『公研』2023年1月号「めいん・すとりいと」

 

 昨年7月に、書籍『エモい古語辞典』を刊行した。若者は「エモい」という言葉を、心を揺すぶられるような情景・モノ・人・出来事全般に対して使う。本書はこの「エモい」を古語の「あはれ」と同義とし、「あはれ=エモい」を表現するために用いられた古語を集めた書籍である。ありがたいことに当初の想定読者であった若者だけではなく、高齢の読者からも好評をいただき、半年もたたぬうちに7刷を重ねることができた。

 日本語の専門家ではない自分が古語を収集するにあたり、自らに課したのは50万語を収録した日本最大の辞書『日本国語大辞典 第二版』(小学館)を読破することだった。全13巻で約2万ページ。図書館に通って読み切れる量ではないが、おいそれと購入できる大きさでもない。

 調べてみると、オンライン辞書・事典「ジャパンナレッジPersonal」に入会すれば、この大辞典を全文閲覧できることがわかった。月会費は1650円(2022年末現在)で、購入するより安く済む。検索対象は日本国語大辞典のほか、漢和辞典や類語辞典、各種百科事典、会社四季報まで幅広い。言ってみれば、辞書のサブスクサービスである。

 これだけ長大な辞書を読んで収穫が得られなかったらどうしよう、と心配しながらも、あ行から読み始める。さっそく「間夜(あいだよ)」という古語に出会った。語義は「男女が会う夜と次に会う夜との間」。過去の用例を調べても、『万葉集』収録の東歌(地方歌謡)一首きりだ。そんな使用頻度の低い古語まで載っているとは、さすが日本最大を謳うだけある。

 エモくはないが、面白い日本語にもいくつか出会えた。たとえば「馬糞つかみ侍」。語義は「他人の働きをあれこれ批判しながら、自分は何の手柄も立てない侍」。いるいる、そういう人。武田信玄の兵法をまとめた江戸時代の軍学書『甲陽軍艦』に記された、れっきとした武士用語であるらしい。武士も勤め人、ときにはこういう下品な悪口を言い合って、憂さ晴らしをしていたのだろう。

 オンライン辞書ならではの楽しみ方もある。「ミスる」「サボる」といった外来語を動詞化した日本語は、いったいいつからあるのか。「動詞化」で全文検索すると、「コスメる(男子が美しく着飾ること)」「ジャズる(ジャズを演奏したり踊ったりすること。または退廃的な生活をすること)」など、ユニークな言葉が多数ヒットする。用例を見るに、大正~昭和初期にこの手の新造語が増産されていたらしい。モダンボーイやモダンガールを生んだ時代の気分が、言葉にも現れたのだろう。ちなみに「サボる」も、『女工哀史』(1925年)に使用例を見ることができる「伝統」ある日本語である。

 もちろん、面白い単語を拾えることだけが巨大辞書サイトの強みではない。仕事をしていると、まったく知らない領域について即席で基礎知識をおさえる必要が多々出てくる。たとえば児童書の翻訳中、最先端の技術用語が出てきたら、子供にもわかるように解説をつけなければならない。そういうときはジャパンナレッジの横断検索機能が便利だ。百科事典や専門辞書の解説は、専門家が素人向けにコンパクトにまとめたものなので、信頼性もわかりやすさも申し分ない。

 調べものなら、無料のインターネットで事足りると思われるかもしれない。だが、検索エンジンでひっかかるのは「表層ウェブ」、つまり静的なページのみである。表層ウェブに属するインターネット百科事典「ウィキペディア」は便利なサイトだが、匿名の不特定多数によって編集されているため、参考文献としては使えない。一方で、プログラムで呼び出されたときだけデータベースから情報が引き出されてページが生成される動的なページ、いわゆる「深層ウェブ」は、検索エンジンにはひっかからない。ジャパンナレッジの辞書データをはじめ、専門性の高い情報の多くは、えてしてこの深層ウェブにある。専門家が書いた情報は、めったに無料では転がっていないのだ。

 『エモい古語辞典』の刊行後は解約するつもりだった辞書のサブスクサービスだが、さらに高額のプランに変え、現在も愛用中である。

文筆家

 

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