山間部に住む人たちの交通インフラをどう守るのか?
砂原 難しいなと感じるのは、国交省は依然として新築住宅の建設を政策的に推すところがある一方で、コンパクトシティの実現を掲げています。これを一緒にやれと言われても、同時に達成することは困難だろうと思います。
他方で、最近では周辺部に住む人たちの交通の問題が大きな課題になっていますよね。ライドシェアも話題になっていますが、交通弱者を増やさないための施策に必要になっている。放置しておくと、本当にほったらかしになってしまう地域も出てくることになります。
上田 花巻市の面積は約908平方キロメートルもありますから、そのすべてで同じようにインフラを整備するのはムリです。なるべく街中に住んで欲しいというのは本音としてあります。そういう意味では、コンパクトシティが進むことは歓迎すべきことです。ただし、その一方で周辺部に住んでいる方々をコンパクトシティだからと言って、街中に移ってもらうことはムリだと思いますね。だから、我々としては住んでいる方々の生活を守るための政策に知恵を絞らなければならないわけです。
周辺部に住む人たちの移動手段の確保は大きな問題になっています。バス会社が撤退したことで、維持できなくなった路線があります。その代わり、市内のタクシー組合と契約して、予約の乗り合い交通でジャンボタクシーを運行してもらうサービスを始めました。400円で乗り降りできて、医療機関やスーパーに行けるように使ってもらっています。当然、利用者からは不満も出てくるでしょうが、そのあたりは今後拡充する検討をしています。いずれにしても、公共の交通機関に移動を頼る人たちの生活を守ることは絶対に必要です。
周辺部の課題について、もう一つ知っていただきたいのは農地の話です。花巻市の周辺部は、山間部になります。そうした地域の水田を圃場整備しようとしても、すでに水も流れていなかったりするんです。
砂原 そういうものですか。水がなければ、稲作にできませんね。
上田 国は水が流れていない箇所については、水田としての補助金を出さないという政策を打ち出しています。これを徹底すると、そこは耕作放棄地になります。農水省はこれだけの農地があれば、いざというときにはこれだけの食糧は自給できるだろうといった机上の計算をしていますが、その想定は現実からはかけ離れています。
そうした山間エリアの農地については、水田で維持することはまず不可能です。「畑にして野菜をつくればいい」と言う人もいますが、先ほどから繰り返しているように農作業に従事する人がいないわけです。農地を集約して機械化することで、機械化になじむ小麦や大豆などに転作するという発想はもちろんありますが、それすらできない地域がたくさんある。ですから、そうした農地を食糧自給という意味で当てにすることは大いに疑問です。
そういう土地を農地として守っていくとすれば、例えば牧草をつくるくらいしかないだろうと思います。牧草は国内で栽培しているものよりも、輸入したもののほうが数倍は高いんです。なので、そこの輸入を減らして牧草をつくってもらうことで需要を補い、農地として守ってもらうことは可能だろうと思います。もちろん大きな儲けを期待することはできませんが、黙って荒れ地にするよりはよほど有意義だろうと思います。
花巻市では16の地区で今後の地域計画をつくりました。これは農水省の施策ですが、10年後を想定して誰がどのように農地を活用するのかを地元の人たちで話し合ってもらいました。16地区のうちに、5、6の地区から「牧草地」という言葉が出てきています。水田や野菜、果樹などをつくる農業をやっていくのはすでに現実的ではないわけです。そうしたところで、牧草を栽培することで、少しでもお金になればいい。ここにはある程度、補助を出していくべきではないかと考えています。花巻市ではすでに始めていますが、やはり国も支援することで、山間部の集落や農地を守っていく発想は必要だろうと思います。そうした方向に舵を取らないと、本当に集落が潰れてしまう状況になるのではないかと危惧しています。
クマの数は増えている?
