『公研』2022年7月号「めいん・すとりいと」

 

 勝負の場というのは、厳然たる非日常で、日常たる日々の営みと違い、強度の集中、そして肉体的にも精神的にも良いコンディションが求められると言えるでしょう。

 将棋棋士は勝負の場によく接する職種であり、その棋士達が良好なコンディションを作るため、勝負の場、すなわち対局へと挑む際にどのようなことをしているのか、ということにはよく質問が寄せられます。棋士達が勝負の際に頂く食事、いわゆる「将棋めし」に注目が集まるのも、勝負の場に挑む機会が多い棋士達が、調子に大きなウェイトを占めることの多い食事をどのように調整しているのかということについての興味が一因でしょう。

 では、棋士はどのようにコンディションを調整しているのでしょうか。この問いを漠然と立てて全員の食事データや振る舞いのデータを集めたとしても、余りに個人個人がバラバラなため、答えも曖昧模糊なものになってしまいます。そこで勝手ながら、棋士の調整「タイプ」という形で補助線を引きます。筆者が勝負の場に挑む棋士を観察するところ、「緊張状態から出来るだけいつもの状態に近付けたい」という『平常心』タイプと、「勝負に向けて意欲が高まるため、緊張を維持しつつ自分の状態を高めたい」という『高揚』タイプの二つに概ね分けられるように思えます。もちろん独自の調整を行う棋士も居て、私物や雰囲気などを以って対局室を自分の空間へと染め上げるなど、独特なパフォーマンスで自分の世界を作られます。アスリートの方でも独特なパフォーマンスで盛り上げる方がいらっしゃいますが、こういったタイプは『結界』タイプとでも形容すればよいでしょうか。ただこういったことは試験など一般的な勝負の場に応用できることでもないため、ひとまず置いておこうかと思います。

 『平常心』タイプは、勝負の場での緊張状態よりも落ち着いている状態のほうが能力を発揮する方が多いのでしょうか、対局という勝負の場に臨んでも可能な限り普段の精神状態に近付けることをめざしているように見えます。対局中の食事もいつも食べているようなもの、うどんやそば、丼ものといった比較的軽いものが多いでしょうか。またルーティーンのような決まった動作を好まれているように感じます。

 一方、『高揚』タイプは棋士でも勝負師タイプと言われる方に多いでしょうか。非日常的な場に置かれたことにより却って本来の能力が発揮できるのではないかと思われます。対局の場では普段と異なることを強調するためでしょうか、鰻重やカツ丼など、普段よりも豪華なもの、勝負の場として盛り上げるような働きがあるようなものを好んでいるように見えます。対局中は普段より少し動きも多くなるのでしょうか。

 どのタイプも、孫子の「敵を知り己を知れば百戦危うからず」ではありませんが、まず自身の適性を知り、それに合わせてメンタルの調整をしているように見受けられます。勝負の場に挑む際は知らず知らずの内に興奮、もしくは緊張状態になっていることが多いと思われますが、それを落ち着かせるのが良いのか、それとも緊張を逆手にとって己を奮い立たせるのか、もしくは緊張をものともせず自分の世界を築くのか。

 勝負の場へと挑む際に最高の状態で挑むことのできるように、自身のタイプや行動を分析してみるのも面白いかもしれません。

将棋棋士

 

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