アメリカが台湾を見捨てる可能性について

 鈴木 2025年12月に発表された、第2期トランプ政権の「国家安全保障戦略」を見ると、インド太平洋地域については、欧州よりも記述の分量が多く割かれています。しかし台湾については、半導体生産の拠点として戦略的に重要であるといった表現でした。第一列島線と第二列島線の境目にあって安全保障上重要という指摘はありましたが、そうしたレベルに留まっています。小谷先生のご発言にあったように、安全保障よりも経済を重視している印象があります。ただし、そのことが台湾を見捨てるところまでいくかは不透明な印象です。台湾有事への米国政府のスタンスについて、お二人はどのようにお考えでしょうか?あるいは、「国家安全保障戦略」の内容について全体的な評価はいかがでしょうか?

 小谷 国家安全保障戦略の表紙に書かれた日付は11月になっていますが、実際に公表されたのは12月5日でした。なぜ公表するまでに日が空いたのかと言えば、まさに中国や台湾に関する記述で最後まで揉めたからなのだと見ています。とりわけスコット・ベッセント財務長官が中国に関する記述に関して、「もっと和らげるように」と主張して最終的な文言になったようです。オリジナルはもう少し厳しい表現だったのが、ベッセントとしてはこの先の関税協議をまとめられないので、今の表現になったのではないかという見立てがあります。

 そもそも中国と台湾に関する記述自体をペンタゴン(国防総省)、国務省、NSC(国家安全保障会議)のあいだでずっと調整をしてきたわけです。いわゆるエルブリッジ・コルビー国防次官に代表される「優先主義者」たちは、軍事力による中国に対する抑止を重視していますが、NSCのほうはトランプ大統領の意向もあって、より安定した米中関係を重視しています。そこに財務省も含めた経済当局の意向も加わって、折衷案として今回の記述になったということです。言ってみれば、まだ政権内はバラバラなんですよね。ペンタゴン、国務省、経済当局が重視するものはそれぞれ違っているのだけど、何とかまとめないといけないのでああいう表現になっている。

 ただ一つ言えるのは、今回の国家安保戦略では全体的にヴァンス副大統領の考え方がかなり反映されているということです。トランプ氏の国家安保戦略というよりは、ヴァンス氏の国家安保戦略と言っても言い過ぎではないかもしれません。ヴァンス氏は抑制主義者として知られていて、アメリカの死活的な利益が脅かされない限りは、対外的な介入をするべきではないという考え方を徹底しています。ヴァンス氏は昨年春のメディアでのインタビューで、「台湾は先端半導体の供給元としてアメリカにとっては死活的な利益である」と発言しています。しかし、この先TSMCがアメリカ国内で先端半導体をつくるようになれば、「台湾は必ずしも死活的利益ではなくなる」とはっきり言っています。ですから今後数年間は、台湾は死活的利益ではあり続けるのでしょうが、台湾がアメリカの関心を引くために、アメリカ国内に先端半導体の工場を作り続ければ、自らの価値を下げてしまうという皮肉な結果に終わってしまいかねない。

 トランプ大統領の任期中に、もし中国が台湾有事を起こせば、私はたぶんトランプ氏は反応すると思います。彼はピースメーカーを自称していて、「ウクライナ戦争もガザ紛争も自分が大統領だったら起こらなかった」と言っていますからね。ですから自分の任期中に中国が台湾有事を起こせば、おそらく黙っていられないでしょう。しかし、この先ヴァンス副大統領が大統領になったとき、仮に中国が台湾に侵攻しても最早アメリカ国内で先端半導体が供給できるのだったら、わざわざ軍事介入しないかもしれないという判断もあり得る。

 そういう意味で、今回の国家安保戦略は曖昧なところを残していますが、半導体との関連で台湾に言及した点については、やはりヴァンス氏の考えが反映されている可能性が高い。ですから、このまま共和党政権が続けば、中長期的には台湾を見捨てるという方向性が出てくるのかもしれません。

日本側からトランプ政権に日米同盟の重要性をインプットしていく

 磯部 今回の国家安全保障戦略を読んでみると、最初のほうでは「戦略とは何か?」といった入門書的な記述が多く書かれています。今までの国家安全保障戦略(NSS)は外交・安全保障のエリートが、格調高い文章で網羅的に書いていたんですよ。ところが今回は、アメリカ市民に向けて、まさに安全保障の戦略をわかりやすく説明している印象を私は受けました。冒頭では主語に「we」と「they」がたくさん使われています。weは我々、トランプ支持者で、theyはバイデン前大統領をはじめ民主党支持者を指しているようです。ところが、後半のほうになってくると、「we」はアメリカ全体を意味するような書き振りをしていて、ここはおもしろいなと思いました。

