記者に経営はムリ

 米重 日本にそうした傾向が根強くある背景には何があるのでしょうか? 何かお考えはありますか?

 白戸 戦後の日本ではひたすら人口が伸びていましたから、新聞の記事の内容に関係なく部数が伸び続けてきました。だから極論すれば、自分たちの仕事の仕方を見直す必要性を感じなかったのだと思います。終戦の1945年の時点で約8500万だった日本の人口は、ピーク時の2008年には1億2800万まで増えました。私が毎日新聞に就職した2年後の1997年に、紙の新聞の発行部数は最高を記録しています。インターネットは一部の人が使い始めただけでしたし、新聞の黄金時代ですよね。そういう状況でしたから、新聞業界の中でだけで他紙と競争していれば良かったし、読者のニーズを丁寧にくみ取って自分たちを改革するような発想はまったくなかった。危機感を持っていろいろなことを考えていた人は新聞社内にもいたが、社の「主流派」にはなれなかった。

 米重 恵まれた環境にいたために現状維持でもやって来られたわけですね。

 白戸 そういうことだと思います。そうした中でも、極少数ではありますが新聞業界の抱えている問題に自覚的だった幹部もいました。ある時、その方が私に「2010年代に入るくらいまで、そもそも新聞社の経営者なんて、他の業界に比べれば本当の意味での企業経営なんかやってこなかったし、できもしなかったんだよ」とおっしゃっていました。他業種が直面してきた切羽詰まった競争や潰れるかもしれないといった危機意識に向き合って経営したことなど一度もない、という意味です。

 ところが2010年代に入って人口減少が始まり、メディアシフトの影響もあって急激に新聞離れが深刻化しています。部数も減少の一途を辿っている。まさに経営危機と言える状況ですから、いくつかの新聞社は潰れることになるのだと思います。

 ところで、いま私が発言していることを新聞社の幹部がご覧になったら、「そんなに偉そうなことを言うのなら、お前が経営してみろ」という話になると思うんですが、私は国際報道記者、国際情勢のリサーチャーとして生きてきた自分に企業を経営する能力がないことを重々わかっています。

 私はジャーナリズム(新聞記者)からビジネスリサーチ(総合商社系シンクタンク研究員)、それからアカデミズム(大学教授)とまったく違う世界に転職を繰り返しましたが、その過程でつくづく感じたことは、経営者として企業を経営していくには、やはり「ビジネスマンとして訓練されること」が重要だということです。

 日本の多くの新聞社では、記者上がりの人物が社長をやっています。むかし読売新聞は販売畑出身の人が経営者になった時期がありましたが、基本的には記者として社内の出世レースを勝ち抜いた記者が「上がりポスト」として役員になり、その頂点に社長がいるという構造です。

 「言論機関としての独立を守り抜く」という意味でそうした構造が正当化されてきましたが、50歳になるまで財務諸表を見たこともなかった社会部や政治部の記者が、慌ててバランスシートの読み方を勉強して「企業経営者」になっているわけです。金融、製造業、サービス業など一般企業で「ビジネスマン」としてお金を稼ぐための訓練を積んできた経営者たちとは根本的に違う「素人経営」です。「新聞社は経営と編集をきちんと分離すべきだ」と長年にわたって指摘されてきましたが、なかなかそれができていないのが現状です。

 米重 同じようなビジネスモデルでも、例えばブルームバーグやロイターなどは、ビジネスのあり方が日本の新聞社・通信社とはずいぶん違っているように思います。金融や経済の情報提供をメインにしていますが、金融マーケットに自分たちの存在をきちんと定義していることが大きいですよね。

 

ビジネスとジャーナリズムの両立をテクノロジーで実現する

 白戸 専門的に特化した領域でお金を稼いで経営を成立させ、そこで稼いだお金でジャーナリズムのところに持っていくビジネスモデルになっていますよね。

 米重 漠然と社会においてジャーナリズムや確かな情報が必要であると訴えるだけではなくて、具体的にお客様の課題を解決することで利益を得る仕組みになっていると思います。顧客のビジネスに必要な情報や課題解決策を提供することで、購読料や課金してもらう意義を説明できている。

 こうした視点は、今の日本の新聞社やニュース産業全体に不足しています。逆に言えば、今後10年くらいはそちらの方向に急速していかなければ、産業全体が沈んでしまいかねない懸念を感じています。

 白戸 ただビジネスマンに新聞社を経営させることに、編集・制作の現場で恐怖を感じる記者はすごく多いです。収益だけですべてが測られることになって、ジャーナリズムの現場が抑圧されることになるのではないかと。確かにそれは分かります。米国のワシントンポストは、今それで揉めています。それでも経営と編集は分離して、それぞれが自分たちの仕事の内容をアップデートして見直さざるを得ないと思います。

 米重 私はよく「ビジネスとジャーナリズムの両立をテクノロジーで実現する」と言っていますが、ジャーナリズムを突き詰めるためにビジネスの側面は無視して良い、触れなくて良いということではなくて、両者は一体不可分なものであるべきだと私は考えています。結局ビジネスとして成り立たなければ、意味がない。

 私もいちベンチャー企業の経営者ですが、その立場からすれば、経営は端的に言えば資源配分なのだと考えています。どこにどういう資源をどれぐらい配分すれば、収益が一番上がるのかを見極めて、動かしていく。その上でジャーナリズムの価値を最大化していくという考え方が必要になります。

 全体のなかでコストの割合が高いのは多くの場合、人件費ですよね。人間に資源が厚く配分されているのであれば、付加価値をかなり多く生み出さなければなりませんが今はそうなっていないように思えます。

