政権の「ゴッドファーザー」ピーター・ティール
宇野 先ほども出てきましたが、そのトランプ政権周辺の知識人の中でも、現在の政権を理解するうえで欠かせないのがピーター・ティールです。彼は、PayPalの共同創業者として知られ、現在はAI技術を軍事・安全保障分野に提供するパランティアを率いる大起業家、大投資家です。トランプにヴァンスを紹介するなど、今や政権の「ゴッドファーザー」的な存在でもあり、ある意味では恐ろしい人物とも言えます。
さらによくわからないことに、ティールはシリコンバレーのテック業界人にキリスト教信仰を広める活動にも深く関わっています。しかもそれは何か思惑があってのことではなく、本気でやっているようにも見える。この人は一体何を考え何を求めているのか、日本にいるとどうにも掴みきれない。加藤さんは、ティールという人の内面をどう理解していますか。
加藤 印象としては、理論的な整合性が取れていない人、と言ったらよいでしょうか。彼のテキストを読んでいても伝わってくる部分ではありますが、一度、朝食を食べながらお話しする機会があり、その時の印象もまさにそうでした。
彼の中に一つだけ一貫した理論があるとすれば「究極的に自分が唯一無二の存在でありたい」と思っている点でしょうか。つまり誰とも争いたくないと。
宇野 まさにティールの著書『Zero to One』の主張ですね。競争は敗者のものであり、勝者とはゼロから誰も真似できないものを生み出す者なのだと。
加藤 彼からはそうした唯一無二性への執着を強く感じました。ルネ・ジラールやレオ・シュトラウスといった思想家を論じられる一方で、成功した起業家という他者が真似できないポジションに固執しているように見えるのです。
だからこそ、その両面を守るために様々な分野の人たちと対話を重ねる。とはいえ、専門家から見ると彼の思想はかなり混淆しているように思います。優秀なアシスタントの方が彼のバラバラな思想を何とか整合性のあるかたちにまとめている部分もあるようですが、どこまで真剣に受け止めていいのかはわかりません。
さらにそこにキリスト教が入ってくることで、より一貫性のなさが際立っています。彼は福音派に近いプロテスタント信仰を持っているのだと思いますが、聖書や黙示録の解釈はかなり独自のもので、正当な神学の枠には収まっていません。それを本人が楽しんでいるのか、一種の特権だと思っているのか……。
宇野 わかりにくい人物ですね。
加藤 そして、おそらく彼が関わる多くのプロジェクトが、「唯一無二でありたい」という彼の願望に引きずられている部分があると思います。
例えば安全保障の分野では、政府の管理下にないテロリスト集団が核兵器のようなものを手にし、既存の秩序を破壊してしまうことへの強い危機感を彼は持っていて、それを何とか食い止めなければ、という使命感自体は本物でしょう。パランティアは、膨大な監視データをAIで解析し、標的を識別するシステムなどを国防総省に提供していて、近年は数十億ドル規模の契約を次々に結んでいます。こうしたシステムをつくった動機も、9・11のような事態を核のレベルで二度と起こさせない、というところが大きいはずで、ここは理解できなくもないです。
ただ、彼の中ではこの使命感が「核戦争という黙示録的な終末を、自分こそがたった一人で食い止める存在なのだ」という自己認識と一体化しているようにも見える。ある種、使命感と、自分を特別視する妄想と、テクノロジーへの信奉がごちゃまぜになっている気がします。
宇野 非常に厄介な人ですね。
イエスになぞらえるティールの自己像
宇野 ティールに関して一つお聞きしたいのが、彼はスタンフォード大学時代に学んだ哲学者ルネ・ジラールから強い影響を受けたとされています。ここは彼を理解するうえで重要な点だと思うのですが、その思想が実際にティールの中でどう結びついているのかが、私にはいまひとつ見えてきません。
ジラールの理論を簡単に整理すると、人間が自分自身の欲望だと思っているものは、実は他者の欲望を模倣(ミメーシス)しているに過ぎない、というものです。欲望を模倣する人間同士はぶつかり合い、その対立はやがて暴力の連鎖を生み出します。人間社会は歴史的に、この連鎖を鎮めるために一人をスケープゴートに仕立てて排除するということを繰り返してきた。ジラールは、この構造の究極の例として、イエスがゴルゴタの丘で処刑された出来事に注目します。
正直に言うと、この出来事をジラールがどう捉えているのか、私にはずっとよくわかりませんでした。一見すると、誰か一人を生け贄にしてそれを叩くことで大衆をまとめ上げるという、いわば人々を操るための「うまい統治のやり方」を説明しているようにも読めてしまう。しかし、どうもそうではないようですね。
加藤 ジラールの分析では、スケープゴートを立てても根本的な解決にはならないとしています。満たしきれない問題が、結局人類には残り続けてしまうからです。しかし、完全無欠の神であるイエスが、無実の人間として十字架にかけられたという出来事だけは別だとジラールは考えました。人は他者の欲望の模倣という性質から逃れられませんが、イエスの姿を見るとき、初めて利他性を思い起こし愛に目覚めることができる。つまり、イエスこそが人類の歴史上初めて暴力の連鎖を止め得るものだった。だからこそジラール自身もカトリックになったのだと思いますし、ティールもイエスをそうした意味での唯一無二のスケープゴートとして理解しているからこそ、キリスト教徒なのだと思います。