 確かに軍事に対する記述があまり出ていませんから、経済安全保障を重視しているのは間違いないのだと思います。ただしNSSはアメリカの最上位の戦略で、その下位の戦略である国家防衛戦略(National Defense Strategy:NDS)がまだ公表されていません。まもなく公表されるであろうNDSで明確に、軍事における役割をしっかり書いてくるのだと思います。

 ヴァンス氏が考えるように、アメリカにとっての台湾の価値は半導体にのみあるという認識に立つと、アメリカは中国の軍事的な覇権を西太平洋で許してしまうことになります。国家安全保障戦略の文章には第一列島線、第二列島線の安全保障上の重要性について記載されていますが、仮に台湾が中国の統治の中に入ってしまうと、西太平洋は完全に中国人民解放軍にとって開かれた海になって、人民解放軍の海軍や空軍にとっては西太平洋へ進出の自由を得ることになります。

 そうなると日本も非常に困るし、アメリカの領土であるグアムやハワイにも軍事的影響力が行使されてくることになりますから、アメリカとしては台湾が中国の手中に入ることは絶対に受け入れられないと思います。ですから今は国防省を中心に、そこのせめぎ合いを大統領府、NSCと議論しているのだと思います。日本としては、これから出される国家防衛戦略を吟味して戦略的にアメリカと連携していく必要があります。

 小谷 今回のNSSでほぼ唯一安心できると思った記述は、シーレーンの安全について言及していたところでした。それは軍事的な観点はもちろんですが、経済的にもシーレーンが安定していないと、アメリカにとってはマイナスになる。アジアにおいてシーレーンの重要性を意識していることは、そこから列島線の防衛という発想につながっていきます。いま日米の防衛協力は第一列島線を中心にやっていますが、グアムのある第二列島線にまで広げて、まさに日米同盟をこの列島線防衛を前面に出したものに変えていく余地は十分あるのだと思います。

 ここは日本側からトランプ政権にうまくインプットしていく必要があると思います。おそらくNDSに関しても、列島線防衛はフォーカスされているはずですから、ここで日米が協力していく方向性は見えてくるのだと思います。

台湾危機が深刻化するのは
2030年代以降?

 鈴木 今の小谷先生のお話からすると、トランプ大統領の次の大統領が誰になるのかが重要だろうと思います。同じように、中国についても習近平氏の次の指導者の登場まで視野に入れた長期的なスパンで考える必要があります。私自身は台湾海峡の軍事的危機が本当に深刻化するのは、2030年代半ばであろうと考えています。いくつかの政治的スケジュールを考慮すれば、習近平がそれほど短期間のうちに台湾統一/併合を実現しようと考えているようには思えません。

 現在72歳の習近平は、党総書記としての任期が2027年までですが、「2035年に社会主義現代化を基本的に実現する」と言っていますから、4期目(2027~2032年)もやりたいと考えているでしょう。ただし、2030年代には彼も80歳代ですから、権力継承の問題が現実のものになります。こうしてみると2030年代半ばあたりが、国際社会に大きなインパクトを与えるような動きが起きる一つのタイミングになると思います。

 中国政治の現状に関しては、2027年の21回党大会に向けて、内部ではすでに様々な駆け引きが始まっていると思われます。最近でも習近平の子飼いの将軍たちが複数人失脚していますが、これをどう評価すべきか。一つの見方としては、軍内にも多くの派閥闘争があり、側近の部下が辞めさせられ、習近平の権力が低下しているのではないかというものです。軍内での権力低下が引き金となり、次の党大会ではトップが交代する可能性もあるのではないかという予測もあります。

 もう一つの見方は、習近平の最高指導者としての権力は依然として強力だというものです。軍内での派閥闘争は、次の党大会へ向けた出世競争や派閥勢力に新しい布石を敷くような動きであり、最高指導者である習近平にチャレンジするような性格のものではないという見方です。私自身も、こちらのほうが実情に近いのではないかと考えています。