 そうすると、やはり資源配分を変える必要があります。今まで人手でカバーしていた情報収集などは、テクノロジーに代替してもらう。中には今まで出していた情報を出せなくなるということもあるでしょうが、それも決断した上で資源の配分を変えることで、新聞社が生まれ変わり報道産業が再び成長産業に変わっていく道筋はあると考えています。

 幅広く世の中を見てみると、コンテンツを発信する商売してきた業界は新聞以外にもいろいろあります。どこも同じようにデジタルの課題に直面したときに、そこを突破してV字回復している業界がいくつかありますよね。例えば漫画、アニメなどは代表例です。

 白戸 もう電子書籍の大半がコミックですもんね。

 米重 音楽もそうですよね。CDは売れなくなりましたが、サブスクリプションの普及で業界はV字回復している。他所の業界でできているわけだから、報道産業でももう一度成長するビジネスモデルをつくることは可能だと、私はあえて楽観しています。その希望を実現するテクノロジーを提案するのが我々の仕事だと思いながらやっているところはありますね。

 

若い記者の離職が相次いでいる

 白戸 現場の記者としては、まったく相反する二つの要求を突きつけられて悩んできました。一つはストレートニュースをとにかく一刻も早く流せと命じられる。もう一つは、その記者ならではの調査報道みたいな記事を書けと。

 米重 矛盾していますね。

 白戸 そうです。一人の人間が両方できるわけないんです。米重さんがおっしゃるように、新聞社はストレートニュースをすべて担っていくことは諦めたほうがいい。独自の報道に活路を見出すべきでしょう。ただ、そうすると記者の淘汰が始まることになります。新聞社の中でもオリジナルな記事を書ける能力を持った記者は限られていて、ストレートニュースを右から左に流したことしかない人はかなりの割合に上りますからね。

 白戸 私が曲がりなりにも記者をやってとても良かったと思っているのは、情報の収集や分析の訓練を積むことができたことです。人海戦術で現場に張り付かされるのは単に心身を疲弊させるだけですが、記者をしていると普通の人が行けないところに行って、会えない人に会うことができるのは醍醐味だろうと思います。

 アフリカでは戦場取材も経験しました。実際にアクセスした膨大な情報を分析する際には、何が事実で何が嘘なのか、どの情報が誇張でどの情報が正確なのか判断が求められます。それを何度も繰り返すことで判断基準が自分の中に形成されていきます。そして、その判断が独り善がりにならないようにオープンソースと突き合わせる。このプロセスの繰り返しです。時代が変わっても、オールドメディアがそういう訓練をする場であってほしいという願望はあります。

 米重 私も新聞社には今後もそういう役割を担うことを期待しますね。そういう機能やノウハウを組織としてきちんと残すことは、とても大事だと思います。私自身は記者というバックグラウンドはありませんが、読者として幼い頃から新聞やテレビニュースに慣れ親しんできました。その体験を通じて得たものはたくさんあると感じています。

 例えば、行間を読むという行為ですよね。それから客観的な「事実」と書き手の「意見」を峻別しながら情報に接するといった習慣は、新聞社で訓練された記者の文章に接することで身に付いたと感じています。

 白戸 そうおっしゃっていただけるのはたいへん有り難いですね。

 その一方で、新聞社の仕事に若い人たちが仕事に魅力を感じていないという問題は深刻になっています。新聞記者出身ということもあって、私のゼミには毎年ジャーナリスト志望の学生がやってきます。いろいろな批判があっても、新聞記者やテレビ記者になりたい若者はそれなりにいるんですね。

 昔であれば「記者はいいぞ、楽しいぞ」と彼らに言っていれば済んだのですが、今はそう単純ではありません。先日、私のゼミ出身で新聞記者になった卒業生が「我々は『白戸先生に騙された被害者の会』を結成しました」と言ってきました(笑)。「何だ、それ?」と聞くと、「だって先生、『新聞社は楽しくてやりがいがある』と言ってましたよね? 嘘じゃないですか」と。半分は冗談ですが、若い人たちがそう感じるのは当然だろうなとも思います。

 昔の同僚がそろそろ局長や役員になる歳になっていますが、彼らに話を聞くと若い社員がものすごい勢いで退職していくそうです。ただ、私は退職していく社員が悪いとは思いません。卒業生を見ていても3、4年働いたら半分は転職しているという時代なんでね。おそらくすべての業界がそれを前提にした採用や育成、組織設計をせざるを得ない時代になっている。

 

メディアの「敵」が変わった

 米重 転職は当たり前の時代になりましたよね。ただ若い人たちが定着しない企業は、将来の見通しはどうしても暗くなる。

 白戸 今の若い記者たちは、私が働いていた頃よりも何倍もストレスを感じているのだと思います。オールドメディアで働いていた人間の感覚からすると、言葉として適切ではないかもしれませんが、メディアの「敵」が変わったという感覚があるんです。私たちの世代が新聞記者になった頃、一般的には敵は権力だと認識していました。そう教えられていたし、自分たちもそう思っていました。なので、我々メディアの後ろには市民が味方として存在していてくれるのだと感じていました。だから、権力が間違った行動をしたときには権力と対峙し、市民が応援してくれると信じていたところがありました。けれども今は、市民が次々と後ろから記者を撃ってくる。若い記者からすれば、市民が味方だという意識をまったく持てない状況になっている。

 米重 オールドメディアは市民の味方というよりも、権威的な存在として受け止められるようになっていますよね。

 白戸 そういうなかで仕事を続けるのは酷なことです。経営陣からすれば、辞め続ける若い社員の対応に手一杯で、とても改革にまで手を付けることができないところもある。キツイ言い方になりますが、若手は沈み行く泥船から逃げている状態です。

 

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