ただ問題は、こうしたイエスの理解がティールの思想や活動にどれだけ反映されているのか正直よくわからない点です。今、彼がパランティアでやっていることをミメーシスに当てはめると、アメリカはAIによってより強大な武力を持ち、自由をつくり出し守るシステムを築こうとしている。それを見た中国も、同じように模倣的にアメリカに対抗しようとする。こうした競争の連鎖が止まらないのが今の時代なのだと思います。
しかし、もし本当にイエスが唯一無二の最善のスケープゴートとするのならば、その競争から降りることこそが重要なはずです。それなのにティールは自ら競争に参加することで「アメリカを守っているんだ」「東シナ海を守っているんだ」と理解している節がある。この点は、ジラールのキリスト理解とは少しずれているように思います。
宇野 やはり矛盾していますよね。イエスの教えに倣うのではなく、むしろ自分をイエスになぞらえ、世界を救う特別な存在だと考えている。
権力者の被害者意識という矛盾
宇野 さらに言えば、ティールには「リベラルという名の反キリストに、自分たちは潰されてしまう」という、一種の被害者意識すらあるように見えます。企業活動を規制しようとする民主党のアプローチこそ反キリストであり、放っておけば自由な起業家精神は窒息させられてしまう。だから、国家が企業を規制するという発想そのものを打ち倒さなければならない、という考えになる。どこまで本気なのかはわかりませんが、もしかすると本人は心からそう信じているのかもしれません。あれほど強大な権力を持ち、世界を動かしている人物でありながら。
加藤 それはすごくあると思います。環境保全運動やAI規制を企業活動への脅威とみなすティールは、グレタ・トゥーンベリらの環境運動を反キリスト的な思想と結び付けて論じています。また、AI規制を訴えたローマ教皇レオ14世についても、その主張は結果として中国共産党を利するとして、「中国共産党のために働いている(working for the Chinese Communists)」と批判しました。
本来、イエスの弟子であれば利他的な愛を実践すべきです。しかしティールの場合、自分の欲望を邪魔するものを排除することこそが最大の目的になっていて、信仰と矛盾した言動を繰り返しているように見える。むしろ、そうした姿勢こそ聖書が描く「欲望の最大化を求める存在」としてのサタンに近いのではないか、とすら思えてしまいます。
宇野 そんな考えの人物がトランプ政権のゴッドファーザー的な存在として背後に控えている。私たちはそのことをきちんと理解しておかなければならないですね。
なぜ今アメリカでCEO的君主制が支持されるのか
宇野 こうしたトランプ政権周辺の思想家の中で、もう一人注目すべき人物がカーティス・ヤーヴィンです。元プログラマーでブロガーの彼は、反民主主義と反平等主義を掲げる暗黒啓蒙と呼ばれる思想潮流の生みの親ともされています。ヴァンスが彼の主張を引用したことをきっかけに注目を集めました。今や保守派の思想的な空気をつくっている人物として知られています。
彼の主張は一貫していて、様々な制約に縛られて身動きが取れない大統領よりも、アメリカを一つの経営体とみなし合理的に改革を進める強いリーダーシップこそが必要で、CEOのような強力な君主が統治する体制に置き換えるべきだ、というものです。当初は既存のリベラルエリートを激しく敵視する、いわば「キワモノ」的な存在でしたが、今ではキワモノとして切り捨てられないほど、一定の支持を集めています。
加藤 そうですね。ティールも彼の思想に感銘を受けていて、連邦政府内の若い世代にもシンパが多いと聞きます。
宇野 まさにそこが衝撃でした。そもそも「プレジデント」という言葉自体、元はフランス語の議長(Président)に由来していて、本来そこまで強いイメージではありません。また、アメリカの基本思想が民主主義かどうかは怪しいですが、君主制ではなく共和制、コモンウェルスであるということは建国以来の至上の信念だったはずです。そのアメリカで君主制を主張する論調が一大スキャンダルにならない、という今の状況にかなりショックを受けました。これは一体何が起きているんでしょうか。
加藤 ここに関して、一つ興味深い見方があります。2026年7月号の『中央公論』で、東京大学の上村剛さんが寄稿していたのですが、そもそも大統領制は当時の東インド会社のような株式会社の制度を模倣した面があり、大統領もそうした会社のトップを念頭に置いて構想されたということです。そう考えると、大統領にはもともと強い執行権が想定されていた面もあり、CEO的君主制が必ずしもアメリカの伝統とかけ離れているわけではないのかもしれません。
宇野 しかし、企業のCEOなら取締役会に解任権がありますよね。CEO的な大統領は、誰が辞めさせられるのでしょうか。
加藤 それについて、私もヤーヴィンに直接聞いてみました。ヤーヴィンは、国家を株式会社のように再編し、その所有者たる株主がブロックチェーン技術を用いて所有権や議決権を管理する構想を描きます。そこでは、公開鍵によって識別される仮名の主体が、中央集権的な管理者を介さずに契約や意思決定を共有し、取締役会や株主総会に相当する統治機能を担うことが想定されています。もちろん現実的にはかなり難しいと思いますが、その取締役会が「この大統領はもうダメだ」と判断すれば、大統領の権限を無効化し、次の人物に交代させられる、という仕組みを構想しているそうです。
宇野 特定の誰かが決めるのではなく、ネット上に集まった不特定多数が理事会役をやるところがおもしろいですね。まさにDAO(分散型自律組織)的です。本部や経営者を置かず、参加者同士がルールに従って自動的に意思決定していく、暗号資産の世界でよく使われる仕組みです。荒唐無稽ではありますが、彼なりに筋道は考えているんだなとは思います。
