「制裁」から見た世界 なぜロシアの攻勢は衰えないのか?【鈴木一人】【竹内舞子】

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『公研』2024年4月号「対話

 

ウクライナ戦争から2年が経ったが、ロシアの攻勢は未だに続いている。

開戦当初から課せられているロシア制裁は効果を発揮しているのだろうか?

 

  東京大学公共政策大学院教授  Compliance and Capacity Skills International
アジア太平洋 CEO
  鈴木一人  竹内舞子

 

すずき かずと:1970年生まれ。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大学大学院人文社会科学研究所准教授、北海道大学公共政策大学院准教授、同教授などを経て、2021年より現職。13年12月から15年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーを務める。著書に『宇宙開発と国際政治』など。

たけうち まいこ:東京大学法学部卒業後、2001年防衛庁へ入庁。07年ハーバード大学東アジア地域研究科修了、22年ニューヨーク大学ロースクール修士課程修了。16年から21年に国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員を務める。23年より現職。独立行政法人経済産業研究所コンサルティングフェロー兼任。

 

すべての国がロシア制裁に参加しているわけではない

 竹内 本日は「制裁」をテーマに議論していきたいと思います。私は、2016年から21年まで国連安保理の北朝鮮制裁委員会専門家パネルの委員を務めた経験があります。また、鈴木先生は同じく2013年から15年の核合意成立まで、国連のイラン制裁委員会の専門家パネルをご経験されています。今日はそうした経験も踏まえて、制裁の基本を確認していくようなお話をできればと考えています。

 ロシアがウクライナへの武力侵攻を開始してから2年以上が経過しました。開戦直後からロシアには様々な制裁を実行しています。最初にポイントとして押さえておきたいのは、これらの制裁を課しているのはアメリカを中心にした有志国であって、国連安保理によって決議されたものではないことです。国連に加盟しているすべての国がロシア制裁に参加しているわけではないので、その効果は限定的にならざるを得ないところがあります。

 そのポイントを踏まえた上で、まずは今のロシアへの制裁が効いているのかどうかについて考えてみたいと思います。ロシアは今でも戦争を継続していますから、その事実だけをもって「制裁だけでは侵攻は止められない。制裁は効いていない」と結論付ける意見もあります。これは、「核・ミサイル開発を放棄させられていないのだから、北朝鮮への制裁は効いていない」という主張と同じ考え方ですよね。制裁の最大の目的は、ロシアにウクライナ侵攻をやめさせることですから、その意味では確かに目的は達成されていない。

 しかし、だからと言って制裁がまったく効いていないわけではないと私は見ています。いま行っている制裁のなかで最も大きな制裁は、ロシア産の石油にバレル60ドルという価格上限を設定したことだろうと思います。「オイルキャップ」と呼んでいますが、産油国に課す制裁としてはよく知られた方法です。市場価格より値引きされて流通することになります。
私はこの枠組みは、ロシア産石油をEUなど多くの国が輸入している、さらには、この制裁に参加していない中国やインドが輸入することが止められないという現実の制約の中でとれる案としては評価しています。ロシアは、石油から得る利益を減らすことになりました。

 制裁の目的は、いくつかの段階に分けて考えなければならないと思うんです。最終的には戦争を止めさせることにありますが、その前段階として外交テーブルに着かせて停戦を促すことや、ロシアの利益を減らすことも制裁の目的だと私は見ています。
鈴木 制裁の目的には段階があるという考え方は、その通りだと思います。ただし、オイルキャップの成果については、私は違った見方をしています。まずロシアの収入を減らすのであれば、価格だけではなくて量も減らさなければならないはずでした。ロシア産石油は上限をバレル60ドルに設定されましたが、市況によって価格は変わるものです。市況価格が60ドルに近づけば、ロシアの損失は少なくなります。場合によっては、60ドルを下回ることもあるかもしれない。市況価格が60ドルを超える額だったとしても、そもそも量をたくさん出せばロシアの収入は確保されることになります。

 そして収入がある限り、継戦能力は継続されることになります。ロシアに与えるダメージは、相対的には小さいものにならざるを得ないと思います。

竹内 確かにインドや中国は、安くなったロシア産の石油を買い続けています。これらの国にとっては、安く石油を購入できることはメリットに他ならない。さらにはイギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国は、第三国経由で精製されたロシア産原油を調達しています。「これはロシア産ではない」と解釈して、普通に輸入を続けているという現実があります。