 ただし、将来にわたって習近平が、党・国家・軍の最高職をすべて独占し続けるかについては不透明です。習近平は党総書記、国家主席、中央軍事委員会主席の三つのポストに就いています。現在の政治の流れからすれば、軍委主席の職位はこのまま維持すると思います。国家主席は本質的には儀礼職なので、このポストには拘らないかもしれません。焦点の一つは党総書記──あるいは党主席を復活させるのかもしれませんが──党のポストを続けるかどうかです。党と軍の二つの最高職をそのまま維持するのか、軍だけにするのかでは、権力と権限の面でかなり大きな違いがあります。

 一方で、中国共産党の支配体制が揺らぐ兆しは今のところ見当たりません。確かに経済成長は鈍化しているし、若年層の雇用状況も悪い。しかし不況だけで支配体制が動揺したり政局の争点になったりするかと言えば、経済の現状はそこまで深刻とは言えません。それに今日で社会を管理するテクノロジーも相当発展していますから、一部の民衆が不満を抱いたとしても事前に押さえ込まれてしまう。1989年の天安門事件ではインフレーション、政治腐敗への怒り、統治エリートの分裂がありましたが、この3点セットが揃わないと、共産党の支配はなかなか揺るがない。習近平もこの辺の事情をよく理解しているので、反腐敗と指導層の分裂には十分すぎるほど対策を取っています。

 台湾問題に関しては、2027年に中国人民解放軍が創設100周年を迎えるので、この節目の年に軍事行動を起こすのではないかという観測があります。しかし、私は何か実質的な動きがあるとすれば、やはり2030年代であろうと考えています。今年(2026年)は11月末に台湾で統一地方選挙があって、その1年2カ月後の2028年1月に次の総統選挙があります。2027年は軍事能力の構築という点では意義があると思いますが、27年に軍事的緊張を高めることで、28年の総統選挙で台湾の主体性を重視する民進党政権が勝利してしまうような事態を中国は歓迎しないだろうと思います。

 その代わり、軍事的なアプローチ以外の方法で台湾の政治と社会を動揺させようとしています。台湾側が最も対応に苦慮しているのが、中国による台湾社会内部への浸透工作や認知戦です。TikTokなどを利用した認知戦には有効な対策を見出していません。中国側もそれが十分にわかっています。26年と28年の各選挙に向けて、軍事演習で力を誇示して威圧する一方、台湾の自由民主主義の制度を利用して、中国側の言う強制的な「平和統一」のための政治的足掛かりをつくろうとしています。

 磯部 昨年9月に北京で行われた建軍記念パレードには習近平、プーチン、金正恩が集まりましたが、あのときに習近平が「今世紀中に人間は150歳まで生きられるかもしれない」と言ったという話が漏れてきています。

 皆さんは若いのであまりイメージが湧かないかもしれませんが、やはり人間というのは歳と共に肉体が衰えていくことを実感するわけです。習近平さんは私より5歳年上ですから私以上にその衰えを感じているのだと思いますが、「150歳まで生きられる」という彼の発言からは、権力に対するものすごく強い執着を感じます。同時に、物事を長期的に捉えていると考えることもできるのではないでしょうか。

 間近なところでは、今年11月に深圳で行われるAPEC首脳会議を成功させたいと習近平は思っているでしょう。国際舞台で、まさに主役として華々しく世界のリーダーとして振る舞うことができる。私は、そこまでは大丈夫ではないかと見ています。ただ、それ以降は、台湾の問題についても警戒水域に入っていく可能性が高いのではないかという気がしています。

 それから軍事面に着目すると、現時点では台湾を攻めるだけの軍事的な能力が十分に整ったとは言えない状況です。台湾海峡を越えて、空と海から同時に渡洋できる部隊の人員の数は、2022年当時で約1・7万人でした。これは一個師団強ぐらいの規模ですが、これだけでは2300万の人口、常備軍24万人強、そして九州ぐらいの面積を持つ台湾を相手に戦うことは絶対にできません。台湾軍に完全に各個に撃破されてしまうでしょう。ここが今ネックになっているんですね。

 人民解放軍はいま強襲揚陸艦や巨大なはしけ(艀)などをつくっています。さらに民間のいわゆる「ローロー船」(貨物を積んだトラックや荷台ごと輸送する船舶)と呼ばれる運搬船などを使った演習を繰り返しています。こうした同時渡洋能力が付いてきて、5個師団以上の規模にまでそれが成長してくると、習近平としてはいつでも軍事的な行動を起こせる選択肢を持つことになります。

