『公研』2016年12月号「めいん・すとりいと」
11月24日、東京は白い雪に覆われた。この時期の積雪は観測史上はじめてのことだという。今年は寒い冬が来るのだろうか。
冬をより厳しくするのは北西の季節風、空っ風であるが、この季節は政治の世界でもしばしば解散という名の風が吹く。この冬もそうした憶測が現れては消え、消えては現れている。
風はいつ現実となるのだろうか。戦後、新憲法下での解散は通常国会前に行われることが多い。予算審議を前に国民に信を問うためである。24回の解散総選挙のうち実に半数が10~12月に実施されており、冒頭解散による年明けの総選挙も4度ある。
現職議員の在職期間も解散のタイミングに影響する。一般に前回総選挙から2年を過ぎると解散の可能性が高まるとされ、実際、衆議院議員の平均在職年数は2年8カ月となっている。4年の任期が折り返し地点を過ぎた現在、解散風が現実味を帯びるゆえんである。
もっとも、解散は首相の専権事項であり、当面はその胸の内を忖度するしかない。うずめく憶測の中で「解散がある」と見る向きが要因に挙げるのが選挙区割りの改定である。
いわゆる「一票の格差」をめぐる違憲状態判決を受け、目下、政府の諮問を受けた衆議院議員選挙区画定審議会(以下、区割り審)が5月の答申に向けて改定作業を進めている。その対象となるのは、実に20都道府県100選挙区、すなわち全選挙区の1/3に及ぶ。史上稀に見る本格的な改定である。
「一票の格差」の議論が本格的に現れたのは中選挙区制の時代であった。実は中選挙区制は「一票の格差」論と合口がいい。人口の増減にあわせて各選挙区の定数を調整すればよいからだ。
小選挙区制ではそうはいかない。既存の線引きに手を加えなければ「一票の格差」は是正できないからだ。これにはさまざまな摩擦が生じる。
まず、現職議員が反発する。長く手塩にかけて育てた地域との関係を失うことは堪えがたいことだろう。再選に向けた不確定要素も増える。区割り審の答申より前に、現行の区割りで解散総選挙をという声が出てくることは頷ける。
そうした声は有権者からも聞かれる。現に、よく知らない候補者には投票したくない、隣の自治体とまとめられては自分たちの意見が国政に届かなくなるといった不安が報じられている。
行政の側からも要望が出ている。今回、区割り審は都道府県知事に区割りに関する意見を求めた。その回答では、基礎自治体に基づいた区割りを求める声が多く見られる。現行区割りは「一票の格差」を是正するために基礎自治体を分割しているが、これを避けてほしいというのである。
平成の大合併により基礎自治体の区画は広くなった。その際に留意されたのは生活圏に合わせた空間とすることであった。それに基づいた区割りを求めるのは正論だろう。
これらの一連の議論は、国会議員を地域代表と捉えるものといえる。代議士は地域の意見を聞き、それを国政に届ける。国会開設以来、長きにわたって築かれてきた関係は深い。
一方で、国会議員は地域代表ではなく国民代表であるという議論も根強い。明治政府が自治体である市町村を選挙区の構成単位とせず、行政区画である郡を単位としたのもこのためであった。
前回の参議院議員選挙では、鳥取・島根、徳島・高知の4県で合区が行われた。それに対する激しい反論に端を発して、参議院議員は地域代表とするべきだという議論も見られる。
その場合には衆議院は国民代表としての性格を明確にすることとなるだろう。そこでは、基礎自治体を重視する区割り論は押さえ込まれることになるのだろうか。選挙区をめぐる議論は当面続くように思われる。
選挙区のありようを考えることは、一見迂遠に見えて、実は本質的に代議制民主主義のあり方を考えることであろう。選挙区は誰のものだろうか。根源的な問いに改めて向き合う時が来ている。慶應義塾大学准教授