連立政権の組み方と防疫線

 板橋 それでは次に連立政権の組み方について少し考えてみたいと思います。オランダでは2023年の総選挙で第一党になった右翼ポピュリズム政党の自由党が連立政権入りしましたが、すぐに離脱しています。10月末にも総選挙が行われますが、自由党が連立政権に入るか否かに大きな注目が集まることは間違いない。

 作内 オランダでは、十分機能はしていないものの右翼ポピュリズム政権との連立は避けるべきだという動きがみられました。右翼ポピュリストとの連立を避ける既成政党の動きをヨーロッパでは一般に防火壁とか防疫線と呼んでいますが、ドイツでは防疫線はできているのでしょうか?

 板橋 微妙ですね。さすがにAfDがこれだけ巨大な存在になると、無視し続けるわけにはいかない状況です。州や国政レベルでは一応は防疫線が守られていますが、先ほどお話ししたように、地方政治の現場ではAfDの存在感がどんどん大きくなっています。左翼党系のシンクタンクの報告によると、すでに旧東ドイツ地域の地方議会のレベルでは採決の際にAfDと他党の協力は少なくなくなっている。もうAfDとの協力なしでは立ち行かなくなっているところがいくつかあるわけです。

 国政レベルでも、今年の連邦議会選挙の選挙戦では防火壁が事実上崩れることがありました。当時最大野党だったキリスト教民主同盟・社会同盟(CDU/CSU)は保守派のフリードリヒ・メルツ(現首相)を首相候補に立てて選挙戦を戦いました。メルツは言葉が軽い政治家で、以前にもAfDとの地方レベルでの協力を提案して、非難を浴びたらすぐに引っ込めたということもありました。

 そのメルツが、連邦議会選挙の3週間前に、移民規制の厳格化を求める動議を与党との調整なしに議会に提出し、よりによってAfDの賛同を得て可決させてしまいます。メルツはAfDと協力するつもりはないと口では言うのですが、もちろんAfDは動議に賛同するわけです。そしてその2日後には今度は移民流入制限法案を議会に提出し、またもやAfDの賛同を得ます。ただ、これにはさすがにCDU/CSUからも棄権や造反票が出て、法案は否決になりました。このように、実態としては防火壁にはもはや穴が開いているわけですよね。この一連の動きに怒った人たちがドイツ各地で反対デモを起こし、ベルリンでは16万人もの人が集まっています。

 メルツは首相になってから「AfDとは距離を置く。絶対に連立しない」と言っていますが、その言葉を完全に信用するわけにはいきませんよね。むしろメルツの策動によって社会の分断がいっそう進んでしまった印象があります。

 作内 前回の選挙ではAfDは第2党に躍進しましたが、もしかして連立できるのではないかという期待を有権者は持っていたのでしょうか?

 板橋 世論調査では、AfDの支持者の多くはCDU/CSUとの連立を支持しています。共同党首のヴァイデルもメルツにはずっと秋波を送っていて、「あなたが言っていることは我々が言ってきたことです」と主張していました。実際今のメルツ政権は、移民の規制を厳格化していますが、AfDはこれを「我々の勝利」だと言っています。

 作内 メルケルが頑張っていたときは、少なくとも連邦レベルでは防火壁は機能していたと見ることができるのでしょうか?

 板橋 連邦レベルではそうですが、地方レベルではそうだとは言い切れないところがあります。2018年末にメルケルはCDUの党首を辞任し、後任にアンネグレート・クランプ=カレンバウアーという女性が、党首選でメルツを破って選出されます。次期首相として期待されたわけです。けれども、2020年に旧東独のチューリンゲン州で、同州のCDUとAfDが提携するかたちでトーマス・ケメリヒ(FDP所属)という人物が州首相に選出されるという事件が起こります。これが大騒ぎになり、クランプ=カレンバウアーは責任を取って党首を辞任せざるを得なくなります。すでにメルケル時代から地方レベルによってはCDUがAfDと協力する誘惑に勝てず、中央も統制できなかったわけですね。

 メルケルはAfDに対しては基本的に無視するという戦略でした。しかし、もはや旧東ドイツ地域ではAfDを無視することはほぼ不可能です。3割以上の議席を占めているわけですから。旧東のCDUの人たちからは「もう防火壁戦略は難しい」という声がメルケル時代から上がっていました。メルツの発言も、そういう東の現状をふまえてはいるわけです。

