ガス入社。2006年国際エネルギー機関 (IEA)天然ガスアナリスト、10年日本エネルギー経済研究所ガスグループ主任研究員、13年同研究所ガスグループ研究主幹、23年より現職。
いけうちさとし:1973年東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授などを経て2018年より現職。専門はイスラーム政治思想。著書に『現代アラブの社会思想』『イスラーム世界の論じ方』『イスラーム国の衝撃』『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』など。
つじたとしや:1976年生まれ。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了。博士(国際公共政策)。在イスラエル日本国大使館専門調査員、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター講師、関西外国語大学英語国際学部准教授などを経て2023年より現職。専門は国際関係論、国際安全保障、イスラエル政治。共著に『イスラエルを知るための62章』、『イスラエル・パレスチナ』、『外交・安全保障政策から読む欧州統合』。
なぜこのタイミングで攻撃に踏み切ったのか
池内 2月28日、アメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃が始まりました。今日、3月13日で13日目を迎えますが、ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態にあり、原油価格は1バレル100ドルを突破しました。短期終結という楽観的な見通しは日々否定され、エネルギー安全保障上の危機は1日ごとに深刻さを増しています。
今回の事態は単なる中東の地域紛争にとどまりません。アメリカとイスラエルの軍事行動が中東の安全保障環境を根底から揺るがし、世界のエネルギー供給、そして日本の針路にまで波及する問題となっています。本日は、主にイスラエル・中東情勢を専門とする辻田先生、エネルギーについてはLNGを専門とする橋本さんとともに、この事態を多角的に読み解いていきます。
早速ですが、まず今回の攻撃の背景から整理したいと思います。「なぜ今なのか」という問いに答えることが、この事態の性格を理解する出発点になります。今回のタイミングについて、辻田先生はどう見ていますか?
辻田 様々な条件が重なった結果ですが、まず押さえておきたいのが、イスラエルがアメリカを攻撃へ引き込んでいった構図です。2025年12月29日のトランプ米大統領とネタニヤフ首相の会談後、2026年1月16日頃から2月1日までの間に、イスラエル諜報特務庁のモサド長官、続いて軍情報機関のトップ、軍の参謀総長と次々と訪米して、綿密な下準備が行われたといわれています。その後の2月11日には、ネタニヤフ首相がワシントンにおいてトランプ米大統領とまた会談しました。
ではなぜこのタイミングだったのか。一つには、イランで反政府デモが起きたことで、イランの指導部を倒すことができれば、イラン国民が呼応するかたちで体制崩壊につながるかもしれないという楽観的なシナリオがイスラエルにあったことが挙げられます。実は1月の段階ではイスラエル国内でも、自分たちが先に攻撃するというムードよりも、アメリカがイランに攻撃した後、イスラエルは参戦するかどうかという報道等が多かったのです。
なお、これは結果論ではありますが、開戦後にイスラエルのメディアで興味深い指摘が出てきました。イスラエルはそれまでアメリカが攻撃をし、イランが反撃の一環としてイスラエルを攻撃することで、イスラエルが応戦するというシナリオを国内向けに発信し続けていましたが、実際にはイスラエルが先に動いた。これは世論の誘導に加え、対外的に先に攻撃する可能性が低いことをシグナルするために、わざとミスリードさせていたのではないかという見方です。
橋本 ネタニヤフの訪米がターニングポイントになったということですね。
辻田 そうです。二つ目の理由として、ガザ紛争が一区切りつき、1月22日に平和評議会が発足し、残されていた最後の人質の遺体を26日に収容するなど、世論的にも戦略的にも対イランに向ける余裕ができたタイミングだったことが考えられます。
そして何より大きいのが三つ目です。イスラエルのインテリジェンス機関は何年もテヘラン市内を監視し続けてきました。その中で、イランの指導部の動向や防衛体制の隙といった「今だ」というピンポイントの情報がこのタイミングで入ってきた。どれか一つでも欠けていれば、現地午前の攻撃に踏み切れなかったはずで、この三つが揃ったことが決め手になったと思います。
余談ですが、ペンタゴン・ピザ・インデックスと いう俗称があって、米軍や政府機関の周辺でフードデリ バリーの注文が急増すると重大事態が発生するという観察があります。例えば、昨年6月イスラエルが「先制」 攻撃をし、終盤にアメリカが参戦して12日間で停戦に至った「12日間戦争」が起きました。この直前にも、フードデリバリーの急増という傾向が見られたと言われていました。今回に関していえば、2月25日頃にイスラエル空軍は内部向けに、一部の基地では「フードデリバリーのアプリを使うな」という通達を出していたようです。敵に動きを読まれないように、また、そうした情報も相手にとってOSINT(オープンソース・インテリジェンス)になり得るとSNS上の通知文では説明されていましたが、裏を返せばそれだけ着々と準備が進められていたとも考えられます。
橋本 イスラエルからすると、そう簡単には訪れないめぐり合わせが訪れたタイミングだったと。
辻田 そうですね。また、今回の攻撃で注目すべきはその性質です。12日間戦争では、攻撃されるタイミングをイランが把握できなかったことで、イスラエルでは「戦略的奇襲」の成功との評価がなされました。
一方今回は、アメリカが近いうちに攻撃する可能性があると世界中が知っていた状況での奇襲攻撃でした。2003年のイラク侵攻以来見られなかった規模の米軍がイラン周辺に集結し、イランが攻撃される可能性がある中で、攻撃初日にハメネイ師や司令官等が殺害されたとのことで、イスラエルでは「戦術的奇襲」の成功との評価が見られました。地域大国が相手よりこれら異なる特徴をもつ奇襲攻撃を受けながら早期に回復した例はほとんどなく、イランがかつての大国の地位を取り戻すには、相当な時間がかかるだろうと言われています。
ネタニヤフはいかにしてトランプを乗り気にさせた?
