『公研』2026年9月号「めいん・すとりいと」
イギリスの首相が交代した。新首相バーナムはこの10年で6人目の首相である。前任者のスターマーは、2024年総選挙で労働党を大勝に導き政権を奪還したが、今年5月の地方選大敗の責任をとり退陣した。日本も頻繁に首相が交代するので、そんなものではと思う読者もいるかもしれない。しかしイギリスの場合、第2次世界大戦後2016年にEUをめぐる国民投票が行われるまでの約70年間で、首相を務めたのは13名に過ぎないから、10年間で6名という数字は、国民投票後のイギリス政治がいかに不安定かを物語る。
検察出身のスターマーは真面目が取り柄の反面、カリスマ性に欠けることは就任前から指摘されてきた。政権発足早々に年金生活者に対する光熱費補助を削減し、強い反発を受けて撤回するなど、判断ミスがあったのも確かである。しかしウクライナ支援等、外交面では手堅い成果を上げており、次の総選挙を待たずして辞職を余儀なくされたのは、部外者には不思議な感じもする。
スターマーにとって致命的だったのは、イギリス社会が親EU派と反EU派に分断される中で、両者の宥和をめざす中間的な路線が、どちらの側にも受け入れられなかったことである。国民投票の際、労働党首脳部は残留を支持したが、支持基盤である北部の旧工業地帯では、労働者の多くが離脱を支持した。スターマー労働党は、ライバル保守党と比べれば親EU的な姿勢をとりつつ、再加盟やEU単一市場への復帰を見送ることで、離脱派労働者の支持を取り戻そうとしてきた。しかし今回の地方選でその限界が露呈し、残留派の多い南部ではEUとの関係強化に前向きな緑の党や自民党に議席をとられる一方、北部では離脱派労働者の支持を右派ポピュリズム政党のリフォームUKに奪われ、大敗を喫した。
スターマーの運命は、国民投票直後に首相を務めた保守党のメイと似ている。メイは残留派と離脱派の妥協にもとづくかたちでEU離脱を実現しようとして果たせず、後を継いだジョンソンはEUとすっぱり手を切る強硬離脱に踏み切った。メイに向けられた批判──カリスマ性の欠如、機械的なコミュニケーション等──は、スターマーへの批判と驚くほど似ている。分断された社会で、両方の陣営にアピールしようと思えば、慎重に妥協を構築する必要がある。そこから外れまいと同じフレーズを繰り返したとしても、不思議ではない。
識者の間では、EUとの関係強化に積極的に取り組むほうが、残留派を結集できて選挙戦略として有効だという声も多い。労働党が親EU党、もう一方が反EU党になれば、有権者としてはわかりやすいし、下院の任期半ばでの首相交代も減ることだろう。しかし労働党がこの路線に舵を切れば、北部の地盤も労働者の票も諦めることになる。労働党が労働者の党でなくなる道を選ぶのはやはり難しかったとみえ、スターマーの後継は、北部マンチェスターの市長を長く務め、「北部の王」の異名をもつバーナムになった。キャラクター的にはスターマーより親しみやすい人物だが、基本的には従来の路線を踏襲するだろう。
日本は近年イギリスと自由貿易協定を結び、次世代戦闘機の共同開発(GCAP)を進めるなど、政治・経済両面での関係を深めている。イギリスがこれ以上内向きになれば、安全保障協力の進展は期待しがたく、日本にとっては困った事態である。ない袖は振れないことを理解した上で、お互いに欠けているものを融通しあう程度の関係をめざすのが、現実的だろう。イギリスが東アジアの軍事バランスを日本に有利なかたちに変えてくれるという期待を抱くのは、禁物である。明治学院大学教授
