『公研』2023年11月号

 海上自衛隊は、一九五八年以来、幹部候補生学校卒業直後の幹部を対象として、毎年練習艦隊による遠洋練習航海を実施している。この航海は、長期にわたる洋上での各種訓練や研修を通じて、海上自衛官として必要な基礎的知識・技能や国際感覚を習得させるとともに、訪問国との友好親善を増進することを目的としたものである。本年は五月から約五ヶ月間、北米・中南米諸国八ヶ国・十一寄港地を訪問し、十月に無事帰国した。今回の航海でも、諸外国海軍と多数の共同訓練を実施した他、海上自衛隊初となる太平洋側からのマゼラン海峡通峡を成功させるなど、大きな成果があった。

 コロナ禍のため、ここ数年の遠洋練習航海は異例ずくめであった。コロナ禍前は、寄港地で各国海軍による歓迎行事が開催され、さまざまな研修(施設見学、要人による講話など)が実施されるのが常であった。練習艦隊が時に「動く大使館」と称されるように、寄港時には艦艇見学、艦上レセプション、音楽会なども行われ、貴重な広報外交の場にもなっていた。しかし、この数年はそうはいかなかった。二〇二〇年の航海では、寄港は燃料補給のみに限られ、洋上で訓練に明け暮れる生活を余儀なくされた。二一年の航海では寄港地は増えたものの、上陸はほとんどできず、停泊中艦内で研修が行われた。二二年になって、ようやく各寄港地で上陸して研修や行事が行われるようになったものの、感染対策にも追われたと聞く。この数年間日本社会はコロナ禍への対応に忙殺されたが、海上自衛隊も同様であった。

 本年筆者は、サンディエゴ・ホノルル間の遠洋練習航海に約二週間随行させていただく機会を得た。コロナ禍前と全く同様の形で実施され、実習生(実習幹部)が生き生きと訓練に励む姿は大変印象的であった。とりわけ、女性自衛官の活躍ぶりには目を見張った。海上自衛隊では、二〇〇八年から女性の護衛艦勤務が可能になり、一三年には女性自衛官初の練習艦艦長、一六年には初の護衛艦艦長が誕生した。今回練習艦隊の旗艦「かしま」艦長を務めたのは、その一人である大谷三穂一等海佐であった。また、女性は練習艦隊乗組員総数五四一名中約一割にあたる五四名(実習幹部一六一名中二一名)を占めていたが、皆各自の配置で男性と全く変わらず勤務、実習に励んでいた。近年セクハラをめぐる自衛隊の不祥事が報じられているが、大半の職場ではそのような問題はなく、男女が分け隔てなく勤務しているのではないかと思う。

 実は遠洋練習航海は、現在大きな岐路を迎えている。近年海上自衛隊では、ソマリア沖・アデン湾での海賊対処行動、インド・太平洋方面などでの共同訓練のため、艦艇の海外派遣が常態化している。一方国内では、中露艦艇の活動の活発化に対処するため、艦艇による警戒監視業務が多忙を極め、対応能力の高い護衛艦が不足する状況が生じている。こうした中で、長期間にわたる遠洋練習航海を実施し続けることが妥当なのかについては様々な意見が出ている由で、実際二〇二〇年、二一年の遠洋練習航海は、艦艇運用の見直しなどのため、初めて前後期二回に分けて行われた。また、「かしま」はまもなく艦齢約二九年となり、そろそろ次期専用練習艦の建造をどうするか、本格的検討が必要な時期に来ている。いずれも大変難しい問題だが、遠洋練習航海が教育訓練のみならず、外交上でも大きな役割を果たしてきたことをよく踏まえて、検討を進めて欲しいと思う。今後の動向が注目される。京都大学教授 

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