日本は主権国家として 自立しなければならない
──最後に日本が向かうべき指針についてご提言をいただけますか。
磯部 日本は戦後80年間、日米安保体制の下に平和と経済的な繁栄を享受してきました。しかし、残念ながら今はもうそういう時代ではないことを認識しなければならないのだと思います。そして、米国への「甘えの構造」から脱却しなければならない。つまり今後はアメリカに依存しすぎてはいけない。日米同盟は引き続き日本にとって中核的な同盟であって強化していくことは大事ですが、それと同時に、日本は主権国家として自立していかなければなりません。
そのために一番大事なのは食糧とエネルギーの安全保障、そして軍事による抑止──この三つであると私は考えています。現状ではエネルギーと食糧を海外に大きく依存してしまっていますが、それをある程度は日本の中で賄えるようにしなければなりません。そうでなければ、日本の富はどんどん海外に流れ出ることになります。これまでの発想を変えて、それを食い止めなければならないのだと思います。
あわせて大国間競争の時代の中では、日本が自国で自国を守れる防衛体制をとっていくことです。アメリカのパートナー国である欧州、オーストラリア、フィリピン、韓国と共にこの地域の平和を支えていくために、能動的・主体的に自らの安全保障観をつくっていくことが求められています。
民主主義社会を維持していくために 何が必要なのか
鈴木 ロシアや中国のような権威主義国家は、民主主義社会に対する認知戦、情報戦の面では圧倒的な優位性を持っています。こうした現実に対し、日本の民主主義社会を維持していくためには、軍事的な抑止能力だけではなく、社会全体の情報リテラシーをはじめ、政治的・社会的な耐久性(レジリエンス)を強化しなければなりません。デマに惑わされず、社会の過度な分断状況を生み出さないように、良質で正確な情報を入手し選択できる知的インフラを、社会全体で強化していくことが大切です。
実例としての台湾を見れば、台湾社会は中国から強力な認知戦や浸透工作の脅威に恒常的にさらされています。台湾の人びとが、自分たちの民主主義体制維持のために払っている努力とコストは並大抵ではありません。そうした政治環境のもとでは、自由民主主義体制を守るために、ある意味では言論の自由や信仰の自由を部分的に規制するようなこともやらなければならない。日本も他人事ではありません。例えばSNSの規制は、自由民主主義の根幹に抵触する可能性がありますから、これまでは違法と考えるのが一般的でした。しかし、そうした対策が民主主義体制全体を守り、平和と安全の維持に必要であれば、自由や人権について従来とは異なる見方や見解にも、より踏み込んで考えていくべきではないでしょうか。これは厳しく苦しい選択ですが、そういう覚悟も必要ではないかと思います。
思い返してみれば、オウム真理教によるテロや安倍晋三元総理の襲撃などは、事件の要因となった問題自体は以前から広く社会に認知されていたのです。にもかかわらず、信教の自由との関連から必要な政策措置や法的規制が十分になされないまま、社会全体を震撼させる重大事件にまで発展してしまった。犠牲者が出ないと対策を考えられないという悪弊はもうやめるべきです。加えて認知戦では、「問題を問題として認識する思考の枠組み」そのものが変えられてしまう可能性もある。自由と民主主義をめぐる原理的思索は、今日ではすぐれて現代的で切迫した意義を持っています。
トランプの同盟国に対する不信感を まずは受け止める
小谷 多くの日本人は、今のアメリカは昔とはだいぶ変わったと感じているのだと思います。どしっと構えている頼り甲斐のあるアメリカではないと考えている人が多いわけです。ただ、アメリカの歴史を見ていると、今のアメリカのほうが普通の状態です。第二次世界大戦が終わってからのアメリカのほうがむしろ例外的で、建国以来アメリカは本当に内向きな国だし、自国のことしか考えてこなかった側面が強い。
今回のNSSではモンロー主義が再び言及されていますが、今のアメリカはある意味では原点に回帰しています。我々がこれまで頼りにしてきたアメリカとは違うアメリカに向き合っていることを確認する必要があります。
トランプ大統領はよく同盟国に対して、これまで自らを犠牲にしてまで世界の平和と安定を守るために努力をしてきた。同盟国に対しても安全を提供してきたもかかわらず、同盟国はアメリカにタダ乗りをして、しかも安い製品をアメリカに売りつけて膨大な貿易赤字をつくり出してきたと。トランプ氏からすれば、アメリカはまさに同盟国にうまくあしらわれてきたのだという思いがあるわけです。4月の相互関税の発表の際もそういったことを言っていました。
トランプ氏の主張は必ずしも間違いではないんですよね。同盟国が甘えてきたことは間違いない。ですから、まずはトランプ氏の同盟に対する不信感を正面から受け止めて、そこにある種の共感を持つことから始める。その上でアメリカを巻き込むかたちでの新しい国際的な協力の枠組みをできるだけアメリカの負担を減らすかたちで進めていく。そうしたことをやりながら、アメリカが完全に引いてしまわないように引き留めつつ、アジア、インド太平洋地域の秩序を構築していかなければならないのだと思います。
ですから今のトランプがやっていることが何でもおかしいと捉えるべきではなくて、我々の過去の行動への不満があるいうことは正面から受け止めて、今後の新しい協力関係を構築することが大事ではないかと思います。
アメリカのベネズエラ攻撃を どう考えるか?