 制裁の仕組みを考えた時点で折り込み済みだったのかもしれませんが、制裁には必ず「抜け穴」が生じます。例えば、北朝鮮にいくら制裁を課したとしても、北朝鮮の資源や製品に中国が経済的な価値を見出していて、各国が制裁を履行しなければ、抜け穴を用意することになってしまう。同様にイラン制裁の場合は、まず有志国だけで履行しなければならないこと。さらに結局、第三国の意志が徹底されなければ、制裁は想定した通りには履行されないところがありますよね。

 本来であれば、ロシアの外貨獲得に打撃を与えるのであれば、ロシア制裁はオイルキャップではなくてエンバーゴ(embargo:禁輸措置)するのが理想的だったのだと思います。さらに理想を言えば、その措置をすべての国がかつ履行していれば、ロシアの外貨収入に打撃を与えたのではないでしょうか。しかし、すでに議論した通り、実際には、外交政策としてこの制裁に加わらない国を強制することはできない。仮にエンバーゴをしても、ヨーロッパ諸国のように制裁破りをする国は出てくるので、いずれにせよ効果は限定的なものに留まってしまったのかもしれない。

 

ロシア産石油の禁輸措置は不可能なのか?

鈴木 私はロシア産石油のエンバーゴは理論上、不可能ではなかったと思っていました。けれども、結果的にはそれはできなかったという結論に至りました。

 どういうことなのか説明します。オイルキャップという制裁のメカニズムは、60ドル以上の価格でロシア産の石油を運んでいるタンカーには保険を付けないことが前提になっています。保険が付かなければ、リスクが大き過ぎて、タンカーを動かすことはできないだろうと考えたわけです。タンカーが出港できなければ、当然、石油を輸出することはできません。

 この制裁が可能なのは、西側諸国が保険会社を一手に握っているからです。ロシア国内にも保険会社はありますが、規模が小さ過ぎてタンカーの事故が起こった場合、それに対する保険の請求に耐えられなくなります。通常、石油を運ぶような巨大なリスクを背負っているタンカーにかける保険には、再保険をかけています。この再保険というのは「保険会社のための保険」です。ロイズ、ミュンヘン・リー、スイス・リーなどが代表的な再保険会社ですが、いずれも西側の会社です。ロシア産原油を運ぶタンカーには再保険が付かないので、結果的には保険が付かないことになります。

 今回ロシア産の石油価格の上限は60ドルに設定されましたが、上限は理論上40ドルにも20ドルにも、究極的には0ドルにもできるわけです。上限価格に関わらず、再保険が付かないのであれば、いずれにせよタンカーは出港できません。出港できないのであれば、それはエンバーゴと同じことを意味しますよね。

 ところが、実際はそうはなっていません。なぜならば、保険を付けずにタンカーが動くという想定外のことが起きたからです。いわゆるゴースト・フリート(幽霊船)と呼ばれている、要するにもう保険を付けられないようなボロ船で、ロシア産の石油は運ばれているわけです。

 制裁をデザインした側からすれば、この事態は想定していなかったのではないか。想定外のことが起こった結果、当初のねらい通りには制裁は機能しないことになります。おそらく核合意前のイラン制裁ではオイルキャップがうまく機能したので、ロシア制裁でも同じことをやろうと考えたのだろうと思います。しかし、ロシアは保険が付かずとも、ボロ船で60ドル以上の値段の石油を運ぶことで制裁破りに成功してしまった。

 ですから、オイルキャップという制裁は、ロシアの継戦能力を削ぐことにはあまり貢献していないというのが私の見方です。

 

そもそも「抜け穴」ではない

竹内 制裁をデザインした側からすれば、ボロ船で保険も付けずに石油を運ぶことまでは想定していなかったわけですね。やはり制裁にはどうしても「抜け穴」が生じることになる。

鈴木 対ロシア制裁に関して言えば、「抜け穴」という言葉は明らかに間違った使い方だと私は思っています。世界でおよそ200カ国ある、主権国家の中で制裁をやっている国は40カ国に満たない。つまり、制裁をしていない国のほうが圧倒的に多いわけです。制裁に参加していない国は、抜け穴となっているわけではなくて、普段通りに貿易をしているに過ぎないわけです。喩えて言えば、巨大な道路の真ん中に制裁という石を置かれているだけで、その石をよけて車が通っているのが現状です。

 オイルキャップが制裁として機能すると思われていたのは西側諸国が保険会社を握っていたからですが、保険を付けずにタンカーを動かすリスクすら無視する事態が起きている。結局のところ、石油を買う国は山ほどあるわけです。中国やインドは安い石油を買えるのであれば、喜んでバンバン買いますよ。元々インドは原油を輸入して精製してガソリンにして輸出する商売をやってきた国ですから、精油施設のキャパシティが多いわけです。安く原油を仕入れて高く売れるわけだから、インドにとってみたらこんなに美味しい商売はない。それをインドが見逃すわけがありません。

