『公研』2024年9月号「めいん・すとりいと」

 

 ウクライナ侵攻は、国際関係に潜む暴力性を誰の目にも分かるかたちで顕在化させた。戦争を抑え込んだと信じていたヨーロッパ(の主流)は、覚悟を決めるほかなかった。

 東西対立の回帰とともに、冷戦時からの古い同盟、NATOが復活した。ここで領域防衛を担えるのはこの組織だけだ。同時に、EUはこの間数々の危機を通り抜け、地力をつけてきた。対露制裁、対宇支援、経済の脱ロシア(=脱炭素)化の主体となっている。冷戦期に形成された「EC=NATO体制」は、経済・民生体と軍事同盟の調和的分業を可能にしていた。脱冷戦でそれがぐらついていたところ、この戦争とともに、変容しアップグレードしたかたちで、「EU=NATO体制」として復権を果たした。

 ヨーロッパにおけるEUとNATOの中心性は明らかだが、三つの不安を抱えている。そのゆくえが、ヨーロッパの未来を左右するだろう。

 一つは、体制の「際」をめぐる問題である。EUとNATOの版図はズレるが、この2年でフィンランドとスウェーデンがNATOに加盟したことにより、東方境界線がほぼ一致した。この先、どこまでヨーロッパの境界を伸ばしていくのか、その限界線の外側との関係をどう作っていくのか、高度に政治的な問いが突き付けられている。

 言うまでもなく、ウクライナのEUやNATOへの加盟がその主たる課題である。モルドヴァやジョージアの加盟問題も重要だが、現にロシアと戦争中のウクライナの加盟が一番難しい。両組織とも、現加盟国が1カ国でも反対すれば、新規加盟は流れる。両組織への加盟となれば、ウクライナを不可欠な一部と見なすロシアは、西側とより直接的に対立する。逆に、非加盟ないしどちらかだけへの加盟となれば、ウクライナは脆弱性を抱えたままとなる。

 次に、「外」に位置する域外パワー、アメリカのゆくえがヨーロッパを左右する。11月に行われる大統領選挙は、民主党候補の差し替えによってますます結果が読めないものとなっているが、仮にトランプ氏が大統領職に復帰することになれば、その影響は甚大となり得る。これまでの彼の言動や側近の回顧等からすると、戦争中のヨーロッパにおいて基本秩序を担うNATOという柱が不安定化し、結果としてもう一つの柱であるEUも動揺し得る。

 論理的には、ヨーロッパが自立し、自らが防衛の任を担えば済むことだが、そうはいかない。まだアメリカに頼る国が旧東欧に多い中で、軍事安全保障分野でヨーロッパが統合を追求すると、逆中で割れ、分裂に寄与する。米欧関係の安定は、ヨーロッパ統合の前提なのである。

 最後に、ヨーロッパの「内」からポピュリズムの嵐が吹き荒れ、中からそれを不安定化する可能性がある。2016年以降の不安定要因が、一時期の停滞期を経てまた戻ってきた格好だ。とりわけ独仏蘭といった中心国、EU原加盟国でそうした勢力が著しく伸長している事実から目を背けることはできない。

 これらの中心国は、イギリスやハンガリーのような外様と訳が違う。そこでの勢力次第では、EUがたとえ残存しても中身は大幅に変わり得る。

 このように、ウクライナ侵攻後のヨーロッパは、「EU=NATO体制」の復権を基調としつつ、「際」「外」「内」からのリスクにさらされている。これらへの対応が次のヨーロッパのかたちを準備するだろう。

東京大学教授

 

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