辻田 そしてイスラエルの「いやらしいところ」ともいえるのが、アメリカの巻き込み方にも表れています。1月頃はイスラエルがアメリカによる対イラン攻撃に巻き込まれるという構図がイスラエル国内で報道等されましたが、逆にイスラエルという小国が弱い立場ながらもアメリカを引き込むかたちになりました。派手なことが好きなトランプの性格をうまく利用したのかもしれません。
池内 昨年6月の事例を見ていた人たちは、アメリカの巻き込み方が今回も同じパターンだったと考えています。あの時もトランプの顔色をみんながリアルタイムで見ていて、ネタニヤフから電話がかかってくると態度が変わるとわかった。つまりいかにトランプを乗り気にさせるかがポイントで、今回も同じアプローチをとったのだろうと。
その説得の仕方については、その後のトランプの発言の乱れからも想像できます。おそらくかなり甘い話をしていたのでしょう。「すぐ終わる、あっという間だ」と。初日に権力の中枢を一気に壊滅させるというのは確かに異例のことではありますが、それだけ楽観的なシナリオを描いて説得していたということだと思います。
辻田 イスラエルとしては、とにかく先に攻撃することが大きな目的だったわけです。
池内 トランプ大統領もルビオ国務長官も、「先制」攻撃の根拠について「イスラエルが先制攻撃することと、それに対してイランが絶対反撃してくることはわかっていたから、米国が先に攻撃した」と明言しています。こんなに堂々と、ましてや開戦から1週間も経たないうちに大統領と国務長官が揃って「先手を打った」経緯を公言するのは、アメリカの政治史上でも極めて異例のことでした。
しかし、実際には当初のシナリオ通りに進んでいる部分もある一方で、想定外のことも起きています。ミサイルの発射拠点を大規模に破壊したことで、イランはすぐに撃ち返せなくなるというシナリオでしたが、12日間戦争の際と比べれば数は少ないとはいえ、実際にはかなりの威力で反撃されています。そして致命的な誤算がホルムズ海峡の事実上の封鎖です。アメリカ・イスラエルは計画していた軍事作戦の標的の破壊は十二分にやっているのでしょうが、想定していなかったかたちでの反撃が別のところから返ってきた。それを止める準備が十分ではなかったということです。
四つの目標が示す攻撃の本質
池内 アメリカとイスラエルの攻撃の目的が二転三転しているという話がありますが、何をもって勝利とするかが曖昧なままでは、終わりどころが見えてきません。ただ、私としては、開戦後の説明はともかく、事前の要求は一貫していたと思うので、ここをどれだけ満たしているかという観点で見ています。
今回の目的は主に四つに絞られます。まず一つ目は核開発の能力をゼロにすること。いま持っている濃縮ウランを撤去し、今後の開発可能性もゼロにする。二つ目はミサイルの開発・発射能力をなるべくゼロに近づけることです。12日間戦争では、イランのミサイルによってイスラエルがダメージを受け、戦争の長期継続が困難になるという苦い教訓がありました。今回の戦争の核心は、核問題よりも、イランのミサイルによる反撃能力にあると言えます。
ここに関して、開戦に至るまでの交渉でイスラエルは、イランのミサイルの射程距離を300キロメートルに制約せよと要求していました。すなわち、イランの周辺の湾岸アラブ諸国(GCC諸国)に届くミサイルは容認するが、イスラエルに届くミサイルは容認しない、というものです。イランはほぼ空軍戦力を有しておらず、ミサイルによる反撃能力に国防を全振りしているので、当然、これを拒否します。そうするとイスラエルと米国は、交渉で差し出さないなら戦争で軍事攻撃によって物理的に破壊しようとしている、というのが今回の戦争の核心部分です。
三つ目は、イランが支援する武装勢力の破壊です。イエメンのフーシ派、レバノンのヒズボラ、イラクの親イラン武装勢力などですね。イランからの支援を途絶えさせ、壊滅させることがイスラエルの目標です。
四つ目は、イラン体制による国民への弾圧をなくすことです。戦争の正当化のための表向きの理由という側面もあるので、実質的には軍や革命防衛隊など治安機構を破壊することが狙いなのでしょう。対外的な攻撃能力を奪いながら、同時に国内で国民を抑えつける力も失わせる、ということです。
