アメリカにおける大統領の役割
アメリカの著名な政治ジャーナリストであり歴史家でもあった故セオドア・H・ホワイトは『自己探求するアメリカ:大統領の創造、1956-80』(America In Search of Itself: The Making of President, 1956-80)において「選挙はアメリカ人に統治への参加を実感させるだけでなく、より重要なことには権力掌握の感覚も与える。権力掌握こそ政治の本質である」と説明し、1956~80年の四半世紀にわたる大統領選挙を振り返って、「政治権力者は個人を超えた出来事や勢力によって生み出されることを改めて学んだ」と述べた。
彼の指摘どおり、アメリカでは大統領は単なる権力者ではなく、アメリカ国民の意思を体現した人物である点を、部外者の我々は特に肝に銘じる必要がある。
また、アメリカ合衆国は共和制の政治形態を持つ50の独立州で成り立つ連邦国家であり、統治のあり方を決めるのはあくまでも「人民(the people)」の意思であるという点も忘れてならない。連邦政府と州政府はあくまで人民から委譲された統治権限を分割している執行機関であり、その中で大統領には州と人民で構成されるアメリカ国家の「統合・独立・国益」を守るという神聖な任務が課せられている。
毀誉褒貶の著しいトランプ大統領(※注)も例外ではない。2016年選挙の勝利も、2024年選挙の返り咲きも、サイレント・マジョリティの意思と、彼を支える組織化されたエリート集団によって実現し、その政策はマジョリティに支持された政治路線とその実現に向け綿密に練り上げられた戦略に裏打ちされ、決して恣意的・弥縫的ではない。
アメリカの国際戦略の基本構造
加えて、戦後の歴代政権の国際戦略には、生存権益(survival interest)と死活的権益(vital interest)の獲得を第一義に、国内外の状況変化に呼応しながら、①アメリカ本土と西半球を防衛し、②ユーラシア大陸がいかなる勢力にも支配されないように同地域のあらゆる潜在的覇権国に迅速かつ効果的に対抗できる能力を獲得し、③アメリカの国益(繁栄)の基盤を守るという、一貫した原則がある。それはアメリカ特有の地政学上の理由によるもので、建国以来、政権の如何に関わらず死守してきた国家としての宿命的課題でもある。
元々、西半球 (米州大陸)の後発国だったアメリカは、自国の独立・生存・繁栄を実現するため、19世紀を通じて領土を西方に拡大し、19世紀後半には北米における覇権を確立した。以来、大西洋と太平洋を防壁とし、アメリカは西半球を外部勢力の介入を許してはならない「聖域」と規定した。
やがて20世紀になると、両大洋は、急速な軍事技術の進歩や核兵器などの登場によって敵対勢力の拡張・支配から守るべき領域に変化し、アメリカは「縦深防御(defense in depth)」の観点から、両大洋に完全な制海権を確保し、敵対勢力を西半球のはるか遠方に止められるよう、海外基地網による防衛ラインを両大洋の対岸周辺に設置した。
戦後の国際戦略構想も、アメリカの地政学的条件を念頭に、あくまでもアメリカ本土と西半球の防衛とアメリカの国益のために確立されたもので、特殊な戦略環境や特定の敵を想定したものではなかった。
結果、安全保障面では、国外のいかなる脅威にも対応でき、あらゆる侵略行為を排除できるように、軍事的優勢を確保するための「戦略的国境(strategic frontier)」を設定して、その維持を目的に海外基地体系を整備した。また、国益の観点からは、世界市場の開放・維持と天然資源の自由獲得のために、特定勢力による地域市場の独占を阻止し、国際通貨としてのドルの機能とその十分な供給の維持に努めてきたのである。
アメリカが、欧州や極東や中東などに深く関与する一方で、対外領土獲得への野心を持たないのは、自国の生存と国益の獲得・維持こそが戦略の第一義的目的だからだ。そのために、できる限り直接介入を避け、同盟国・パートナー国の力を借りて勢力均衡を形成することで地域覇権勢力の台頭を封じ、国際指導力を効率的に発揮しようとした。
もちろん、政権の性格や為政者の思想傾向によって、政策選択の優先順位や政策遂行の形態は異なり、時には壮大な願望や理念を追求する政権も登場したが、いかなる政権も既述した第一義的な戦略目的を避けて通ることはできず、その意味でアメリカは生来の「自国優先主義(アメリカ・ファースト)」の国家である。
アメリカの国際政治認識とトランプ政権の戦略方針
アメリカの政治行動は一見複雑だが、以上を前提に、国際社会の構造変化や情勢動向を考慮して策定・実施されている。国民はそれらの成果を見て4年ごとの選挙を通じて自国のあるべき針路を模索し決断する。
トランプ政権を誕生させた2016年の大統領選挙では、冷戦終結後四半世紀の歴代政権による政策が国益の観点から根本的に見直されたが、そこには次のような事情があった。