 そうやって精製したガソリンをイギリスやヨーロッパが買ったところで責められる話ではないし(米財務省もそういう見解を出しています)、インドがやらなかったら他の国がやるだけの話です。要するにこれは抜け穴ではなくて、対ロシア制裁は最初から迂回できるようにつくってあるわけです。迂回することを抜け穴と呼ぶのは、ちょっと違うと私は思っています。

 冒頭でもポイントして挙げられていましたが、ここが国連制裁とは異なる点です。北朝鮮制裁にしても核合意前のイラン制裁にしても、国連による経済制裁は国連憲章第七章の強制措置に基づいて行っています。なので、国連憲章25条に基づいて、すべての加盟国を拘束するという立て付けになっているわけです。ですから、本来ならば国連が課した北朝鮮やイランへの制裁を、国連加盟国は破ってはいけないわけです。

 けれどもロシア制裁は、国連による制裁でないので破っても誰も文句を言いません。国際法上、間違ったことをしているわけではありませんからね。だから、これはそもそも抜け穴ではないことになります。

 

制裁にはどのような種類があるのか

竹内 抜け穴という表現は、確かに誤解を招きますね。「迂回路」と呼んだほうがいいのかもしれません。今回は制裁に関して、なるべく報道などで使われている表現を使って議論しようと思いました。私は、行為が合法か違法かとは無関係に、制裁の効力が及ばない領域や手段という意味で抜け穴という言葉を使いました。ロシア制裁は有志国の制裁で、それに加わっていない国にはその枠組みに従って行動する義務はありません。インドや中国の企業が自国の法律で合法的な行為としてロシア産品を購入することは、制裁違反とも言えません。

 安保理の制裁と、有志国の制裁という二つの概念が出てきましたので、制裁の分類にはどのようなものがあるのか、少し整理してみたいと思います。制裁の主体で言えば、まず国連安保理による制裁があって、これにはすべて国連加盟国が従わなければなりません。当然、国連安保理による決議が必要になります。ロシアは国連安保理の常任理事国ですから、拒否権を持っています。仮に安保理がロシア決議を出したとしても、採択されることもなく拒否されるのだと思います。

 その反対に、一国だけで特定の国に対して制裁をかける単独制裁も理論上はあり得ます。ただし、今ロシアのケースで議論しているように、他国が参加していない場合の効果は、限定的になる可能性があります。例えば、ある一国が貿易制限をしても、制裁対象国が他国と貿易ができる場合はそうです。しかし、日本が北朝鮮に対する独自の制裁措置として、北朝鮮船舶の入港禁止や輸出入禁止といった措置を行っていますが、これは北朝鮮の日本との貿易や人的交流などに影響を与える効果がありました。

 安保理に基づかない制裁の場合、国際法上、あるいはその両国家の関係上、それが合法なのかどうかについては議論の余地があります。一般的には、対抗措置などとして要件を満たせば違法性は阻却されます。すなわち、相手国が国際法違反を行っているから、それに対抗するために非軍事的な手段に訴えたというような正当な理由があるために、違法でないとされます。

 今回のロシア制裁の場合は、いわゆる有志国による制裁になります。やはり国連安保理による制裁ではないことが効果を限定しています。アメリカを筆頭とした西側諸国が行っているロシア制裁に参加するかどうかは、各国の判断に任されているので、ロシアからすれば迂回路がいくらでも存在していることになる。

 次に実行する制裁は、大きく分けると軍事的措置と非軍事的措置があります。国連憲章は、軍事的措置も制裁として認めています。北朝鮮やイランに課したのは、非軍事的措置です。非軍事的措置の代表的な手段は、相手に経済的不利益を与える行為である経済制裁ですが、それ以外にも多くのものがあります。国連憲章で例として挙げられているのは航海、航空、郵便など、運輸や通信の中断や外交関係の断絶です。

 日本でも「制裁」や「召喚」とは呼んでいませんでしたが、2012年韓国の李明博大統領の竹島上陸に抗議するために、武藤正敏駐韓国大使を日本に呼び戻したことがありました。ただ、外交関係上の措置は、非軍事的な対抗措置の一種と考えることができますが、国の行為に対抗するための効果という意味では、象徴的意味にとどまってしまいます。

 このように、国家が取れる措置には様々な種類があるわけですが、実用性の面から最も多く用いられているのはやはり経済制裁です。貿易や金融活動の制限が主要な制裁になりますが、個人資産の凍結や渡航制限などもあります。安保理の制裁の枠組みで言えば、停戦やテロの防止を目的とすれば武器の禁止や、武装勢力やその幹部などに対する制裁指定などが主になります。このような安保理の他の制裁枠組みと比較すると、北朝鮮の核・ミサイル開発に対する制裁は、こうした活動に直接使われる物資だけでなく、広く経済活動を制限する包括的な制裁となっている点が特徴です。

