樹木希林さん、大楠道代さんと面接をする

──見つかるまで無理に何かをしない、という思いがあったのですね。その後、プロデューサーの久世光彦さんから声をかけられたそうですが。

岸部 久世さんとはね、当時よく一緒に麻雀をやっていて「辞めるんなら俳優やればいいじゃないか」と言われて「いや、そんなのできませんよ」と答えたら「樹木希林さんの事務所に入れてもらったら」と久世さんの紹介で面接をしてくれることになったんです。

 希林さんと大楠道代さんが二人でつくった「夜樹社」という事務所に行きました。面接に行くと希林さんと大楠さんが座っていて、いろいろ聞かれるんですよ。「私たちの仕事に引っ付けて仕事を取ることは一切しませんけれど、生活は大丈夫ですか?」って聞かれて。僕はそんなに深く考えてないものだから「大丈夫です」って答えるじゃないですか。そうしたら、もう本当に仕事ないんですよ(笑)。でもよく入れてくれたなと思いましたね。それから十年ぐらい一緒にやってましたけど、その間仕事は数えるほどでした。

 まだ子供が小さかったから、子供の小学校にお弁当を届けにいって、そこで僕も一緒にお弁当を食べたりしていたこともありましたね。学校のテレビで先生と一緒に、僕の出ている朝ドラの再放送を観たこともあったかな。

──樹木希林さんや久世さんは、岸部さんに特別な何かを見出されていたのではないかと思いますが、演技に関して何か言及がありましたか。

岸部 久世さんと希林さんは「何もしない芝居がいいんだ。一生懸命やればいいんだよ」ってよく言うんです。脚本家の早坂暁さんからも同じことを言われましたね。

 俳優になってすぐの何も仕事がなかったこの時期は、とにかく考えて考えて、本をたくさん読んだり、テレビや映画を観たりね。そんなふうに過ごしていました。

独特な映画の匂い

──岸部さんは当初から多くの映画作品に出演されています。映画が好きだと感じたのには、きっかけがあったのでしょうか。

岸部 まだ映画はあまりやっていなかった頃ですが、藤田敏八監督のロマンポルノ映画を日活で撮っていたんです。そこで唯一記憶に残っているのは匂いです。映画の匂い。撮影でセットに入ると匂いがあるんです。何なのかわかんないですけど、独特ですよね。まだ床が土みたいなセットに、スタッフとキャストがいる独特の感じの魅力じゃないですかね。

 小栗康平監督の『死の棘』の時は、セットの外と中では流れている空気や緊張感が違うように感じました。

 そういった、映画の現場の緊張感とか匂いとか、いろんなものがあることにその頃に気づいたんです。映画は面白い、いいなって。

──『死の棘』は役柄もあり、重責がすごかったのではないでしょうか。

岸部 役自身もそうですけど、神経とか、緊張とかいろんなもの含めて、僕自身が大丈夫かなって思いながらやっていたのが、スタッフにも伝わるんですよ。チーフ助監督が監督に「岸部さん大丈夫ですかね」と言ってたほどでしたから。でも監督は最後まで「いや、それでいいんだ」って言ってくれたから続けられました。

──映画のオファーを受けるポイントはどこにあるでしょうか。

岸部 選ぶのは脚本が大事だと思います。理想はいい脚本に、いい監督、いい共演者に巡り合うことです。

──『その男凶暴につき』『お受験』のようにワンポイントのシーンで出演する映画も印象的な作品が多いように思います。このような場合の出演の決め手は何でしょうか。

岸部 面白いかどうか、それと同時に邪魔しないかどうかを考えますね。

──岸部さんの音楽や俳優としての作品に触れていると、セリフ、表現が独特なリズムに感じます。これはどこから来るものなのでしょうか。

岸部 どこか自分なりの感覚でリズムを測っているところがあるのかもわからないです。「これはいいリズムしてるな」とか、「この時の芝居の感じがいい」とか、何かでやった時に、「いいリズムになってるな」とかね。だから、そういった感覚は音楽をやってたせいなのかもしれないですね。

──歳を重ねられて新たな役や、めざしたいことはありますか?

岸部 むつかしいですね、それは…。40代50代の頃と今の自分を比べると、やってみたいっていう自分の中の気持ちみたいなものは薄くなってますから。

このインタビューも、自分で自分の通ってきたことをもう一回通れるちょうどいい機会だと思ってお話ししました。だから、第4コーナーもまわって、ゴールは見えてるんですけど、ちょっと、そんなことを考えるようになりましたね。

──ありがとうございました。

聞き手 本誌:並木 悠

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