出生率は団塊ジュニア世代よりも高い

 筒井 『就職氷河期世代』が提示したポイントとして、もう一つ私が関心を持ったのは出生率に関するご指摘です。雇用環境が不安定だった氷河期世代は「経済的に子どもを持つことが難しくなり少子化に拍車がかかった」──。繰り返し聞かれた言説ですが、データをよく見ると氷河期世代後期(70年代後半生まれ)の出生率は、その前の団塊ジュニア世代(70年代前半生まれ)よりも上がっています(図表5)。

 私もこの分野を研究していますからデータを把握していますが、まさに近藤先生がご指摘されている通りです。団塊ジュニアはとにかく子どもを持たない世代でしたが、その後の世代は少し持ち直していました。氷河期世代は20代のときは低い出生率でしたが、30代になってから盛り返している。氷河期前期・後期とも同じ傾向がありますが、それがなぜなのかは我々もわかっていません。推測としては、20代では非正規雇用だった男性も30代になると正規雇用にシフトした例が多かったことが考えられます。

 近藤 確かに男性の側の雇用は、多少安定しました。

 筒井 日本の少子化が進んだ経緯を振り返ると、20代で初めて出産していたのが30代へシフトしていった流れがあります。30代で産むのが一般的な時代になっていたところに、30代の雇用が若干回復したことが出世率の増加に寄与している可能性があります。

 それから2000年代後半から10年間くらいは、保育園を増やすなどの子育て支援策の効果が出ている可能性はある気はします。

 近藤 深井太洋さん(学習院大学准教授)と鳥谷部貴大さん(一橋大学講師)の子育て支援政策と出生率の関係についてのご研究で、保育園を増やしたところで出生率が上がっているというエビデンスは出ています。

 筒井 社会学の世界では、少子化の最大の原因とされてきたのは女性の高学歴化でした。女性が徐々に高学歴化していった結果、まずは結婚するタイミングが遅れます。スタートが遅くなれば、出産に至る時期も遅れるので結果的に子どもの数も減りやすいというわけです。

 もう一つの原因は、ミスマッチです。女性の高学歴化は進みましたが、男性は同じようには高学歴化していきません。女性は基本的には同類婚か上昇婚をめざすので、求めるパートナーが見つかりにくいというミスマッチが生じてしまう。これは比較的厳密に立証されています。

 この二つが少子化に影響していると言われています。少子化の基調はずっと変わっていませんが、出生率は団塊ジュニアで下がっていて、いま確認したように氷河期世代は30代で少し上昇しています。私はここを「踊り場」と呼んでいます。ただ次の世代では

 近藤 下がりますよね

 筒井 そうなんです。1985年から89年生まれくらいの世代からまた陰り始めます。この世代は20代の出生率がガタッと下がるし、おそらく30代になっても再び下がってくる可能性が高い。

 近藤 80年代後半生まれが今30代後半ですからまだ統計が出ていませんが、最近の数字を見ている限りでは下がることは確実です。

 筒井 ポスト氷河期世代の出生率は、踊り場を脱して再び下がるほうへ向かっています。背景に何があるのか気になるところですが、この世代も女性の高学歴がさらに進んでいるので、やはり20代では子どもをつくらなくなる。

 氷河期世代後期の20代前半の出生率の平均は0・186でしたが、5年後のポスト氷河期世代になると0・138まで下がります。ここで女性の高学歴化がだいぶ進みますから、おそらくその影響かなという気がしています。何かドラマチックな謎があるわけではなくて、単に女性が大学に行く割合がさらに増えたことが大きいのではないかと考えられる。

 近藤 短期大学が4年制大学に移行したせいで、それまで短大に進学していた層が4年制大学に行くようになった影響もありますよね。2年間余計に学校に行く分だけ、結婚・出産のタイミングが遅くなる。ただ4年制に進む割合が増えたことが、いわゆる上昇婚志向を背景にミスマッチを増加させたかどうかは、よくわからないところがあります。大学の序列自体は変化していませんから、全体の構図にはそれほど影響していないはずです。

 

女の子がお嫁さんになって生きていけた最後の世代

 筒井 私が踊り場と呼んでいた時期は、出生率1・4ぐらいが続いていましたが、今は1・2を切る状況になっています。

 近藤 最新の2024年は1・15で、過去最低を記録しています。新型コロナの影響を差っ引くにしてもかなり低い数字です。

 筒井 コロナの影響だけではないですよね。

 近藤 コロナ前から下がり始めていますからね。

 筒井 話を氷河期世代に戻すと、この世代は30代では出生率がだいぶ上がりました。近藤先生も指摘されていましたが、氷河期はいわゆる性別分業が生きていた最後の世代なのかもしれません。それが出世率を上げる方向に働いたと見ることもできるし、性別分業を緩和する方向性がむしろプラスに作用したのかもしれない。おそらく両方が影響しているのでしょうが、この辺りはどう解釈されていますか?