 ロシア制裁に関して言えば、オイルキャップの他には、海外に依存している資源や半導体などの製品へのアクセスを制限することなどは一定程度の成果があるのだと思います。しかし残念ながら、ロシアのウクライナ侵攻の勢いを削ぐには至っていない。

 先ほどもお話ししましたが、制裁の目的についてロシア制裁を例として再確認しておきます。ここには、いくつかの段階が考えられます。最終目標は軍事侵攻を止めさせること。その次が停戦交渉などの外交テーブルに着かせるためにプレッシャーを与えること。それから継戦能力を削ぐことも目的です。

 さらに言えば、制裁に加わることで自国の姿勢をロシアおよび世界に示すことも目的と考えられると思います。オイルキャップが期待されたほどの成果を上げていないにしても、ロシアに対して明確に抗議する意志を示すことには意義があります。厳しい見方をすれば、現状ではロシア制裁の成果はそのくらいしか見出せないのかもしれません。

 

「ドル制裁」というチョークポイント

鈴木 竹内さんの説明に私が一つ付け加えたいのは、国連安保理の決議がなくても、すべての国が参加しているかのような影響を与えられる制裁が存在していることです。それは何かと言えば、「ドル制裁」です。

 世界の基軸通貨がドルである以上、国際的な決済はドルを使うのが一般的です。特に石油や天然ガスなどの資源はドルで決済するのが通常なので、ドルの流れを抑えることは制裁としては非常に効果があります。要するにアメリカは、基軸通貨というチョークポイントを握っているわけです。ドル制裁についてもう少し具体的に説明します。例えば、日本がロシアの天然ガスを購入する場合は日本円を一度ドルに変えて、そのドルを使って相手側のロシア企業と取引することになります。天然ガスを売ったロシアの企業は、入手したドルを最終的にはルーブルに変えます。

 この一連の取引は、通常はアメリカの銀行を介して行われます。日本の銀行がアメリカの銀行口座に預金してあるドルが、ロシアの銀行がアメリカの銀行に預けている口座に移動するという格好になるわけです。この取引はアメリカ国内で成立するので、アメリカの国内法が適用されます。

 つまりアメリカは、第三国の取引――このケースで言えば日本とロシアの取引――をモニターすることができて、それを止めることもできる。ここに制裁の最大の効果が生まれるわけです。アメリカが単独でも制裁が可能なのは、ドル制裁というチョークポイントを持っているからです。

 オイルキャップは、このドル制裁をベースにしてアメリカ、ヨーロッパ諸国、および日本を含めた西側全体でやっているわけです。
それではアメリカはこうしたチョークポイントを握っているにも関わらず、なぜロシア制裁の成果が上がっていないのか。端的に言えば、「二次制裁」をやっていないからです。ロシアと取引をしたところは、片っ端からアメリカの制裁対象にすることが二次制裁です。

 例えば、アメリカはロスネフチ(ロシア最大の国営石油会社)などのエネルギー系の企業を制裁対象にしています。日本の石油会社や商社あるいは銀行などが、これらの制裁対象となっている企業と取引した場合、日本の企業がアメリカから制裁を受けることになります。制裁として支払う代償は、その企業がアメリカの市場から締め出されることです。そうすることで、アメリカの管轄権がない企業に対しても、制裁対象と取引をした場合は制裁を課すことが可能になります。企業からすれば、ドルにアクセスできなくなる事態は避けなければなりませんから、アメリカの言うことは聞かざるを得ない。これが二次制裁です。

 しかし、アメリカはこの二次制裁を今はやっていません。ロシア制裁を本当に効かせたかったら、これをやるべきです。けれども、なぜそれができないのか? 簡単に言えば、それは皆まだロシアに依存しているからです。ロシアから石油も天然ガスも買っているし、最近ようやく止めましたが、原子力発電所で燃料として使う濃縮ウランも買っていました。

 昨年末に採択されたEUの対ロシア制裁第12弾では、ロシア産ダイヤモンドの輸入が禁止されました。金やダイヤモンドの輸入を止めれば、アントワープの宝石産業に大きな損失を与えることになりますから、禁輸措置に踏み切れなかった。要するに、ロシアとの取引はずっとあるわけです。取引の禁止は自分たちの身を切ることでもあるので、チョークポイントを握っているにも関わらず二次制裁はやらないでいる。

 ここはイランや北朝鮮への制裁とは決定的に違う点です。我々はイランや北朝鮮には依存しなくても生きていけますが、ロシアに依存している産業は多いのです。だから制裁は効かないという結論になってしまう。

 

自国経済を犠牲にする覚悟はあるのか?

