2023年10月号「issues of the day」

 ロシアによるウクライナ侵攻から既に500日以上が経過したが、依然としてこの戦争の終結は見えない。今回の侵攻は、単に二つの国が戦争をしているというだけのものではなく、一方が他方の国家としての独立を事実上奪う、あるいは少なくともその領土のかなりの部分を奪い取ってしまうことが目的とされる。いわば一つの独立国家にとっての生死を分かつ可能性をはらむ戦争であるため、現状で手打ち、というかたちでの解決は見通せない。

 

国家の誕生と消滅の歴史

 今日の国際秩序は、両国を含む190あまりの主権国家をその構成単位としている。ロシアによる行動が言語道断とされるのは、現在ある国家は基本的に「死ぬ」ことがなく、領土を他国に割譲することもないという前提が共有されているためである。たとえソマリアやイエメンのように国内の統治が行き届かず混乱状態にあっても、あるいはシリアのように強権的な支配者の弾圧によって深刻な人権侵害が起きていたとしても、それで国家の資格が剝奪されることは今日の世界ではあり得ない。1945年以降に「死んだ」国家は、わずかに11しかないことがこれを端的に示している。

 

 また、今日の世界では、新しい国家が誕生することもほとんどない。ソ連やユーゴスラビアの解体に伴って1990年代初めに多くの国家が誕生したのは確かだが、今世紀に入ってからの20年あまりで誕生した新国家は、東ティモール(2002年)、モンテネグロ(2006年)、コソボ(2008年)、そして南スーダン(2011年)のわずかに四つである。

 しかし、この「国家の固定化」は、国際秩序の歴史から見れば極めて例外的な事象である。むしろ、近代史は国家の誕生と消滅の歴史であるとさえ言える。何を国家とみなすかという定義の問題はあり、そこに近年議論があるのだが、さしあたりInternational Systems Dataset(Ver. 2)という最新のデータセットの定義に基づいて計算すると、1860年から1910年の50年間には、147もの国家が主に植民地化の結果として消滅している。逆に1950年から2000年の50年間には、113もの国家が主に脱植民地化によって誕生した。現在存在する国家の大半は、70年未満の歴史しかないのである。例えば、アシャンティ王国に生を享けた人が、イギリス統治下で青年時代を過ごし、ガーナでその一生を終える、などということが同じ街で生きていても普通に起こるのが、20世紀半ばまでの世界だった。

 

現状変更の禁止へ

 なぜこのような流動性がなくなったのかと言えば、それは「領土一体性規範(territorial integrity norm)」あるいは「国境固定規範(norm of border fixity)」と呼ばれる国際規範が戦後国際社会に強く根付いたためである。これは名前の通り、力によって他の国を征服したりその領土を切り取ったりしてはいけないという規範であり、また既存の国家からの分離独立も制限するものである。これは当時「当たり前」のことを表明したものではなく、むしろ第二次大戦までは当然のように行われてきた慣行を禁じる、意欲的な目標設定だった。植民地支配を経て独立した新国家のリーダーたちは、多くの場合こうした規範の最も強い支持者でもあった。自国が過去に外国の支配を受けていたという歴史もさることながら、国境変更や分離独立を認めてしまうと、ただでさえ混乱している独立後の国内にさらなる火種をまいてしまうことを危惧したのである。他国を侵略しないという言明は、同時に自国の安全を確保する方策でもあり、その意味で領土一体性規範は、いわばパンドラの箱についた蓋なのだ。もっとも逆に、自国が侵略されたり分裂したりするという恐れを抱かない大国が、他国に対してそうした行動に出る事例は現在に至るまでしばしば見られる。

 かつては国境変更も国家の消滅も一般的であったことは確かだが、だからといって今起こっている国境変更の試みも仕方ない、などと言うことはできない。むしろその逆である。意外に歴史が浅いとは言っても、主権やネイション、国境といった概念は非常に強力であり、一度これらが人々の中にしっかりと根を張り、規範化されてしまうと、それをなかったことにすることはおそらくできない。特にそれが、人々のアイデンティティの根幹に関わるものであればなおさらである。我々は好むと好まざるとにかかわらず、また歴史的経緯がどうであれ、主権国家を構成単位とし、国境を明確に線引きし、そして国家が死なない世界に今生きている。この世界の約束事において、力による国境変更は明確な悪となる。今ある国家を歴史的な必然とみなし、それを絶対視するような考え方は、それ自体危険をはらむことは確かである。しかし、だからといって身勝手に現状を変更することは認められず、曲がりなりにもそうした試みを糾弾できる程度には、国際社会は数多くの失敗を経て成長したのだと言える。

東京大学未来ビジョン研究センター准教授 向山直佑

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