 近藤 一つ強調しておきたいのは、氷河期世代の出生率を同じ世代内で見ると、経済的に安定しているほうが高くなるという偏りがあることです。かつては学歴の低い女性のほうが産む子どもの数は多かったのですが、それが逆転したのが70年代後半生まれぐらいからです。この世代は、学歴が高い女性のほうが出生率は高いという新しい傾向が見られます。

 保育園を整備することが出生率に影響するといったエビデンスから考えると、どちらかと言えば性別分業ではなくて女性がキャリアを積みながら子どもを産めるようになった効果が大きいのではないでしょうか。

 その一方で、性別分業が残っていたのではないかという指摘も説得力がありますよね。実感ベースで言えば、女の子がどこかのお嫁さんになって生きていけた最後の世代だったのではないかという気がしないでもない。

 筒井 それはわかりますね。実は、80年前後生まれの人たちの出生率が20代前半で一瞬だけ上がっているフェーズがありました。

 近藤 私も他の研究者からそれを指摘されたことがあります。

 筒井 注意深く統計を見ないとわからないくらいですが、そういう時期がちょっとだけある。

 近藤 経済学者らしからぬことを言ってしまうと、コギャルブームが起きていた頃ですね。高校を中退してしまった女の子が夜の街などで働いて、そこで何となく相手を見つけて、結婚して奥さんに収まる現象があちこち起きていた可能性はありますね。

 筒井 性別分業と言えるのかわかりませんが、稼ぐプランがない女性が結婚するパターンですね。それからご指摘されたように、二人とも大企業で共働きしているモデルが出生率は高い。この二つのパターンでは割と子どもをつくるけど、それ以外のケースでは子どもを持つことが難しくなっている傾向があった気がしています。

 筒井 私は、日本型の雇用システムに関心を持って研究を続けてきました。社会学では内部労働市場──企業の内部において労働力を配分し賃金を決定するメカニズム──のなかで守られている人たちと、そこに入れずに比較的厳しい労働環境に置かれている人たちという言い方をよくします。就職氷河期世代の一部は、内部労働市場に入れなかったために苦労してきたわけです。新卒一括で採用して長期的な育成を前提とするメンバーシップ制に象徴されるように、新卒のタイミングを逃すと厳しい状況がずっと続いてしまう。

 しかし、神林龍先生(武蔵大学教授)などのデータによれば、20代では漏れていたとしても30代では内部労働市場の仲間入りしているケースも多く見られます。入り口で弾かれても数年から10年間くらい頑張っていれば、割と落ち着いたところに収まった人たちもいます。もちろん、ずっと入れないままだった人たちもいたわけです。

 近藤 内部労働市場にもグラデーションがあって、いわゆる一流と言われている大企業の労働市場は、ものすごく閉じていました。一流企業も中途採用を積極的に行うようにはなりましたが、一流企業に就職していた人が別の一流企業に転職するケースが多いんですね。大企業同士のなかで閉じていて、中小企業から大企業に転職する例は少ない。もちろん中小企業の中にも経営が安定しているところもあるので、ご指摘のように、そういう職場に落ち着いている層も一定数いることは事実です。

 ただし、やはり氷河期世代以降、非正規雇用の割合が増えた事実は無視できません。解像度を上げて実態を見ると、非正規でもフルタイムで働いていて、社会保険も適用されている契約社員もいますから一括りにはできませんが、厳しい状況にいる人はやはり多い。

 筒井 小熊英二先生(慶應義塾大学教授)は、歴史社会学的な観点から内部労働市場が各国でどのように形成されていったのか研究されています。小熊さんは、正規雇用の全体の数は一定であまり変わっていないと強調されています。神林先生も、非正規雇用が増えたのは正規雇用が減ったからではなくて、自営業あるいはその家族従業員が非正規に転換したからだと指摘されています。