竹内 確かに経済規模はまったく違いますね。北朝鮮は2022年の輸出3億ドル、輸入9億ドルなのに比べて、ロシアは輸出超過の国で、石油やガスを筆頭に、輸出が6000億ドルにもなる。ロシアと取引しているところはそれだけ多いということですね。

 二次制裁はかけるほうも不利益を被ることになるので、できないでいるという話でした。そうなると、他に何かできることはないのでしょうか?

鈴木 難しい質問ですね。一般的に制裁でやってはいけないのは、人道物資つまり食料や医薬品に制裁をかけることです。それ以外は何をやってもいいので、メニューは無限にあり得ますが、自分たちの身を切らずにできそうなことは大概やっていますよね。EUの対ロシア制裁も第13弾まできましたが、出尽くした感がある。

 結局、効果がありそうなことでやっていないのは、繰り返しになりますが二次制裁です。要するに自分の身を切ることしか、後は残っていないわけですよ。自国の経済を犠牲にして血を吐きながらやるしかないのだけど、その覚悟がないからどうしようもないということになる。

竹内 その通りですね。月並みな言葉ですが、ロシア制裁は本当に難しいですね。結局プーチンに政策の変更を促すような手段が見つからないでいる。

鈴木 制裁の最大の目的は、相手の政策を変更させて、戦争をやめさせることにあります。けれども、それがまず無理であることも明らかです。理屈はとても簡単です。北朝鮮もそうですが、権威主義国には経済的な痛みを政治的な痛みに変更するメカニズムがないからです。

 そのメカニズムがあれば、経済的に苦しむ国民から「このままじゃダメだ。政策を変えるべきだ」という動きが生まれてきて、それが政策変更や政権交代につながっていきます。つまり選挙があればいいんです。民主主義国家は、制裁に弱いんです。民主主義的な仕組みがあれば、経済的な痛みが政治的な痛みに変わるからです。

 ところが北朝鮮やロシアのような国は、国民がいくら苦しんでいても、政策の変更にはつながりません。なぜなら、国民の苦しさを政治の苦しさに転換する仕組みがないからです。

 ここが北朝鮮制裁でもうまくいっていない最大の理由です。北朝鮮は国民が餓死しようが、そんなことは関係なく核・ミサイルの開発を続けています。国民の命よりも、金正恩体制つまりは金王朝を守ることが大事だからです。北朝鮮にはずいぶん長い期間にわたって制裁をかけていますが、核・ミサイルの開発は止まっていない。中国やロシアがサポートすることで、制裁そのものがなし崩し的に機能を失っていくことが起こっています。

 

 

なぜイラン制裁がなぜ成功したのか

鈴木 イラン制裁がなぜ成功したのかと言えば、イランには曲がりなりにも選挙があったからです。2013年の選挙では、穏健派のハサン・ロウハニが核開発を進めてきたアフマネディネジャード大統領に勝利しました。ロウハニは国連による制裁が解除されるように政策を変更することを公約に掲げて出馬して、選挙に勝ちました。国民の声を反映して、国民が制裁の痛みを、政治の転換に繋げることになりました。それは選挙というメカニズムがあったからです。

 残念ながらロウハニ以降のイランは、選挙らしい選挙ではなくなりました。今のエブラーヒーム・ライースィー大統領や今年行われたイランの国会議員を選出する選挙も国民の声がきちんと反映されたものとは言えないものでした。けれども、少なくとも2013年の選挙は、国民に政策変更の是非を問いかけるものでした。ロウハニは、制裁を止めるという選択肢を国民に提示して、国民はそれを選んだために勝利しました。だからこそ、政策を変えられたわけです。

 ロシアや北朝鮮にはこのメカニズムがありません。だから制裁が政策の転換に繋がらないことになります。この意味では、制裁によってロシアの政策変更を期待することは諦めたほうがいいという結論になる。やはり、権威主義国家に政策変更を促すことは極めて難しい。

竹内 それが現実なのかもしれませんね。制裁の最大の効果が政策変更ですが、実際には制裁はその目的のためのツールの一つであると考えます。そして、先ほども議論しましたが、制裁の目的や効果を細分化することは、制裁を理解するうえでとても重要だと思います。制裁をかける側が民主主義国家の場合、制裁には世論の支持が必要です。制裁の目的と効果については、いわば「最終目標」である、制裁を通じて対象国政府の行動を変えさせることに世論の目が行きがちだと思うのですが、実は制裁は最終目標の実現のためのツールの一つであるということ。