砂原 山間地域にはさらに難しい課題があるわけですね。お隣の秋田県では最近クマが里に降りてくるニュースが相次いでいますよね。従来の人間と自然の境界が変化して、人間のエリアにまでクマの生息圏が拡大しているのではないかという議論も出てきています。人間からすると「撤退」とも言えるかもしれませんし、自然が迫っているという感じもあります。
上田 花巻でもクマは大きな問題になっています。皆さん、中山間地が荒れたらから、クマが境界を越えて住むようになったのではないかとおっしゃいます。けれども実際は、荒れているわけではない場所にもクマは出没しています。意外と街中に近いところに出ていて、花巻では市街地に1週間に2回ぐらい目撃されることがあります。昨年の秋には2日間にわたって、市街地で何度もクマが目撃されました。私が子どもの頃は、市街地にクマが出てくるなんていう話は聞いたことがありませんが、こうした事態が頻繁に起きています。
市街地は確かにかつてより衰退していますが、別に草ぼうぼうになるほどに荒れているわけではありません。境界は今でもきちんとあって、山間部との境界には綺麗な水田地帯があるわけです。まだはっきりとはわかりませんが、人間と自然の境界が変化したというよりも、クマの数自体が増えていると考えるほうが妥当ではないかと思います。花巻の西側に豊沢ダムというところがあって、ここでは岩手県が定点観測的にクマの調査を行っています。ヘアトラップ法といってクマの毛を採取して遺伝子分析などをやっているんです。その調査によれば、平成25年度は、1平方キロあたり1・0頭ぐらいしかいなかったのが、令和3年度は1・7頭という数字が出ているんですよ。
針葉樹を植えるようになり、山に豊かな広葉樹林帯が減ったために餌がなくなって里に降りてきているのではないか、といった議論もありましたが、決して広葉樹が減っているわけではありません。そもそも針葉樹を植えなくなってから何十年も経っていますからね。今でも市街地からは西側の奥羽山脈及び東側の北上山地の美しい広葉樹林帯が見えます。やはりクマの数が増えていて、縄張りを持てない力の弱いクマが里にまで降りざるを得なくなっているのではないでしょうか。そのようなクマが川や用水路に沿って降りて来ていると言っている専門家がいますが、私はそちらのほうが実情に近いのではないかと感じています。
砂原 どのようなクマ対策をしているのですか。
上田 市街地に繋がる川沿いや通学路などにAIカメラを設置してクマをいち早く発見できるようにしています。また、川沿いに生い茂っている草を重点的に刈ることで、クマが隠れられないようにしています。柿や栗の木を狙って降りてくるという話もあるので、それらの木を切った場合は補助金を出しています。草刈りは結構お金が掛かりますが、子どもたちの通学路などについては優先的に進める必要があります。
それから市街地にクマが出たときには子どもたちの安全を最優先に考えて、学校の連絡網を使って、親御さんに車での登下校をお願いしています。車での登下校に対応できない家庭については、市でバスを手配したり、学校で市の費用でタクシーを呼んで登下校させるなどの対策をしています。
クマの問題はとにかく市民の安全の問題なんですよね。クマの数が山で生息できる上限を超えて増え続けているのであれば、減らすことも検討しなければならないのだと思います。クマは親子で遊んでいる場面などを見ると、可愛いですよね。
砂原 遭遇して接触しない限りは可愛いんですかね(笑)。
上田 可愛いけれどもやはり危険なんです。花巻市が輩出した宮沢賢治の童話に「なめとこ山の熊」という作品があります。これはクマ猟師とクマの話なんですが、猟師は最後はクマに殺されてしまうんですね。それでも、クマの親子の対話の場面などを読んだりするとクマを憎いとは思えません。「クマを撃つのは可哀想だ」という声もわからなくもありません。でも市民の安全を守るためには、クマは危険な動物であるという前提で対策しなければならないのだと思います。
新たに花巻にやってくる人たちとの関係
砂原 次に、花巻に外からやってくる人たちとの関係についてもお伺いしていきます。最近では、総務省の施策である「地域おこし協力隊」や移住外国人などが新たにやってくる人たちとして話題になっています。こうした外からやってきた人たちとうまくやっていくことは、これからますます重要になっていくと思います。それまで暮らしていた人たちとは違う習慣や考え方を持っている人たちと折り合っていくことは、なかなか難しいところも出てくると思いますが、そのあたりはどのようにご覧になっていますか。