「イシューオーナーシップ」によって票が動く

 作内 オランダはもう2002年の段階で右翼ポピュリスト政党のピム・フォルタイン・リストが政権に入ってしまったので、早々に防疫線を厳密に維持する状況ではなくなっています。政権与党のオランダ自由民主人民党は自由党とも2010年には閣外協力をうけています。短期間ではありましたが、2023年には連立政権入りしています。むしろ緑の党や社会党などの左派政党が政権には入っていません。

 2010年には自由党が閣外協力しますが、その後にすぐに政権崩壊して、その後ルッテ政権はずっと防疫線を政権レベルでは張ってきました。これ自体はある程度は自由党を抑え込む効果はあったのだと思います。けれども結局は、ルッテの後継者であるディラン・イェシルグズ=ゼゲリウスは2023年に自由党との連立を容認するような発言をしたために、それで一気に自由党が勢いを増して第一党になった一つのきっかけを与えることになります。

 オランダには自由党以外にも、民主主義フォーラムやJA21などの右翼ポピュリスト政党があります。議席数では一番大きい自由党に注目が集まりますが、これらの他の政党を足し合わせると、数はずっと増え続けています。この辺りの党の支持者は、自由党が勢いを増すと「これは行けるかもしれない」と判断したことで票が大きく動く。それで自由党が第1党になった印象があります。

 最近の投票行動に関する議論では「イシューオーナーシップ」という考え方がよく話題になります。まず有権者が投票先を決めるに際してポイントになる争点があって、それに対して一番詳しくて上手に対応できそうな党に投票することをイシューオーナーシップと言います。

 今のオランダでは移民問題においては自由党がイシューオーナーシップを完全に握っている状況です。2023年は移民問題が争点になったので、そこで自由党がまた一気に勢いを得たわけです。AfDは草の根の支持者がいるという話がありましたが、自由党の場合はそうした組織はありません。それでも固定票があって必ず自由党に入れる人が一定数います。移民が争点であり続ける限りは、そこにかさ増しされることがあるのでしょう。

 ですから環境や農業などの別の争点がもっと重要視される状況になれば、その分野に強い政党に票が大きく動く可能性にあります。

 オランダの場合は右翼ポピュリズム的な票田は確かに存在していますが、自由党の勢いだけを見ていてもダメで、他の争点によって票が動いていくわけです。

マクロ経済的な裏付けのない財政政策をする党が議会に大量進出

 板橋 いま日本でも連立協議や妥協のあり方が話題になっていますが、オランダでは自由党が入って何か変化はあったのでしょうか。正式に連立政権に入るときには、おそらくは連立協定を結ぶことになったわけですよね。

 作内 話を自由党に限るのであれば、よくわかりません。ただ新しい政党ができて政権に入った結果、2023年総選挙後はこれまでと異なる連立協議が行われるようになっています。オランダは政党数が多いので多数派形成が難しいわけですが、それでも何とか政権を組めていたのは、オランダ独自の仕組みが機能していたからだと見ることができます。

 どういうことかと言えば、各政党は選挙の際にすごく細かい数字の入った公約をつくります。国家機関である中央計画局は、その公約を元にマクロ経済予測を出します。そうすると「あなたの党の公約を実現するとGDPはこのぐらい上がります」「失業率はこれぐらい下がります」「人々の購買力はこのぐらい上がります」といった予測を出してくれます。そのマクロ経済予測を前提にして、各党が話し合って連合を組むのかどうか決めていったわけです。

 ところが2023年の選挙では「新しい社会契約」や「農民市民運動」などの新しい党が急に議席を伸ばして、政権に入ってきた。それまでは、ほとんどの党が選挙時のマクロ経済予測に参加していたのですが、議会の過半数がそれに参加していません。そうすると、土台としてその公約を使うことができなくなっている。合意形成してもあいまいな合意しか結び得ないので、細かいところですぐに揉めることになる。それで今回の連立政権はほとんど何も実現しないままに崩壊してしまいます。ここは連立のあり方、結び方が変わった点だろうと思います。