 ロシアの例で言えば、その最終目標を実現するために、「継戦能力を削ぐ」、そのために「貿易額を減らす」というような段階的な目的があると思います。制裁に対する世論の支持を得るためには、政府がその点を整理して、説明していかないと、制裁をかける側の国の世論が先に制裁疲れを起こしてしまうような気がします。

 そして、制裁による政策変更が期待できないとすると、ロシア制裁は継戦能力を奪うことに重きを置くべきなのかもしれませんね。

 

いかにしてロシアの継戦能力を奪うか

鈴木 継戦能力は、つまりはお金と弾ですよね。それらがなくなれば戦争を続けられなくなるので、資金と武器を止めることがやはり制裁のカギになります。

しかし、このうち資金の流れを止めることはもう期待できないでしょう。先ほどの繰り返しになりますが、制裁によってロシアの資金を途絶えさせようとすれば、無数に存在している制裁の迂回路をすべて塞がなければなりません。それを可能にするのは二次制裁をかけることですが、できない以上ロシアが戦争の資金を稼ぐ方法はいくらでもあります。

 ロシアに弾切れを起こさせることについては、一定程度は成功していると見ています。ロシアの武器生産能力は西側諸国からの輸入に相当依存しています。特に半導体が入手できないことの影響は大きいでしょう。他には潤滑油、戦車の部品にも使われる自動車部品の輸入がストップしていることが特に効いています。

 しかし、ここにも迂回路はあります。いわゆる第三国を経由した迂回輸出ですよね。例えば、西側諸国で製造された半導体がカザフスタンやモルジブなどを経由して輸出されています。これを止めるのは制裁の執行の役割ですよね。

 どう考えたって、インド洋に浮かぶ小さな島国モルジブに大量の半導体が行くなんておかしな話ですよ。これを止めないほうがおかしいのですが、未だに迂回輸出が続いていることに問題があると私は思っています。

 このあたりの執行を強化すれば、弾切れを加速させることは可能だと思います。ロシアは毎日あれだけ弾を撃っていますから、自然に弾切れは起きるんです。けれども北朝鮮からは弾薬、イランからはドローンを買うなどしてロシアは継戦能力を維持している。資金も武器も制裁で完全に止めることは今のところ難しいのが現状ですね。

竹内 つまり、ロシアは今議論してきたように資金も得ているし、さらに、武器・弾薬に関しても補給路を確保しているということですね。北朝鮮によるミサイルや弾薬の輸出は、ロシアによる北朝鮮との衛星協力などと共に明確な安保理制裁違反ですが、まさにそれを安保理常任理事国であるロシア自身が進めていることはとても憂慮すべき自体です。それに加えて、隣国間での移転なので、安保理決議の違反であるにもかかわらず止める術がありません。

 制裁を受ける側もそれが長く続くと適応していくところがありますね。経済体制を変えたり、レジリエンスを付けていったりすることもある。制裁をデザインした側が意図していなかった効果だとも言えますね。

鈴木 その通りですね。制裁の効果は、落差によって変わってくるのだと思います。制裁によって、企業の収益や自分たちの生活水準が落ちたときには、制裁の効果を実感します。ですから最初の落差には大きなインパクトがありますが、一度耐えてしまうと今度はそれがスタンダードになってしまう。

 日本の例が適切かどうかはわかりませんが、第二次大戦中の日本社会も似たところがあったのではないか。食料が不足して配給制になっても、それによって国民が反戦運動を展開したのかと言えば、まったくそんなことはなかった。結局その暮らしに慣れてしまって、それが当たり前の生活になった。人間は不便な生活を強いられても、それに適応しようとして、慣れてしまえば何とかなってしまうところがありますよね。

 

権威主義国とメディア

竹内 先ほどの「民主主義は制裁に弱い」という鈴木先生のご指摘を聞いていて気が付いたのですが、やはりメディアが持っている力は看過できないですよね。権威主義的な国では、政権が国営メディアを握って世論を操作しています。そうした国では制裁を課されるほどに、苦境にあえぐ国民に向けて「悪いのは制裁をかけた相手国だ」とメディアを通じて喧伝するわけです。結果として制裁が政権の権威をかえって高めてしまう可能性すら出てくる。どこまで本当に信じているのかは別として、北朝鮮の国民は「悪いのはアメリカだ」という政府の主張をずっと聞かされ続けています。「北朝鮮にいる間は、自分たちの生活が苦しいのはアメリカが主導する制裁のせいだと思っていて、アメリカへの憎悪を募らせたし、ミサイル発射実験のニュースを見ると愛国心が沸いた」と話す脱北者もいます。

