2021年7月号「めいん・すとりいと」
2021年3月、オランダで総選挙が実施された。前回(2017年3月)の総選挙は、その前年のイギリス国民投票でEU離脱賛成派が勝利した衝撃が冷めやらぬなか、オランダのEU離脱を訴える右派ポピュリスト政党の拡大が予想されたこともあり、世界の注目を浴びた。
今回、2021年選挙に注目した外国メディアはほとんどなかった。しかし、この2021年選挙では、下院の総議席数150のところ、前回を4上回る17もの政党が議席を獲得し、しかも新党が4党を占めるという大きな変動が生じている。世界でも珍しい「小党乱立」状況であり、連立交渉に多大な時間を要することとなった。これら小党の中には、動物愛護を訴える動物党、高齢者の利益擁護をはかる高齢者政党、イスラーム移民に支えられた移民系政党など、多様でユニークな政党も多く、まさに多士済々である。
なぜオランダで、この極端と思える小党分立が生じるのだろうか。オランダの下院選挙は比例代表制で実施されるが、そのさい政党の議席獲得にかかる参入障壁は事実上存在しない。議員定数150議席のうち1議席に相当する0・67%程度の得票率で、議席を獲得できる「完全比例代表制」である。1議席を得るためには、7万票程度の得票で十分である。
比例代表制の導入は、実に1世紀前にさかのぼる。19世紀後半以降、プロテスタント勢力、カトリック勢力、社会主義勢力などの新興勢力が政治に参入し、従来の保守派・自由主義派の優位を脅かす中で、諸勢力の一種の妥協として成立したのが、少数派であっても議席が獲得できる、比例代表制の導入だった(それまでは小選挙区制)。1917年の憲法改正により、比例代表制は憲法に明記され、以後当該条項は今に至るまで維持されている。その際、「政党ひとり」で議席獲得を可能とする「完全比例代表制」が採用されたのである。
ただ、小党が容易に国政に参入できる仕組みができたとは言え、実は20世紀のオランダ政治において、長きにわたり「小党乱立」状況の出現は抑制されてきた。社会民主主義勢力、そしてプロテスタント、カトリックからなるキリスト教民主主義勢力の二大勢力が、継続的に優位を占めてきたからである。1918年以降、90年以上にわたって首相は基本的にこの二大勢力からのみ選出されてきた。
1980年代に至っても、キリスト教民主主義政党・社会民主主義政党の二党の合計得票率は、7割を超えていた。その背景にあったのは、キリスト教民主主義政党であれば信徒・高齢者・農村部、社会民主主義政党であれば都市部・労働者層といった支持基盤の核があり、選挙では支持団体に依拠して票を確保できたという政治社会状況があった。
しかし21世紀に入り、政党と支持基盤との関係は大きく揺らぎ、反既成政党を掲げるポピュリスト政党も台頭する。そのなかで、既成政党と距離を置き、多様な主張・利益を掲げる新党が出現し、続々と参入してきた。その意味で多彩な小党が議席を獲得する現在の状況は、一世紀前の「完全比例代表制」導入の意図が、今になって実現したとみることもできよう。
なお参入障壁の低い比例代表制のもと、既成政党の弱体化を背景に近年、「個性的」な小党が複数、国政進出を果たした国としては、実は日本も挙げられる。2019年参議院選挙の比例区における「れいわ」と「N国」の議席獲得は、実はそのような国際的な文脈の中から理解することもできる。「政党ひとり」が前景化している点で、日蘭両国の政治の距離は、思ったほど遠くないのかもしれない。 千葉大学教授