2026年2月28日に、イスラエルと米国による対イラン戦争が開始された。イスラエルが長年目標にしてきた「イラン・イスラーム共和国体制を崩壊させる」という目標を達成する機会が到来したと捉え、米トランプ大統領に働きかけ、共同での攻撃に持ち込んだ。
米国がイスラエルと共にイランに要求してきた項目は、大まかに言えば、①ウラン濃縮の施設の解体・濃縮ウランの撤去、②ミサイル開発の撤廃、③中東各地での武装勢力への支援の停止であった。①は長年要求してきたもので、昨年6月の「12日間戦争」でイスラエルと米国の空爆によって多くが破壊されており、イランが核兵器を製造することが近い将来に可能となる見通しはなかった。③もすでにイスラエルが2024年から2025年にかけてガザやヨルダン川西岸、レバノン、シリア、イエメンなどを攻撃してイランに支援された勢力を壊滅させており、大幅に脅威は低まっていた。
そうであれば、今回のイスラエル・米国の交渉および攻撃は、もっぱら②のミサイル開発と配備の能力の剥奪こそを、戦略的・軍事的な目的としたものだったと言える。イランのミサイルは、昨年6月のイスラエル・イラン「12日間戦争」を12日間で終えさせた要因だった。それがなければイスラエルはイランの政権打倒まで攻撃をやめなかっただろう。
しかしミサイルの開発と配備は、イランがイスラエルからの攻撃を抑止し体制を維持するために残された最後の砦だった。これを交渉の場で自ら差し出すことは、無条件降伏と言ってよく、自ら体制転換を行うに等しい。イランがそれを呑まないことは必然だった。
初日の攻撃によって最高指導者およびその周辺の指導者を軒並み殺害されるという、文字通りの存在の危機に晒されたイランの政権は、反撃の標的を、湾岸協力機構(GCC)を構成する湾岸アラブ産油国に定めた。
UAEやサウジアラビアやカタールなどGCC諸国は米軍の基地や施設を誘致して安全保障を確保してきたが、それが米国にとってはイスラエル防衛の前方展開拠点となることは昨年6月のイスラエル・イラン「12日間」戦争で眼前のものとなった。今回の戦争に先立っては、イランの対イスラエルのミサイルによる反撃を、中東と東地中海に張り巡らされた米軍の基地・施設がリンクして、如何に最小限の被害に抑えるかが議論されていた。
イスラエル・米によるイラン攻撃は必至とされた段階で、イランの反撃がGCC諸国やヨルダンに反撃が及ぶことは必然と見られたが、それは各国の米軍基地に留まるだろうという希望的観測があった。それは昨年6月23日の、イランによるカタールの米軍基地への攻撃が限定的でデモンストレーション的なものに留まったことから生じていた観測だった。
しかし権力中枢を軒並み殺害するというイスラエル・米国の攻撃は、イランの体制とそれに関連する人々を、圧殺する意図を露わにしたものであった。それに対するイランの反撃は象徴的なものでは収まらなかった。イランのミサイルやドローンによる反撃は、GCC諸国のエネルギーと流通・交通のハブとしての機能を大幅に麻痺させる効果を持つ規模のものだった。ホルムズ海峡の船舶の通航の停止や、カタールの液化天然ガス(LNG)施設の停止といった、前代未聞と言っていい深刻な事態が生じており、波及の範囲は現段階で計り知れない。
イランは湾岸アラブ産油国というイスラエル・米側陣営の「ソフト・ターゲット」を的確に狙っている。それによってまず湾岸アラブ諸国にイスラエル・米側についた代償としての「痛み」を感じ取らせる。そして世界経済に影響を及ぼし、それがやがては米国の政治負担を増す。そうして初めて米国はイスラエルを抑制させる方向に転じる。その時にイランの現体制は存続していないかもしれないが、それが国民と国家が尊厳を保って存続する、唯一の残された道と見えているのだろう。
日本などペルシア湾岸の石油・天然ガスの安定的な生産と流通にエネルギーを大きく依存する諸国にとって、イスラエルとそれに強く影響づけられた米国の行動が、巨大なリスクとして顕在化した。
東京大学教授