 今、ロシアのメディアも同じことをしていますよね。ロシアは開戦直後、報道を規制する法律を制定し、ウクライナに関して「戦争」「侵攻」と呼ぶことすら違法としました。反戦的な報道や、ロシア軍に関するネガティブな報道は処罰の対象です。このような厳しい統制下で、ロシアの主要メディアは「悪いのはNATOであり、ウクライナであって、我々は西側の脅威に対抗するための行動しているのだ、自分たちの領土を取り戻そうとしているだけだ」と繰り返している。その影響なのか、国民のあいだにも民族主義的な感情が台頭してきていて、今のプーチン体制をむしろ説得的に支持してしまっていると感じています。

 なぜイランではそれが起きなかったのでしょうか。イラン国民は海外のメディアに触れる機会が多かったために、政権の言い分に対しても懐疑的な視点を持ち得たということでしょうか?

鈴木 権威主義国が体制を維持できているのは、まさにメディアをコントロールして情報を制限しているからですよね。「今こういう苦しい思いをしているのは、制裁をかけている国のせいである」というプロパガンダをやることで、国民の意思を操作することができている。ロシアや北朝鮮は、それをやっているわけです。言わずもがなのことですね。

 それではイランの場合はどうだったのか。イランの政権は、1979年のイラン革命以来ずっと「アメリカは悪魔である」「すべてアメリカのせいである」と言い続けていました。街中のいたるところの壁には、「down with USA(くたばれアメリカ)」といったアメリカ批判のメッセージが刻み込まれているわけです。

 さらには核兵器の開発によって、経済制裁がかけられるようになると「皆がよく知っているように、アメリカのせいで苦しくなっている」といったプロパガンダを盛んに展開しました。けれども興味深いことに、イラン国民の不満は制裁をかけられた政権側に向かったんですよね。

 なぜそういうことが起きたのかと言えば、結局のところ、イランの市民社会が政権批判に向かうだけの抵抗力があったからだろうと思います。一昨年くらいから、イランではヒジャブ(女性のイスラム教徒が頭や身体を覆う衣類)が大きな問題になっていますよね。イスラム教徒の女性は、髪を隠さなければならないという解釈があります。イランはイスラム主義を基調とする国家ですから、体制側は女性にヒジャブの着用を義務化しています。それを破ると、学級委員のような風紀警察に逮捕され、罰が与えられることになる。

 女性たちはそれに反抗して、どんどんヒジャブを取って、髪を隠さずに街を歩いたりするわけです。イランにはこうした抗議活動が実際に起き得る市民社会が存在しています。政権や体制に対しても対抗力がある社会なので、いくら体制側が「アメリカが悪い」と言い募っても、「そんなことあるかいな。悪いのはお前らだ」と思っている人たちが山ほどいるわけです。そして選挙というメカニズムがあるので、政権がひっくり返ることが起こり得る。ですから、メディアも国民の意思を完璧にコントロールできるわけでありません。
やはり、市民社会が体制に対抗するだけの強さがあるのかどうかがポイントになっているのだと思います。イランにはそれがありましたが、ロシアにはそれがありません。第一次大戦前に活躍したアントニオ・グラムシというイタリアの共産主義の理論家がいます。ロシア革命が起こる前のことですが、彼は「西側諸国の市民社会は強固であるが、ロシアの市民社会はゼラチン状である」といった言い方をしていました。

 要するに、ロシアには市民が組織化して市民社会が権力に対抗するというメカニズムが基本的には働かないので、結局、前衛党である共産主義がゼラチン状の市民社会を一纏めにしないと、ロシア革命は成立しないと述べていました。グラムシの見立ては正しかったわけです。

 そういう市民社会の脆弱さとメディアによるプロパガンダの効果は連動していると思っています。結局のところ、ロシアの市民社会は未だにグラムシの時代と大差がないのかもしれません。

 翻って言えば、今のアメリカの市民社会にも脆弱さがどんどんが出てきている印象を持っています。例えば、FOXニュースのような偏りの大きいメディアの報道に踊らされている人がとても多いことを考えると、アメリカの市民社会のレジリエンスの弱体化を懸念せざるを得ないところがあります。

 こういうことが民主主義の危機といま連動しているのだと思うんですよね。今日の本題からはズレますが、市民社会の脆弱性が浮き彫りになるような現象が世界中で見受けられると感じています。

 

国連安保理制裁委員会専門家パネルに集う面々

竹内 次に話題を変えて、私も鈴木先生も委員を務めた経験がある国連安保理の制裁委員会専門家パネルについてお話ししていきたいと思います。先生は2013年から15年までイラン制裁委員会専門家パネルの委員をされていますが、どのような場だったのでしょうか? また、どのような経緯で委員に選出されたのでしょうか?