 今はそこまでの戦力が整っていないので、いわゆる心理戦、情報戦、認知戦などを展開することで「戦わずして勝つ」ことを優先的に考えている。けれども、彼のなかには軍事的なオプションがあり、そのための準備も同時に進めていることは、常に念頭に入れておく必要があります。

台湾の若者は大陸への警戒感が
低下している

 小谷 米中G2による大国の時代が到来する可能性があり、そうなるとアメリカは台湾を見捨てることも考えるのではないかという議論は非常に大きなテーマです。当然中国としては戦わずに台湾を取り込めるのが一番いいわけですから、これからの浸透工作にさらに力を入れていくのだと思います。

 結局のところ台湾人が現状をどう捉え、今後のアメリカの動きや米中関係をどのように見ていくのかがポイントになります。仮に台湾の人たちがアメリカには期待できず、頼ることもできないと考えた場合は、香港やマカオのように一国二制度を受け入れるというシナリオが見えてくるのかどうか。この辺についてはどのようにお考えでしょうか。

 鈴木 「可能性としては確かにあり得る。ただし、短期的な実現性はかなり低い」というのがひとまずの回答です。台湾では「あなたは台湾人ですか?」「中国人ですか?」「台湾人でもあり中国人でもありますか?」という質問の世論調査をずっと行っています。2025年7月の結果を見ると「台湾人」と答えた人が63%、「台湾人でもあり中国人でもある」が30%、「中国人」が2%です。

 おそらく「台湾人でもあり中国人でもある」という3割の回答も、武力による統一という脅威認識や心理的抑制がなければ、その割合はさらに減るでしょう。大方の台湾人は、少なくとも現時点では、「自分は台湾人であるが、中国人とは違う」と考えています。そのようなアイデンティティの構造は、従来から基本的に変わっていません。

 しかしその一方で、アメリカに対する信頼はいくらか揺らいでいるようです。特に第2期トランプ政権以降はアメリカに対する「不信」とまではいかないまでも、一朝ことあるときに本当にアメリカは助けてくれるのだろうかという「疑念」は少しずつ広がっています。これを台湾では「疑米論」と呼んでいます。

 そういう観点から言えば、アイデンティティの構造が変わらなくとも、現実の政治力学や軍事力の不利を認めて、将来、台湾の人たちが大陸との間に政治的協定などを否応なしに結ばざるを得なくなるような可能性はなくはない。ただし今のところ、そうした可能性はかなり低いです。

 またこの点に関連して、最近読んだ論文では興味深い指摘がありました。それは台湾の若者たちの対中意識が微妙に変化していることです。一つのきっかけは新型コロナの流行でした。コロナ前までは、台湾の若者は大陸に行って働いたり、留学したりしていました。彼らがそこで目にしたものは、自分たちの政治的思考が中国人とはかなり違うということでした。すなわち、中国社会を直接体験することは、台湾人アイデンティティを強化する方向に作用していたわけです。

 しかし、新型コロナの流行をきっかけとして、台湾と大陸との行き来が途絶えると、中国社会を実際に見聞したことがない若者たちが増えました。そういう人たちは大陸アレルギーがむしろ少なかったりします。政治的にはともかく、経済交流はもっと積極化すべきだという主張をはじめ、大陸への警戒感が低下しているとの指摘もあります。こうした点には注目する必要があります。

「防衛努力をしないと防衛義務を
放棄することもあり得る」

 磯部 次に日米同盟について少し考えてみようと思います。今までの日米同盟は自由、民主主義、法の支配、人権の尊重、航行の自由、ルールに基づく国際秩序の維持など普遍的な価値観に基づいた同盟関係という性格が濃かったと思います。ところが、それが価値観よりもむしろ、パワーバランスによる相対的な関係に変わりつつあります。あるいはすでに変わったと言ってもいいのかもしれません。今までは国際社会においてアメリカの支持や支援が日本は予見できたわけですが、それがもう当てにできなくなっているという認識に立たなければならないと思います。

 日本から見たアメリカは、唯一の同盟国です。けれどもアメリカから見た日本はワン・オブ・ゼムであって、たくさんある同盟関係の一つです。日本人はここを誤解しがちなんですね。

