近年の日本で急速に顕在化している社会現象の一つとして、発展途上国に援助を供与することに対する国内世論の反発がある。

 2025年8月に開催された第9回アフリカ開発会議(TICAD9)の際、内閣広報室から「日本の対アフリカ政策を説明する市民向け動画の作成に協力して欲しい」との依頼を受け、対アフリカ外交の意義を説明する動画に出演したところ、視聴した人々による「アフリカ支援する金があるなら日本国内で使え」との投稿がSNSで拡散した。

 岸田文雄首相(当時)が23年5月、アフリカ4カ国を歴訪時に5億ドルの拠出を表明した時にも、「自国民が苦しい時に何をやってるのか」とのコメントがSNS上で拡散するのを見た。先日も、アフリカ各地で教育、保健衛生などの支援に取り組むNGO関係者が「以前は我々の取り組みにどうやって関心を持ってもらうかが課題だったが、最近は取り組みへの誹謗中傷が増えた」と話していた。

 内閣府が1977年から実施している「外交に関する世論調査」で、途上国支援についての考えを問うたところ、24年調査では「積極的に進めるべきだ」との回答が25・1%と過去10年間で最も低かった。「なるべく少なくすべきだ」との回答は、21年8・5%、22年12・2%、23年13・0%、24年15・3%と増加傾向にある。

 そもそも先進国はなぜ、発展途上国を援助してきたのか。バブル期までの日本でよく耳にしたのは「南北問題の解決は豊かな北側の国々の責務だ」という道義論だったが、そもそも道義論には、科学的で合理的な政策形成を期待できないという問題があった。最近はこの手の主張を聞く機会は減ったが、その背景には、非正規雇用が一般化し、年収200万円前後で暮らす人々が数百万人存在するとされる現在の日本で、「援助は豊かな日本の責務」との主張が説得力を持たなくなったこともあるだろう。

 日本は中国、韓国、東南アジア諸国への事実上の戦後賠償、欧州諸国は旧植民地諸国への事実上の賠償として援助を供与してきたという歴史もあった。だが、戦後81年、アフリカ諸国の独立もおよそ60年前の話である。日本から「円借款」の名で知られる政府開発援助(ODA)を供与されてきた中国のGDP総額は、今や日本の4倍だ。「賠償論」の賞味期限は、とうの昔に終わっている。

 なぜわれわれは他国を援助するのか。援助は我が国にどのような利益をもたらすのか。援助で何が達成できるのか。政府内及び議会で真剣に論じ、試行錯誤してきたのは、戦後賠償や植民地保有の歴史とほぼ無縁だった米国である。

 戦後のトルーマン政権は自由主義経済圏の安定によって共産主義勢力の浸透を防ごうと、西欧諸国の経済復興のために「マーシャル・プラン」を起動し、トルコ、ギリシャ、台湾、日本なども援助した。61年に登場したケネディ政権は援助を通じて親米国を増やそうと、国際開発庁(USAID)やピースコープ(平和部隊)を創設し、米国のソフトパワーの柱に位置付けた。

 だが、その後の米国はベトナム戦争の後遺症で対外関与に消極的になり、議会が援助関連法案を次々と否決する時代を迎える。米国が世界最大のドナー国として復活するのは2001年。米同時多発テロを機に「世界の貧困対策こそが重要なテロ対策」との認識が強まり、再び援助の重要性が強調された。

 それから20年以上経過した今、トランプ政権はUSAIDを事実上解体した。「援助が米国の利益につながる」から「援助は金の無駄使い」への180度の転換。今の米国にはトランプ政権の反援助論を支持する確固たる世論が存在するが、果たしてそれが今後、米国に何をもたらすのかは判然としない。

 本稿執筆中の3月下旬現在、日本の国会で審議中の26年度一般会計予算案には、5835億円のODAが計上されている。日本は90年代を通じて世界一のODA拠出国であり、ピークの97年には1兆1687億円が計上されたが、98年度以降は減少に転じ、15年度は5412億円とピーク時の半分以下に減った。その後は微増微減を繰り返しながら、およそ10年間、横ばい状態が続いている。

 反援助世論や「日本人ファースト」を標榜する政党の躍進、分厚い中間層の分解といった状況を見ていると、援助が減ることはあっても増えることはないようにも思えるが、それが日本の利益になるのか、あるいはめぐりめぐって国益を損なうのか。声の大きさに押し流されるのではない、精緻な議論が必要とされている。

立命館大学教授

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