上田 地域おこし協力隊に関して言えば、うまくいっている人のほうが多いですね。ブドウの栽培をして、それを委託してワインをつくっている方の例を紹介すると、その人は地域おこし協力隊を卒業して6年経っています。今では地域に溶け込んで自治公民館長さんを務めています。その地域のある高校は生徒の数が減っているのですが、募集を呼び掛ける活動をしたり、生徒さんにブドウ栽培を経験してもらったりもしています。それから、花巻にある田瀬湖のほとりで古民家を改装した民宿経営を計画している女性もいます。彼女は、ワークショップみたいな催しものを開いて、そこにホリエモンさんを呼んだりしています。そういう人たちは地域にすっかり受け入れられているし、地域の人たちもおもしろがって支えている場合が多いと思います。
花巻市の場合は、地域の仕事を手伝ってもらうために地域おこし協力隊を採用している例はないんですよ。当初はそういう勘違いをしている地域がありました。その地域に住んで何をしたいのかは、地域おこし協力隊の方々に自分で探してもらっています。各自が打ち出した試みについては、できれば地域の人たちも受け入れてほしいというかたちでやっているので、うまくいく人が多いように私は思います。
課題があるとすれば、地域の決まりがいろいろとあって、それに馴染めない人もいることだろうと思います。例えば、神社の氏子になるとかですね。地域の人たちからすれば、「ここに住んでいるのであれば当然氏子になるべきだ」という意識を持っているわけですが、外から来た人からすれば、それに抵抗のある方もいらっしゃるでしょう。このあたりは、むしろ地域のほうも変わる必要があると思うんです。氏子にならない人たちも含めて、地域を守って維持していかなければならない、といったことは言い続けていますけどね。
外国人の方に関しては、花巻でも最近増えています。以前は中国の方が多かったんですが、今はベトナムやタイの人たちが増えていて、製造業などに勤めている人もいます。彼らは会社が用意したアパートなどに住んでいるので、あまり地域との交流は少なかったりします。
花巻市では多文化共生推進プランという試みを始めています。外国から来た人たちに向けて年に10回くらい日本講座を開いて、参加してもらっています。他にも消防署の方に防災について話をしてもらったり、ゴミの出し方についてもセミナーを開催して理解してもらうよう努力しています。まだまだ十分ではない部分がありますから、これからも考えていく必要があると思いますね。
今のところ花巻ではごちゃまぜに住んでるような雰囲気にはまだなっていないので、文化の違いによるいざこざが生じるような事態は起きていません。
砂原 外国人のご子弟の方々の教育について、特別な対応をしている事例などはありますか?
上田 助手の先生を付けて日本語を教えるようなケースが増えています。ただ、何十人もいるわけではないので、対応に追われているような状況ではありません。今後そうした子どもが増えてくれば、国からの支援も含めて対策が必要になってくるのかもしれません。
ただ岩手県の場合は、他の市長さんなどと話をしていても、関東のようにある特定の地域で外国人が大多数を占めるような状況にはまだなっていないですね。
砂原 私も最近知って驚いたのですが、茨城県の大洗町ではイスラム教徒ではないインドネシア人の方々が増えていると聞きました。キリスト教徒の割合が高いスラウェシ島に住んでいた人たちがやってきているそうです。かなり特殊な例ですが、彼らはインドネシアの中でもマイノリティなので、そういう人たちが移住するときには集まって住むことが多いと聞きました。
この例のように、割と固まって住まれている方たちとどのように接触していくのか、彼らの子弟をどのように教育するのかはこれから大事な問題になっていく気がしています。
上田 人口が減ることは確実ですから、地域のそういう方たちが住むエリアは増えるのだろうと思います。移民をさらに受け入れるのかどうかは、これから広く議論する必要があります。岩手県内の沿岸の村などでは、お子さんが年間10人ぐらいしか生まれないところも出てきているんですよ。そうなると学校を維持することも困難ですから、やはり少しでも人口を増やして維持する努力は必要です。
砂原 今日は花巻市が抱える問題についてお伺いしていきましたが、課題が山積しているなというのが実感でした。今後30年くらい先の花巻市を見据えたときに、どういったことが特に重要になるとお考えでしょうか。
上田 人口が減っていく周辺部については、住んでいる人たちの生活を守って命を守るということが最優先になります。今日は医療機関については、触れませんでしたが、地方では病院の維持も大きな問題になっています。また必ずしもそこに病院をつくるということではなくて、周辺部に住む人たちも医療機関に通えるような交通手段を絶対に確保しなければなりません。
次に課題になるのは、農業をしっかり守り、そのことによって周辺部の集落も守っていくことです。その際は農業生産を大きくするのではなく、最低限農地として維持していくことが重要です。先ほども触れたように、周辺部の農業が著しく衰退すれば、山が荒れてしまって動物たちとの境界が曖昧になる恐れがあります。このあたりは最優先にすべき課題だろうと考えています。
(終)