 日米同盟を盤石なものだと思っていると、対中外交でいきなり足元を掬われかねない。過去にも1972年のニクソン訪中の例があったように、そうしたことは常に考えておく必要があります。

 小谷 トランプ政権は日本だけではなく、多くの同盟国に防衛費の増額を求めています。今回の日米首脳会談では防衛費の話は出なかったようですが、NSSの中にも同盟国に防衛費の増額を求めていう記述があります。

 トランプ政権は、防衛費を基準にして同盟国を二つの種類に分けています。防衛費をGDP比で3・5%を達成、あるいはしようとしている国を「パートナー国」と呼んでいて、ここにはイスラエル、ポーランド、韓国が含まれます。それ以外の基準に満たない同盟国については「dependent(依存国)」だとみなしています。そうした国に関しては「防衛努力をしないと防衛義務を放棄することもあり得る」と言っています。そして今の日本はこちら側に置かれているのだと思います。アメリカは防衛費が一定の水準を満たさないと「守らないぞ」と言っているわけですから、ここは従来の日米同盟には久しくなかった要素です。

 いま日本の防衛費はGDP比で2%に到達する見通しですが、トランプ政権がこれで満足するとはとても思えません。これから戦略三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を改定していく中で、そこへ向けて取り組んでいくことになります。ただし、すべての同盟国に一律3・5%を求めるとなると、日本の場合は元々のGDPが大きいので、絶対的な額が他の同盟国よりも大きくなる。本当に3・5%ということになると、年間18兆円規模の防衛費になるわけです。これを毎年やっていけば、日本の通常戦力は相当なものになっていきます。場合によっては米軍がいらない分野も出てくるのではないか。それは根本的に日米同盟を変えることになってくる可能性もある。

 一方で、防衛費を増額したとしても人員は増えませんから、そのなかで日本の防衛力をどうやって構築するのかという非常に難しい問題が出てくる。今の「戦略三文書」を見ても、人が増えないことは前提になっています。プラットフォームの数を増やすわけではなくて、その能力を上げたりミサイルを買うことでなんとか2%を達成しようとしているわけです。これまで1%でやってきたのを3・5%にして、それが使い切れるのかという話も出てくる。

 ですから、どこかの段階で一律3・5%という基準が本当に妥当なのかどうか、アメリカに率直に投げかけて議論しなければならないのだと思います。3・5%でなくても2%以上であれば相当な防衛力になりますから、アメリカの負担も減るでしょうし日米の協力もさらに深まります。

 90年代にはジョセフ・ナイが提唱した「ナイ・イニシアチブ」がありましたが、日米の戦略コミュニティが絡むかたちで日米同盟をどう再定義するのかという議論が改めて必要なのではないか。1996年の日米安保共同宣言に代わる新しい宣言を日米両首脳が出すことで、日米同盟の新しい姿を打ち出していく作業が必要ではないかなと思います。

「瓶の蓋論」と沖縄の位置付け

 鈴木 日本が「依存国」から「パートナー国」の地位に格上げしてもらうには、防衛費の増額が必要になってくるわけですね。その点に関してお二人に質問があります。一つは、いわゆる「瓶の蓋論」をめぐる米国の認識です。かつて日米安保条約については、中国や韓国などのアジア諸国に対する一つの説明として、「瓶の蓋論」が主張されました。日米同盟は日本の軍事費が伸びていくことを抑える効果があるので、結果的に日本の軍事大国化を防ぐ効果があるという意見です。

 ところが、いまアメリカは、防衛予算を大きく増やすことを日本に求めている。日本の軍事費が増えることは、アジア各国から見ると「軍国主義の再来だ」と映るところがあります。実際、先の高市発言以後、中国はアジア各国に向かって「日本の軍国主義復活」批判キャンペーンを展開しています。中国のこうした批判を打ち消すためにも、アメリカには軍事費の増大が日本の軍事強大化を意味しないことを、大統領の口からもきちんと表明して欲しい。「インド太平洋地域の安全確保のためにも、同盟国である日本には一定程度の軍事的役割を求めている。そのことは決して軍国主義の復活ではない」と。

 もう一つ気になるのは、アメリカの安全保障戦略における沖縄の役割です。沖縄の米軍基地の役割は、今後どうなることが見込まれるでしょうか。もし沖縄の米軍基地の軍事的な役割が下がってくることがあれば、中国にとっては間違いなく歓迎すべき状況です。