以上の四つすべてとは言いませんが、少なくとの最初の二つと三つ目をある程度達成し、四つ目のイラン国民の新体制への動きを助けたと言い張れれば、イランに対する戦争を終わらせることができる、というのがアメリカとイスラエルの共通目標だと思います。もちろん国民向けの説明でそこまで明言するかどうかはわかりませんし、現実的に達成できないものが出てくる可能性もありますが、できる限りこの四つを達成したうえで、胸を張って戦争を終わらせたい、というのが本音ではないでしょうか。
最大の焦点はイラン・ミサイル能力の破壊
池内 ではこれらの目標はどこまで達成されているのか。一つ目の核開発の阻止については、目標達成には濃縮ウランの物理的な確保がカギとなります。しかしそのためには地上部隊を投入して、イラン国内を制圧する必要があり、空爆だけでは解決できません。また、濃縮ウランをどこか地中深くの施設にまで探しに行かないといけない。4週間での幕引きを想定した場合、残り2週間で、ここまで大規模な作戦はほぼ不可能と言わざるを得ません。
辻田 二つ目のミサイル開発・発射能力の破壊について言えば、イスラエル側にはやや楽観的な見方が出てきています。イスラエルでは、攻撃の第一フェーズである、最高指導者ハメネイ師をはじめとするイラン体制幹部の殺害を経て、現在は第二フェーズのミサイル開発・製造・保管施設などを含む軍需産業の破壊の段階にあると見ています。発射拠点を大規模に叩いていったことで、イランからの反撃ミサイルの数は当初の想定を下回っており、12日間戦争と比べても発射数はおよそ半減しています。思ったよりダメージは少ない、というのがイスラエル側の見方です。
しかし、国内向けのアピールという面もあり、額面通りには受け取れません。戦時中はどうしても楽観的な成果を強調しがちで、客観的な分析が求められます。
池内 ミサイルの破壊は、四つの目標の中でも今回の最大の焦点と言えます。ここで注目すべきなのが、イランのミサイルに対するイスラエルの防空能力の強化の成否です。12日間戦争では8~9割の迎撃に成功したものの、イランの飽和攻撃によるイスラエルの迎撃ミサイルの「弾切れ」が迫り、防空網を徐々に高い割合で突破したミサイルの到達によりイスラエルがダメージを受けたことも確かでした。
その反省から、前回の戦争後にアメリカとイスラエルは共同で防空体制の強化に取り組んできました。その際に、イスラエル領土内だけでなく、イスラエルとイランの間に位置する米同盟国の米軍基地・施設を、イスラエル防衛のための前方拠点としての利用を強化していきました。
隣国ヨルダンや、UAE、サウジアラビア、カタール、クウェートなどの湾岸アラブ産油国(GCC諸国)の米軍基地や施設、東地中海のNATO軍基地のレーダーや衛星通信施設を総動員して対イランのミサイル防衛に集中し、インド洋や地中海に派遣した米軍艦船と艦載機の収集するデータともリンクさせて、イランからのミサイルをイスラエルが高確率で阻止する体制を整えました。これまでも高確率で行ってきたミサイル防衛を、さらにアップグレードして開戦を迎えたということです。
しかしながら、イランはミサイルの減少分をドローンの大量投入で補っており、攻撃能力全体としてはむしろ倍増しているという懸念材料もあります。また、ミサイルや発射装置が減ったから多く打っていないのか、長期戦のために出し惜しみをしているのかは現時点ではわかりません。
三つ目の目標である親イラン武装勢力の破壊がどこまで達成されているかについては、現時点では予想が難しいです。ここについて、アメリカとイスラエルが期待する最良のシナリオは、昨年の攻撃以上にヒズボラを弱体化させたうえで、レバノン政府に非合法組織として認めさせ、正式に解体させることです。
しかし、ヒズボラを解体するほどの軍事作戦となると、イスラエルは北部戦線にかなりのコストをかけなければないですし、ヒズボラはかなり応戦しています。アメリカとイスラエルにとって最も避けたいシナリオは抵抗が想定以上に強く、レバノン南部で「力が及ばなかった」と認めざるを得なくなり、撤退と仕切り直しを余儀なくされることでしょう。
四つ目の弾圧の解消については、正直これは開戦に向けて盛り上げるための口実で、最初から本気ではめざしていなかったとも言えるもので、開戦後はほとんど主張していません。達成度を問うまでもないでしょう。