 新しい政党がなぜこのマクロ経済予測に参加しないのかと言えば、この予測でいい数字を出すためにはかなり財政支出を切り詰める必要があるのですが、彼らはもっと財政出動したいと考えている政党なのでいい結果は出ないから参加しないわけです。ですからマクロ経済的な裏付けのない財政政策をする党が議会に大量に進出していて、しかも政権に入ってくる。その一方で既成政党はどんどん力を失っています。それをポピュリズムと呼んでいいのかどうかはわかりませんが、オランダはそういう状況にあります。

 板橋 ドイツの連立政治については綿密な連立交渉と長大な連立協定というイメージがありますが、戦後の西ドイツの初代首相であるアデナウアーの時代には、口頭あるいはアデナウアーの書簡一つで連立が組まれていました。まとまった文書としての連立協定が登場するのが1961年。その後も定着はせず、断続的です。これは、政党間である程度のコンセンサスがあったことが大きいと思います。

 それが今では各政党間にコンセンサスがなくなっていますから、連立協定は100ページ以上あります。緑の党の台頭などもあり、妥協を要する争点が多くなってきたので、連立協定をしっかりと結ぶ必要があるわけです。前のショルツ政権の連立協定は177ページ、現在のメルツ政権は144ページあります。

 作内 それでもドイツの連立交渉はまだ短いですよね。オランダやベルギーでは1年かけて協議することもよくありますからね。

 板橋 2017年選挙後の第4次メルケル政権成立時が最長で、連立交渉に約半年かかりました、今回は特急でやって2カ月です。日本では、総選挙後30日以内に特別国会を召集して首相を選出しなければならないわけですから、考えてみればこれはかなり厳しい縛りですよね。

参政党の躍進をどう考えるか?

 板橋 最後に少しだけ日本の状況についても触れておこうと思います。ヨーロッパの保守政党との比較で言えば、自民党はいろいろな波を乗り越えてきたと言えるのかもしれません。戦後の高度経済成長を支え、70年代以降の都市化や個人化にともなう社会の変容の中でも、少なくとも一党優位体制は維持した。冷戦終焉後は野党に下野したけれども、連立を組むかたちで生き延び、間口の広い保守政党として存続している。

 他方で、グローバル化の中で日本でも中間層はやせ細ってきています。これは右翼ポピュリズムの養分になり得る点で、地方自治体の選挙ではすでにその傾向は明瞭です。少し前までは、「なぜ日本では右翼ポピュリズム政党や排外主義政党の台頭がないのか」と、外国の研究者からよくきかれました。自民党自体が右翼で排外的な要素があるからだとか、移民が少ないからだとか、いろいろな答え方はあるのでしょうけど、ともかくも自民党が右翼ポピュリズムの潜在的な支持層をうまく統合できていたという面はある。けれども、それもいよいよ効かなくなってきたというのを、ここ最近の選挙は示唆しているのではないかと思います。

 作内 夏の参院選では参政党が躍進しましたが、支持者の人たちが本当に排外主義的な人なのかどうかは、まだよくわからないと感じています。

 日本保守党については、外国人を争点と考えている有権者が支持者のほとんどではないかという印象を持っています。一方の参政党は、語り口はソフトでみんなに政治への参加を呼び掛ける本も出しています。私たちは「排外主義政党」のように呼んでいるけど、投票している人たちはもしかしたらそのつもりでは投票していないのかもしれない。それこそジャンボタニシ農法にシンパシーを感じて投票した人もいるのかもしれません。

 そう考えたときに、参政党は排外主義や移民争点のイシューオーナーシップを持っている政党だと認知されて、投票されて伸びている段階にはまだ行っていない気がします。そこはヨーロッパの状況とは違いますよね。いずれにせよ、この印象があっているかは投票行動論の研究結果を待つしかありません。

 それではこれからどうなるのか。今は有権者に広く政治参加を呼びかけている党ですが、これからはリーダー中心の組織構造になるかもしれないし、AfDのように地方に根を張っていく地方で勢いを持つようになるかもしれない。このあたりは支持者の傾向や党の組織構造の変化によって定まってくるのでしょうが、まだ未知数です。だからよくわからないのが現状ですが、ヨーロッパの事例を参照することで、進んでいる方向を確認することはできるのかなと思っています。(終)

 

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