『公研』2023年9月号
昨年九月八日にイギリスのエリザベス女王が崩御し、チャールズ三世が国王に即位した。その戴冠式が今年五月六日、ウェストミンスター修道院で厳かに挙行された。母の戴冠式からちょうど七〇年後にあたる。そして今回の儀式には、この七〇年間にイギリスが経験してきた様々な事象が、国王個人の関心事とともに、そのふしぶしに反映されていた。
日本では(でも?)あまり人気のないチャールズ国王ではあるが、彼は皇太子時代から多くの重要な問題に取り組んできている。特に学生の頃に関心を持ち、現在にいたるまで熱心に取り組んでいる問題が二つある。
ひとつは地球環境問題である。国王は二〇歳の頃から「大西洋の鮭が危ない」「過度な森林伐採は危険だ」と警鐘を鳴らしてきた。しかし一九六八年の当時にあっては、それはあまりにも時代の先を行きすぎており、皇太子は「変人」扱いされてきた。それがいまや時代のほうが国王にようやく追いついてきた感がある。
今回の戴冠式でも、儀式の中心的な位置づけにある「塗油(聖職者により王の頭などに聖油が塗られる)」で使われる聖油に麝香(ジャコウジカ)や竜涎香(マッコウクジラ)といった絶滅危惧動物に由来するものは使用されなかったとされる。また秘儀である塗油がおこなわれる際に使われる仕切り幕には、自らもガーデニングを愛する国王らしい木が刺繍で描かれ、五六枚の木の葉も描かれた。その一枚一枚にコモンウェルス(旧英連邦)加盟国の名前が刻まれ、戴冠式はコモンウェルス諸国からの祝福のもとで挙行された。
そして国王が学生時代から関心を持ち続けているもうひとつが、異宗教間の対話である。チャールズ自身はイングランド国教会の首長であり、スコットランド教会(カルヴァン派)の擁護者でもある。しかしすべての宗教は根幹でつながっているのではないかというのが、学生時代からの彼の考えなのだ。このため友人とコーランを読み、イスラームについても造詣が深い国王は、エジプトやサウジアラビアなどの名だたるイスラームの研究機関から名誉博士号を授与されている。いずれもキリスト教徒では彼だけである。
今回の戴冠式でも、通常はイングランド国教会とスコットランド教会のみから受けていた「王の承認」を、カトリック、東方正教会、プロテスタント諸派の高位聖職者から受けたばかりか、式を終えて修道院を出る際のその出入り口には、ヒンドゥー教、イスラーム、仏教、シク教、ユダヤ教などの高位聖職者が控え、国王に祝福を与えていた。
さらに「連合王国」の君主としての心遣いも見られた。式典で歌われる賛美歌のいくつかは、英語だけではなく、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの言語でも歌われた。そして今回驚いたのは、世界中から駆けつけた賓客のなかにアイルランドのヒギンズ大統領の姿が見られたことである。八〇〇年にわたる両国の恩讐の彼方に、アイルランドの元首が英国王の戴冠式に駆けつけるようになった背景には、二〇一一年に一世紀ぶりに同国を公式訪問したことで始まった、亡きエリザベス女王による外交的な尽力が見られた。
七〇年前には、白人、男性、イングランド国教会のみによって占められていた戴冠式は、いまや非白人、女性、他宗派、他宗教の人々によって重要な部分が担われるようになった。これからも英国王室は時代とともに変わり、生き続けていくのかもしれない。関東学院大学教授