冷戦終結後、湾岸戦争勝利とソ連崩壊を経てアメリカは唯一の超大国になった。以後、2015年までの四半世紀、歴代政権は普遍的価値による多国間協調をめざす「新世界秩序」を追求し、「グローバリズム」を推進することで、国際協調と自国経済の立て直しを図ろうとした。だが、それは「独善的道徳主義への反発」「国家機能の低下」「経済・所得格差の拡大」「大量破壊兵器の拡散」「国際テロリズムの多発」「国際構造の多極化」といった大規模な反動を世界中で生じさせ、アメリカ経済のグローバル化も、かえってアメリカの対外関与の機会を増大させ、大規模戦争や対外軍事介入や国内産業空洞化は国力を大幅に損ねることになった。
様々な社会調査によれば、この間に国民は次第に「理想追求への徒労感」と「自己信頼回復への渇望」を抱くようになり、国家の安全と国益が脅かされていると感じるようになった。そして、国民は、「あるべき世界」という理念・理想の追求よりも、まずは国益保護と安全保障を重視すべきだとするトランプ政権を選択した。
だから、トランプ政権の最大の責務は、過去の教訓と現在の国際情勢を踏まえ、過度な対外介入を避けながらアメリカの生存権益と死活的権益を取り戻すことにある。
2025年12月の『国家安全保障戦略』報告は、トランプ政権がめざす戦略目標が、〇西半球への非半球(Non-Hemispheric)勢力の敵対的侵入と重要資産の支配を断固として排除し、〇外国勢力がアメリカ経済にもたらす損害を償わせ、〇中国との経済関係を再調整し、相互主義と公平性を優先してアメリカの経済的自立を回復させ、〇インド太平洋地域において同盟関係、パートナーシップを強化し、〇アジアにおいて単一の競争国による支配を防止するため同盟国・パートナー国との行動調整に努め、〇世界の海上輸送の3分の1が南シナ海を通過していることを考慮し、台湾をめぐる紛争を抑止し、理想的には軍事的優位性を維持し、〇ロシアと欧州諸国間の紛争リスクを軽減してユーラシア大陸全体における戦略的安定の条件を再構築し、〇敵対勢力による中東地域、石油・ガス供給源、及びそれらの輸送路となる要衝の支配を阻止し、中東の「終わりのない戦争」を回避し、〇いかなる国も自国の利益を脅かすほどに支配的になることを許さず、同盟国・パートナー国と連携して支配的な敵対者の台頭を阻止するため、世界的・地域的なバランス・オブ・パワーを維持する、ことなどであることを明記している。
そこに冒険的・野心的性格は見られず、強力だが抑制の効いた現実性に富んだ内容で、政権と軍部の緊密な連携の跡がうかがえる。
課題と展望
実際の政治行動には終始、様々な思惑が入り込み、時に複数の目的が連携・統合されるため、無数の評価・解釈を生じさせるが、その背景にある全体的な戦略目的や政策目標を見失わなければ、行動の真の動機を理解し、将来を展望することは可能だ。
例えば、アメリカはイランに対して、2025年6月の核施設攻撃、2026年2月の政権中枢攻撃を実施した。
トランプ政権は差し迫った危機・脅威への「先制攻撃」と説明した。それらの行動は、「核兵器開発疑惑が払拭されない中で、イランの長距離ミサイルの開発が海外の米軍基地に到達できる最終段階に達した」との確信と、「2023年のパレスチナ──イスラエル戦争や2024年のイラン──イスラエル紛争などの、テロ組織を巻き込んだイランの行動こそが中東地域最大の不安定要因だ」との認識によるものだろう。だが、中東の「終わりのない戦争」を避けたいトランプ政権にとっては、中東のパートナー国が過激主義との闘いへの決意を固めた事実も、アメリカが行動に踏み切るうえでの大きな後押しになったものと考えられる。
また、イランが、経済、エネルギー、軍事などの分野で中国の重要な連携国であることを考慮するなら、「一帯一路」構想、南シナ海への勢力拡大、西半球への積極介入などを通じて世界の現状を変更しようとする中国への強い牽制・抑止の意味も読み取れる。
重要な政治行動は一過性ではなく、様々な戦略を相互に関連させた、最終目標達成のための布石と捉えるべきである。
なお、今後の最大の戦略課題はやはり中国だろう。軍事的・経済的拡大もさることながら、より深刻なのは中国の核弾頭数の急増にともなう「核戦略」に及ぼす影響である。中国の核弾頭数は2030年代に米露に肩を並べるとされるが、問題は米露間に存在するような「戦略核抑止」の仕組みが中国との間に存在しないことである。仮に中国を既存の核抑止体制に引き入れようとすれば、交渉の主導権を握るのは中国となり、それはアメリカの指導力を後退させ、状況次第では各国の核保有意欲を高めかねない。対中政策はそうした「新たな核の時代」の展望とも密接に関連している。
また、トランプ政権が、テロ支援国であるイランの核保有を阻止しようとするのも、ウクライナ戦争を迅速に停止させ欧州とロシアの戦略的安定を回復させようとするのも、そうした新たな核の時代への危惧と結びついている。
学習院女子大学名誉教授
(注) アメリカ政治史に照らせばトランプ大統領はそれほど特異ではない。例えば、第7代ジャクソン大統領は既得権の破壊を公約とし、行政府の大規模なリストラと徹底した側近政治を行い、第32代のF・D・ルーズベルト大統領も最高裁の反対を押し切って行政権限を拡大し、議会の意思を無視した政策をいくつも断行した。グリーンランド領有構想については過去に第17代A・ジョンソン大統領や第33代トルーマン大統領が試みている。私生活での醜聞は最近の例では第35代ケネディ大統領や第42代クリントン大統領が知られる。
