『公研』2018年3月号「めいん・すとりいと」

三浦瑠麗

 冷戦が終わって四半世紀、「冷戦後」が何を意味するのかについて、具体的な言葉は与えられてきませんでした。しかし、今改めて世界を見ると、「冷戦後」は本当に終焉した感があります。

 物事が流動化する時代においては、報道よりも少し先を見据えて、民意を注視しながら変化の底流を掬い上げることが求められるでしょう。例えば、各国がグローバル化の中で競争し、税収を確保しようとする以上、競争の諸条件からは自由ではありません。従って、短期的にはグローバル化に逆行し主権を強化する試みがあっても、それは民意が資本主義のもたらす変化に追い付くまでの手当てであり、長期的には修正されていくでしょう。むろんその過程では、現にトランプ政権下で起きているように、歪められた「国益」が対外政策に波及してしまうのですが。

 民主主義の大国である米国の動向は、世界に大きな影響を与えます。そして、その方向性に良くも悪くも効いてくるのが、国家予算という一定の限界を持った枠です。今、G7諸国のなかで米国は際立って財政が悪い状態とはいえない。しかも構造的に財政を回復させうる強みを経済に有しています。そして、連邦予算の大きな割合を軍事予算が占めているのが特徴です。

 冷戦後、「平和の配当」と軍事技術の民生化が、規制緩和の効果と相まって米国の今の繁栄をもたらしました。90年代後半の米国は大規模な対外戦争を戦わず、財政均衡を達成します。しかし、2001年以降は、再びイラク及びアフガニスタンで戦費、借金の利子、兵士の年金、傷病兵ケアのため将来にわたってかかる費用が発生することになりました。

 オバマ政権下では、新START条約をロシアと結び、時代遅れになりつつある戦略核を大幅削減し、更新費用を節約する方向性を打ち出しました。しかし、同時に成立した法案では、新型の戦術核に1・2兆ドルも注ぎ込むとしたのです。今年発表された核態勢の見直し(NPR)では、その路線の上に通常兵器からサイバー攻撃までの脅威に対し戦術核の使用を躊躇わないと打ち出しました。

 核戦力を更新する戦略的必要性は引き続きあるし、小型核を強化しているロシアとの均衡を目指す意図は分からないでもない。米国の専門家は、これはロシアに戦術核を使わせないようにする、つまり、戦争において核兵器の使用が想定される時点(nuclear threshold)を引き上げることが目的なのだと主張しています。

 さて、ではその目的は実現されるのか。冷戦の教訓はたくさんありますが、そのうちの一つは、東側陣営が一枚岩だと思うなということだったはずです。相手が自分の考えた通りに行動するとは限りません。相互確証破壊があるなかで米国がロシアを核攻撃することは想定しえない以上、米国が核の先制使用を躊躇わないとするそのターゲットは北朝鮮やイランでしょう。しかし、ロシアが、同盟国を守る米国ほど真剣に、第三国に対する米国による核攻撃を気にするとは思えない。そんななか、米国は自らもおそらくは真の覚悟をもたずに、戦術核を、通常兵器の脅威に対する抑止力として積極的に活用するとしているのです。決意のほどが不明な、そんな兵器体系に1・2兆ドルをつぎ込むことになる。

 このことが意味する財政的なインパクトは明らかです。米国はますます大規模な戦争ができなくなる。そして、長らく東アジアにおいて抑止力の役割を果たしてきた通常兵力さえ将来には削減するかもしれません。そんなことはない、と米国の専門家は言うでしょう。しかし、アフガニスタンやイラクで戦争が始まったとき、それが3兆ドルの戦争になるとは誰も、言ってくれなかったのです。国際政治学者

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