 近藤 商店街でお店を営んでいた自営業の家族従業員だった人たちが、ショッピングモールでパートをするようになったイメージですね。ただ氷河期世代の問題は、従来は主婦がパートとして働いていた仕事に、学校を出たばかりの若者が、それしか職がなくて流れて行ったところにあるのだと私は考えています。

 筒井 その変化はインパクトがありますね。

 近藤 産業構造が変化して、サービス業の割合が増加したことも労働環境の悪化に直結しています。製造業だと平日に決まった時間帯で働く仕事が多いですが、サービス産業だとお客さんがいるあいだはお店を開けておかなければなりません。そちらのほうの雇用のシェアが上がっていくと、必然的に非正規雇用の需要が高くなります。

 それからブラック企業という言葉に象徴されるように、正社員であっても長時間労働や早朝・深夜の時間帯で働くことを強いられたりもする。限りなくアルバイトの人たちと同じような待遇で長時間働いている「正社員」が存在しています。こうした働き方は、いわゆる内部労働市場で想定されてきたホワイトカラーの人たちのキャリアパスとはかなりズレていますよね。

 

政治的な対処が可能だったのか?

 筒井 今まで見てきたように、就職氷河世代以降の日本の雇用環境が悪化したことは明らかですが、よく「政治的な措置がなされずに放置されたままだった」という言い方がなされます。それでは、2000年前半の苦しい時期に何らかの対処が可能だったのかどうかという点について少し考えてみたいと思います。

 近藤 政治でどうにかできる余地があったのかと言えば、かなり疑問ですね。結局、問題の背景にはバブルの崩壊による不景気があります。それを政治の力で防ぐことができたのかと言われると、不可避だったように思えます。

 筒井 雇用を改善するような介入は、不可能に近いですよね。

 近藤 氷河期世代が新卒で就活していたときよりも、彼らが20代後半や30代になった頃に就労支援をする余地はあったのかもしれません。

 筒井 当時、若年者の雇用改善の一環として、経歴を可視化したジョブカードを導入するなどいろいろな支援策が打ち出されましたが、どれもピンと来ないところがありました。結局「これだ!」というものが見つからなかった。

 近藤 公務員に積極的に採用する試みをあと10年早くやっておけば良かったのかもしれません。

 筒井 確かにそうですね。景気の底と言われていたのは2000年代前半ぐらいで、それから若干景気が上向いたときに、公務員の人気が下がったことがありました。あのときに年上枠のような仕組みをつくっておけば、キャリアパスが作りやすかったのかもしれません。ただ実際には難しかったでしょうね。

 近藤 私もそう思います。ちょうど自治体の支出を減らしていた時期でしたからね。

 筒井 日本人は公務員を増やすことには、だいぶアレルギーが強いですよね。実際は世界と比較すると、公務員の数はものすごく少ないんです。以前に簡単なアンケート調査をやったことがありますが、回答者の3割から4割ぐらいは「日本は公務員が多すぎる」と感じているという結果が出ました。そうした認識のギャップがありますから、政治家もなかなかアジェンダにしにくい。そうなると雇用対策は八方塞がりになってしまう。

 実は、出生率に関しても改善させる措置はほとんどありません。

 近藤 お金を配っても子どもが増えないことは明らかで、「効果がないというエビデンスがある」と言ってもいいレベルですね。

 筒井 あったとしても効果量があまりに小さ過ぎて、効率がひどく悪い。雇用や出生率は、政策介入の効果が極めて限定的です。例えば、安定した雇用環境にあることは、出生率の上昇にかなりのプラス効果があります。当たり前のようですが、これは説明力がありますよね。けれども、雇用は政策介入でどうこうできるものではありません。「来年は正規雇用を20%増やす」のような政策を打てるわけではない。

 私は今こども家庭庁の少子化に関するエビデンスを吟味する委員会に入っています。経済学者の方などとも議論していますが、いわゆる政策介入の効果はあまりにも小さいことが確認されています。けれども雇用や学歴などの介入以外の要素を見ていくと、急に説明力が上がります。介入の影響は微々たるものですが、それらの要素は大きく効いています。同じレベルでエビデンスベースと言っていいのか疑問に思えるくらい、そこには差がある。

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