──「対話」収録後の2026年1月3日にアメリカはベネズエラの首都カラカスを含む複数の地点を空爆し、マドゥロ大統領を拘束した。この軍事作戦についてご見解を伺った。
鈴木 2026年の年明け早々、米国のトランプ大統領の指示で行われたベネズエラへの軍事侵攻とマドゥロ同国大統領の拘束事件は、中国の習近平政権にとって二つの影響を及ぼすことになるのではないか。
一つは、中国国内の抑圧体制のさらなる強化である。習近平にとって今回の事件は、国内外に向けて自身がこれまで繰り返し警告してきた米国による他国への内政干渉、政権転覆の紛れもない例証となった。習近平は、外部勢力と国内の不満分子の結託の危険性を改めて銘記したであろう。いま一つは、習近平はトランプの敵失を存分に利用して、米国に代わる国際社会のリーダーに中国がなるべく、そのための政治的布石の活動を着実に実行していく。例えば、グローバルサウス諸国に対し、「国際秩序の破壊者としての米国・トランプ、国際秩序の擁護者としての中国・習近平」のイメージを強力に宣伝することになる。
磯部 トランプ大統領の2期目就任以降、西半球に関する言動は次の通りです。昨年1月「グリーンランドの購入に向け軍事力や経済的な手段の行使を排除しない」と表明、5月「カナダは51番目の州になるべきだ」と持論を展開、さらに、ベネズエラに対して麻薬密輸の抑止とマドゥロ政権の退陣を突き付けていました。
今年1月3日、トランプ大統領は突如軍事作戦に打って出ました。米国の行為は、国際法上許されるものではないでしょう。他方で、ベネズエラの3030億バレルという世界屈指の石油埋蔵量などの資源をめぐって、中ロ両国が巧妙にマドゥロ氏に接近していたのも事実です。
アメリカの行為が、権威主義国家に対して一方的な現状変更の動きを増長させることになりはしまいか、という論調も出ています。しかし中ロ両国は、むしろ米国を非難しています。国際法を遵守しているのは我々だとアピールし、アメリカとの対比を鮮明にして、グローバル・サウスを味方につけようとしているのではないでしょうか。
昨年6月にイランの核関連施設を攻撃した「ミッドナイト・ハマー」作戦、そして今回の「アブソリュート・リゾルブ」作戦を見ると、相手国の防空態勢を完全に無力化して作戦を成功させています。イランやベネズエラの防空システムはロシアや中国製に依存していますが、米軍の実力はそれらをはるかにしのぐものです。世界最強の軍隊であることに間違いありません。
小谷 年始にトランプ政権がベネズエラに武力行使をしましたが、1番の狙いは中国の影響力を西半球から排除することです。これで中国が西半球から手を引く代わりに米国がアジア、特に台湾の問題から手を引くというディールを持ちかければ、トランプ大統領が受け入れ、米中G2が成立するかもしれません。
(終)
