2023年12月号「issues of the day」

 世界で極右政治家が勢いを増している。11月19日に実施されたアルゼンチンの大統領選では、第三極のハビエル・ミレイ氏が勝利した。22日にはオランダで下院選挙が行われ、ヘルト・ウィルダース党首率いる自由党が第一党となった。これらの事象は、ドナルド・トランプ氏の米大統領就任以降も世界各地で頻発する、アウトサイダーによる権力奪取の一幕とも言える。

政治エリートへの不満が後押し

 二人の指導者の主張には対照的な要素も含まれる。ミレイ氏は、選挙期間中に中央銀行の廃止や米ドルの法定通貨化を主張したように、自由至上主義(リバタリアン)的な立場を採用して市場原理に基づく現状の打開をめざす。他方、ウィルダース氏は、難民受け入れの抑制を主張してきたが、その根拠の一つには難民の社会的統合に伴う経済的な負担も挙げている。難民を抑制すれば国民への配分に使える資源が増える、とする主張は、福祉排外主義(ウェルフェア・ショービニズム)とも呼ばれる。

 表面的な違いを超えて両国に共通するのは、与野党を問わず既存の政治エリートが現状の政治課題に適切に対応できていない、という民衆の不満であろう。グローバル化の進展に伴って、一国の政府のみで解決できない問題は増大している。アルゼンチンは年率100%を超えるインフレに直面するが、その背景には、米国の金利上昇の他、気候変動の影響を受けた干ばつがある。オランダでは難民問題の争点化が自由党に利したとされるが、難民増加にかかわる国際的な要因は、パレスティナにおける戦争など枚挙にいとまがない。

 両者の主張の違いは、それぞれの国のおかれた国際的な立場の違いによる。ミレイ氏の主張は、アルゼンチンが置かれた「従属的」とも称される国際経済的な地位を背景に国内産業を保護してきたこれまでの政権へのアンチ・テーゼである。他方、欧州の政治的・経済的な中心の一角をなすオランダでは、ウィルダース氏の掲げる内向きの政策は、欧州統合に伴う国境を超えた分業によって打撃を受けた人々からの支持を想定している。これまでの傾向と同じであれば、国際システム上の「中心」に近いオランダでは、国内で周縁化された人々が極右を押し上げたことを推測される。

国際的な連携は不可欠

 こうした問題への対処には、途方もない時間を要するではあろうが、国際的な協調の枠組みを構築する他ない。国際金融や課税に関しては、リーマンショック後のバーゼル規制の更新やOECD(経済協力開発機構)が主導した法人税の最低税率の設定など、少しずつではあるが一定の成果が上がっている。こうした国際協定の重要性は今後増すことになろう。

 もちろん、その過程で生じる国民の不満に備える必要がある。特に、先進国同士の協調と比べて、先進国と新興国の関係調整はより困難である。例えば欧州統合においても、国家間の格差を放置して調整を市場原理に任せたままでいることへの批判は根強い。コロナ禍を経てようやく実現した復興債の発行が財政的な統合への第一歩とも目されるが、今後の見通しには慎重な意見も多い。ましてや世界全体の格差は欧州内部の格差とは比較にならないほど大きい。すでに構造化された不利を背負うグローバル・サウス諸国が、気候変動などのリスクにおいては先進国と同様か、それよりも重い負担を強いられることへの不満は想像に余りある。他方で、オランダにおける自由党の台頭は、自国優先主義の声が先進国内部でも根強いことを示している。

 これらの困難を乗り越えてでも、国際的な枠組みの形成は不可欠である。第二次世界大戦後の国際経済秩序は、 19世紀型の国際協調システムの崩壊とそれに伴う世界恐慌がナチズムの台頭を促した、との反省に基礎を置いた。自由貿易を尊重しつつもそれを福祉国家と両立させるための工夫に加えて、その枠組みの維持に合衆国を筆頭に各国が尽力したことが、戦後の西側諸国の政治的な安定に貢献した。

 もちろん、ミレイ氏やウィルダース氏が、戦間期の極右勢力のように直ちにそれぞれの国の民主政治を崩壊させる、あるいは国際秩序に挑戦するリスクは大きくはない。しかし、国際的な不均衡に起因する政治の不安定化は、各国の治安悪化や経済難民の流入などで、欧米諸国にも大きな影を落としている。日本でも、グローバルな要因に左右される事象が政府への支持を揺るがしているように見える。こうした問題への極端な解決策を提示するアウトサイダーが直ちに権力を掌握する状況にはないものの、人々の政治的な有効感覚が低下すれば、政治不信の根はより深くなる恐れが大きい。

 外交を得意分野とする岸田首相には、地味ではあっても重要な国際協調の枠組み構築への努力を継続しつつ、その意義と成果を国民にわかりやすく説明して、政治への信頼感につなげてほしい。

中央大学法学部准教授 古賀光生

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