「百年に一度の危機」から生まれるもの【清水 唯一朗】

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『公研』2020年6月号「めいん・すとりいと」

 

 さまざまな常識が覆された3カ月でした。学校は始まらず、会社に行かず、人気の飲食店もお年寄りが集まる街の病院もガラガラ。店先からはトイレットペーパーとマスクが姿を消しました。

 しかし、人はなんともたくましいもの。授業は早々にオンラインに移行し、会社は在宅勤務へと大きく舵を切る。飲食店はテイクアウトに工夫を凝らし、ふるさとからはぬくもりのある手作りのマスクが届く。なんともありがたい。

 それでもふさぎがちになる日々のなか、心を豊かにしてくれたのは芸術でした。楽団員のアイディアから始まったという「パプリカ」のリモート合奏は、奏者たちの笑顔とともに明日への活力を与えてくれました。続々と休館になった美術館からは、それでも届けとVRを駆使した配信が行われ、荒みそうな気持ちはいくらか穏やかになりました。

 実際、誰もが毎日を乗り切ることに精一杯でした。大学では4月から突如としてオンライン講義への全面切り替えが伝えられ、教員は大慌てで講習を受け、教材を作り直し、録画や同時配信に臨みました。私のようにどちらかといえば静的な科目の担当者でさえ、睡眠時間を削る日が続きました。言語やプログラミング、体育といった実技系科目の教員の苦労は想像を絶するものだったと思います。

 それでも乗り切れたのは、学生がひたすらにサポートしてくれたおかげです。アプリをうまく使えずに右往左往し、回線が不具合を起こすこともしばしばありましたが、学生はこちらが真剣に取り組んでいることを多として応援してくれました。

 オンライン講義で忘れてはならない影の功労者が事務スタッフ、とりわけシステム担当のスタッフです。わかって当然、つながって当然と思い込む乱暴な利用者にさぞ腹が立つところを丹念にサポートしてくれました。

 医療従事者はもちろん、電力をはじめとするエネルギー、宅配業者をはじめとするサプライチェーンなど、私たちの生活のインフラがどれだけ重要なのかも、肌身を持って感じられました。

 中央、地方を問わず、公務員のみなさんの奮闘も改めて認識されるべきでしょう。次々と現れる問題に対応し、新たなサービスを届けることに尽力されました。政治家もそうです。与野党問わず、激しい批判に晒されながらも不眠不休で修羅場に臨み、国民の声に耳を傾けて対策を紡いでくれました。

 みなさんへの感謝は、きちんと言葉にするべきでしょう。いつもに増して奮闘されたすべてのみなさん、本当にありがとうございました。

 もちろん、この期間に顕在化した課題も多くありました。初等教育におけるICTの立ち遅れ、中央省庁のキャパシティオーバー、電子システムの不具合、そして変化を拒む人々の心持ち。いずれもこれから丁寧な対応が必要です。

 一方で変化の兆しも見られました。SNSで発せられた声が取り上げられ、与野党が政策競争に臨みました。賛否はあれども、これまでの政治と国民の関係を変える新たなパスの誕生を感じさせます。人と人がつながることの価値が再認識され、時間の使い方が変わったことも特に注目したい点です。久しぶりにゆっくり家族と過ごしたという方も多いことでしょう。

 緊急事態宣言が終わった日、わが家では家族一人一人に感謝を込めて「修了証」を贈りました。身近な人にきちんと「ありがとう」を伝える、そんなきっかけになるなら、この「百年に一度の危機」は意味のある好機になったと言えるのではないでしょうか。慶應義塾大学教授

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