 磯部 いわゆる「瓶の蓋論」は、1990年当時、沖縄にいたスタックポール在日米海兵隊司令官が発言したことで知られていますが、それ以降はほとんど表には出てこない考え方です。ただ、アメリカの底流にはその発想が一部あることは事実だと思います。現政権のトゥルシー・ギャバード国家情報長官は、2023年にXにかつての日本による太平洋侵略を思い起こすと、現在の日本の再軍備は本当にいい考えなのかといった疑問を呈しています。さらには、彼女はアメリカと日本が再度戦わないように注意しなければならないとも述べています。

 ですから、そうした考え方は一部の識者にはあるのだと思います。ただし今は主流な考えではないし、トランプ大統領自身もまったくそうは考えていないでしょう。だから疑念は多少あるが、あまり心配しなくてもいいのではないかと私は考えています。

 沖縄の米軍基地は、やはりある意味トリップワイヤーでもあるわけです。仮に中国が沖縄に軍事的な行動を仕掛けた場合、沖縄の米軍がそのまま参戦するであろうことを考えると、米軍が沖縄に駐留していることの戦略的な価値は極めて高いわけです。中国の戦略からすれば、日米同盟が弱体化して、そのあいだに楔を打つのが一番得策です。中国にとって、沖縄の米軍は目の上のたん瘤のようなものでしょう。それがいくなってくれたほうが中国としては日本に手を出しやすくなります。

 仮に米軍が沖縄からグアムに撤退した場合、第1列島線の南西諸島それから台湾、フィリピンにかけて米軍の実戦部隊がいなくなりますから、この海域にかなりのリスクが生じることになります。


MAGAインフルエンサーの影響力

 小谷 ギャバード国家情報長官は確かにそういう発言をしていました。彼女はロシアとの関係が深いとされる人物です。トランプ政権は大統領も含めて、ロシアのナラティブに揺さぶられる傾向がありますから、「瓶の蓋論」的な発想は必ずしも中国ではなくロシアのほうから吹き込まれているのだと見ています。トランプ大統領自身もロシアからのそうしたナラティブに影響を受けて、どこかで発言してしまう可能性がゼロではないので、ここは警戒しておく必要があるのだと思います。

 今回の国家安保戦略で興味深かったのは、アジアにおけるアメリカの関わり方については、理想的には軍事力で圧倒するのがいいのだが、それができないので勢力均衡で行くのだということをかなり率直に書いている点です。当然、米中の軍事バランスを維持するためには同盟国の貢献が必要になりますから、NDSのほうでは、その辺りがもう少し詳しく書かれるのだと思います。

 そうなると日本が防衛費を上げていくことは、日米あるいはフィリピンなども入れたかたちで中国との軍事バランスを維持することにプラスになりますから歓迎するでしょう。トランプ政権は基本的にそういう考えですから、やはり「瓶の蓋論」はとらないだろうと思います。

 もう一つ沖縄についてですが、トランプ政権は沖縄あるいは在日米軍基地の重要性は、ペンタゴンを中心に十分に理解されています。中国のミサイルの脅威に脆弱であるとしても、これを第二列島線にまで下げるという発想は主流にはなっていません。ただし、私が怖いと考えているのがMAGAの支持層、特にMAGAのインフルエンサーたちです。彼らはアメリカが地域紛争に巻き込まれてしまうことを嫌いますから、基本的に米軍を海外に駐留させることには反対です。

 特に有名なインフルエンサーがローラ・ルーマーです。彼女は特定の人物を狙い撃ちで指摘して、政権内での立場を弱めて辞めさせるくらいの影響力を持っています。実はいまNSCでアジア担当しているイバン・カノパシーもローラ・ルーマーにやられていますが、ルビオ国務長官が守ったのでなんとか生き残っています。カノパシーはまさに中国強硬派であって台湾派です。我々から見てまともな戦略を持っている人物が、MAGA派からすれば邪魔な人物に見えることがあって、どこのタイミングでこのローラ・ルーマーのターゲットになるかわからないという恐ろしいところはあります。

 沖縄の重要性についても政権内であまり言い過ぎると後ろから刺されることはあり得るので、コルビー国防次官なども含めて、相当警戒しながら、よりまともな政策を立案していかなければならない難しさはあると思います。

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