2026年1月、米国のドナルド・トランプ大統領は66の国際機関からの脱退・資金拠出の停止を指示する大統領令に署名した。その直前にトランプ政権はベネズエラで軍事作戦を展開したが、これは、他国への武力行使や威嚇を禁じている国連憲章に違反するとの指摘も出ている。このような状況下で、国連をはじめとする国際機関の機能不全が指摘されるようになっている。筆者は国際機関やグローバル・ガバナンスを研究対象とする研究者である。本稿では、このご時世にグローバル・ガバナンスを研究する意義について語ってみたい。

 筆者は1981年生まれであり、物心ついた頃に冷戦が終結した。そのユーフォリアの下で、90年代は国連とそれが生み出す規範への期待が高まった時期でもあった。緒方貞子さんが国連難民高等弁務官として華々しくご活躍される姿には、筆者を含む多くの人が魅了された。2000年に大学に入学すると、国際法の横田洋三先生のご案内で、人権や「人間の安全保障」、途上国の健康をテーマにしたシンポジウムに足繁く通い、グローバル・ガバナンスに強い関心を抱くようになった。

 その後、9・11同時多発テロを契機に、ルールや規範よりも、力を重視するリアリズムの考え方が改めて注目を浴びるようになった。米国が国連安保理の明確な武力行使承認を得ずにイラク戦争を始めたことは、そうした時代の変化を象徴する出来事として認識された。90年代に脚光を浴びた国際機関は徐々に影を潜め、あるいはその負の側面がクローズアップされるようになった。

 2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際には、安保理でロシアが拒否権を行使し、国連の機能不全が広く認識されたが、さらなる「底」が国際機関には待ち受けていた。2022年の安保理緊急会合の後には、国連総会緊急特別会合が開催され、国連として曲がりなりにも、ロシアの暴挙に対する非難決議を採択することができた。

 他方、トランプ政権によるベネズエラならびにイランへの攻撃に際しては、国連は文字通り、無力であり続けている。国際機関が生み出すルールや制度はあからさまに無視され、力が支配する世の中になりつつある。

 それでは、力が支配する国際社会において、国際協力や国際機構を研究する意義とは何だろうか? 第二次トランプ政権誕生以降、国内外の研究動向を見ると、目下の厳しい環境の中で、どのように国際公益の維持に向けた取り組みがなされているのかを分析する研究が増えている。国際機構は今までも様々なチャレンジに晒されてきたが、目下のチャレンジは、従来のものとは性格が異なる。最大のチャレンジは、各国内で興隆する反エリーティズム、反グローバリズム、反科学の動向と、国際機関離れが連動している点である。こうした環境の変化に注目する研究も多い。

 研究を通じて、国際社会の強靭な側面が浮かび上がることもある。例えばトランプ政権のパリ協定離脱にもかかわらず、カリフォルニア州はじめ、いくつかの米国の州は温室効果ガス削減に向けた努力を継続している。あるいはトランプ政権の動向にかかわらず、一部の米国の研究機関は、感染症の国際的な動向調査に熱心に取り組んでいる。こうした事実を拾い集め、国際公益の実現に向けた現実的なあり方を探ることが、今日におけるグローバル・ガバナンス研究の意義とも言える。

 力による支配が顕著になりつつある国際社会において、それとは逆のベクトルが作用し続けていること、それがいかに強靭であり、どのような限界を抱えているのかを検討する作業は、国際社会を立体的に考察する視点を提供してくれるのである。

 

慶應義塾大学教授

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