「穏健な多党制」は実現可能か【待鳥聡史】

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『公研』2025年8月号「めいん・すとりいと」

 参議院選挙が終わり、日本政治の行方は不透明さを増した。その大きな理由は、どの政党が政権を担うのかが分かりづらくなったことに求められよう。

 自民党と公明党が連立を組んで政権に復帰したのは2012年だが、10年以上両院で安定していた両党の勢力は弱まり、現在は衆参両院で過半数を確保できていない。そうなると大きく分けて三つの選択肢が生まれる。一つは自公両党の下野を伴う政権交代、もう一つは自公両党に他の政党が加わった連立拡大、そして自公両党のみによる少数与党政権の継続である。最も常識的には、両院で与党が過半数を得られなくなった以上、政権交代することなのであろう。

 実際には、政権交代以外の二つの選択肢のほうが有力である。その大きな理由は、野党が結束できないためである。野党といっても、伝統的な左右軸で見たときに自民党より右側にある参政党や日本保守党、公明党より左側にある共産党やれいわ新選組が一致団結して政権をつくる可能性はない。

 現実的に政権交代に関与するとすれば立憲民主党・国民民主党・日本維新の会の三党であろうが、これらの政党だけでは議席が足りず、しかも相互の関係も良くない。結果的に、自民党と公明党に一部野党が加わる連立拡大か、法案ごとの多数派形成を行う少数与党政権か、という選択になる。

 これが有権者の望んだことであるかどうかは疑わしいが、多くの政党が議席を得る多党制を好ましいと思う雰囲気はあるようにも思われる。その際のキーワードの一つが「穏健な多党制」である。

 穏健な多党制とは、三つ以上の政党が議席を獲得するが、各党の理念や政策の違いはそれほど大きくなく、自由民主主義や資本主義といった社会経済の基本原則、さらには外交・安全保障の基本方針についても政党間でおおむね共有している状態を指す。典型例は20世紀後半のドイツ(旧西ドイツ)や北欧諸国の政治である。

 このような政治に期待する人が現れるのは当然のことであり、実際にも、1990年代に首相を務めた細川護煕氏や、現在の国民民主党代表である玉木雄一郎氏は、穏健な多党制をめざすと発言している。いずれも中道的な主張を行う小政党の党首であり、ポジショントークという面もあるが、志向としては理解できる。

 しかし、穏健な多党制はめざして実現できるものなのか、疑問は残る。議席を獲得する政党の数を増やすには、比例代表制や大選挙区制・中選挙区制を採用すれば良いのだが、その際に議席を獲得する政党の間にある理念や政策の距離がどうなるかは、国際関係や社会経済状況によるところが大きい。一国の政治によってコントロールできない、いわば相当程度まで偶然的な幸運に恵まれないと、多党制は穏健化しないのである。

 かつて穏健な多党制の代表だとされたドイツ政治は、現在では急進右派政党「ドイツのための選択肢」や急進左派政党「左翼党」が勢力を拡大している。移民排斥や反グローバリズムを唱え、極右あるいは極左と形容されることも多い、これらの政党を政権に入れないために、既成政党は大連立などを繰り返している。

 現在の日本が、穏健な多党制を成り立たせる条件を満たしているか、良き偶然に出会えているかを考えてみれば、残念ながらそうとは言えないのではないだろうか。成立条件について十分に検討することなく、二大政党制と多党制の「いいとこ取り」をめざす穏健な多党制論は、急進政党の台頭に対してあまりに脇が甘いと言わざるを得ない。京都大学教授 

 

 

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