黄金の3年間は存在するか 【待鳥聡史】

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『公研』2022年8月号「めいん・すとりいと」

 

 7月に行われた参議院選挙では、大方の事前予想通り与党が圧勝した。投票日前々日の安倍元首相銃撃事件が、それまでの情勢に決定的な変化を生み出したとは考えづらい。与党は勝つべくして勝ったと言えよう。

 岸田首相は昨年秋の衆議院選挙に続いて連勝を収め、さらに今後は最長で2025年夏の参院選まで国政選挙がない。それにより、首相が望む政策を実現しやすくなる時期が到来したという見解は珍しくない。いわゆる「黄金の3年間」論である。

 日本政治は選挙が頻繁に行われ、それぞれの結果が「直近の民意」として政権に影響を及ぼしやすい。安倍元首相が在任中に不意打ち的な解散総選挙を行ったのも、このような傾向を逆に活用して、実施時期を選択できる衆院選が常に「直近の民意」である状態を作り出すためであったと理解することができる。

 とは言え、選挙のたびに政策の展開は一時的に制約されることに加え、首相は「大義なき解散」への批判も受ける。解散総選挙を多用する手法は、やはり次善の策と考えるべきなのだろう。

 それに比べて、国政選挙が丸3年ない期間が首相にとっての絶好機であるという見解には、説得力があるようにも思われる。

 だが、このような考え方には少なくとも3点で疑問の余地がある。

 一つには、国政選挙以外の選挙が「直近の民意」になり得ることである。今後3年間に限っても、今年9月には沖縄県知事選挙、来年4月には統一地方選挙、さらに再来年には東京都知事選挙が予定されている。いずれも選挙結果が国政の動向と結びつけて解釈されやすい選挙である。

 そもそも「直近の民意」には明確な定義がなく、特定の地方選挙の結果がいかなる意味で「民意」なのかは、マスメディアや政治家の解釈に大きく依存する。現在のように政党間競争が弱まっている状況下では、かつての革新自治体の隆盛がそうであったように、地方政治の動向が国政へのシグナル、とくに政権批判として読み込まれる可能性は高い。

 もう一つは、国政選挙が長期にわたって行われない間に、野党の選挙準備が進む可能性があることだ。近年の与党の強さは、政権や政策への支持もさることながら、野党の不人気や分裂に支えられた面も大きい。

 もちろん、民主党政権が終わってからずっと乱立しつづけている非自民諸政党が、時間を与えられたからといって結束できると考えるのは楽観的に過ぎる。だが、参院選における各政党の消長を見れば、与党に対抗するための基軸をどこに求めるかは次第に明確になりつつあり、党首やキャッチフレーズなどの旗印を得たときに状況が大きく変わる可能性は否定できない。2017年に小池百合子都知事が「希望の党」でブームを起こしかけたことを思い出しておくべきだろう。

 第三には、議席や時間といった資源が十分与えられているのに政策が期待されたほど展開できない、という事態になれば、首相にとってマイナスに作用することも指摘できる。

 憲法改正はともかくとしても、円安や物価高、新型コロナウイルス感染症への対応など、岸田首相が安全運転という名の前例踏襲や過剰な慎重さに陥っており、リーダーシップが見えないという批判はすでにあり、今後それは強まる恐れもある。それは野党が対抗する基盤にもなり得る。

 首相がこれだけの資源を使って何がしたいのかをより明瞭にし、その前面に立たない限り、好機は容易に危機に転じる。「黄金の3年間」に最も試されるのは、首相自身である。

京都大学教授

 

 

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