鈴木 イラン制裁パネルは、2010年に安保理決議1929に基づいてできました。パネルは8人で構成されていますが、その内訳はP5(国連常任理事国:アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス)+1(ドイツ)に加えて自由枠が二つありました。この二つは自由枠なので、誰がメンバーに入るのかは、自由に決めることができます。2010年に決議が採択された際は、日本は安保理メンバーだったこともあって、自由枠の1人は外務省から派遣された日本人でした。最後の1人はナイジェリア人でした。

 その後、日本とナイジェリアの人がそれぞれ辞めることになって、後任として日本――この枠を任されたのが私です――とヨルダンが入ることになりました。結果的に、日本は最初から最後まで制裁パネルのメンバーを務めることになったわけです。

 この時の選考過程はよくわかりませんが、私は外務省の推薦を受けて国連安保理の事務局に行き面接を受けています。自由枠ですから、他の国からも候補者が来ていました。審査の結果、私とヨルダンの方が選ばれることになりました。最終的には国連事務総長の決裁を受けて、安保理に新メンバーとして提案をします。安保理が承認すれば、制裁パネルのメンバーになるという経緯がありました。ちなみに私は、マリタイム(maritime:海事関係)と制裁指定団体の担当としてメンバーに加わっています。

 竹内さんが北朝鮮パネルに参加された際は、どのような経緯がありましたか?

竹内 北朝鮮パネルは2009年に始まりましたが、当初七つあった枠はP5と六カ国協議(日本、アメリカ、中国、ロシア、韓国、北朝鮮)の構成国、すなわち、P5と日本、韓国の委員が発足から現在まで一名ずつ参加しています。途中から北朝鮮パネルでもマリタイムが重要だということになり、2012年に専門家を1名増やすことになりました。ここは、「グローバル・サウス」すなわち国連でいう「南側」の国から選ばれることになりました。これまで、南アフリカ共和国と、シンガポール出身の委員が務めましたが、とても優秀でしたね。

 私が2016年に、核問題担当のパネル委員として選出された頃の選考方法は、イラン制裁パネルの頃とは少し違っていて、国連安保理の事務局のほうでも候補者を募っていました。私は、国連側から声をかけていただきました。お話をいただいたとき、私は在韓日本大使館に防衛省から出向し、外交官として勤務していました。私の韓国語や中国語の能力に加え、日本政府で、北朝鮮やイランの制裁の履行や不正輸出に関する調査の経験があることを評価してくださったようです。

 最終的には各国政府からの推薦者、国連側の選抜者のプールの中から選考されることになり、書類審査や電話でのインタビューを経て採用されました。ちなみに北朝鮮制裁パネル委員には、防衛省を辞めて参加していました。

 今の国連は、公募サイトを使ってさらにオープンに人材を集めています。国連としては北朝鮮に限らず、他の監視パネルについても、広く候補者を集めるという方針を出していて、多くのパネルのポジションについて、ここで広く人材を募っています。北朝鮮パネルの場合、現在まで、パネル発足時からの構成国である7カ国は変わっていませんが、私の在任時の米国の委員も、政府の推薦ではなく国連側の候補者でした。

鈴木 まぁ立て付けとしては、そうなっていますけどね。イラン、北朝鮮、それからリビアにしても政治パネルなので、広く人材を集めるというのは建前であって、実質的にはそんなことはなかった印象があります。このあたりは、国連の公式見解と現実にはいろいろな乖離があると感じています。

 イラン制裁パネルは、2015年にイラン核合意が成立してイランへの制裁が終わったことで、パネルそのものが存在していません。なので私などは、思い出話として好き勝手なことを言いますが、パネルに参加しているメンバーのなかには必ずしも優秀とは言えない人もいました。ロシアなどは、最初からすごく後ろ向きでした。決議には一応賛成しているので、パネル設置には同意しているわけですが、ことあるごとにいろいろな嫌がらせをしたり非協力的な態度をとったりしていました。それ以外の国でも、とても適切な人事だとは思えない人がメンバーにはいたというのが、正直なところです。

 その反面、本当に優秀な人もいました。今のジョージアのサロメ・ズラビシュヴィリ大統領は、イラン制裁パネルで私の同僚でした。彼女はすごく変わった経歴の持ち主です。フランスとジョージアの二重国籍で、元々はフランスの外交官としてキャリアを積んでいました。ジョージアの首都トリビシにフランス大使として赴任しますが、任務が終わった後にジョージアの外務大臣に就任するんです。

竹内 その方のお話は、北朝鮮パネルでも聞いていました。そんなとんでもないことが起きるのですね。

鈴木 その後はさすがにフランスの外務省に戻ることはなかったのですが、今度はフランス政府の推薦を受けて国連安保理のイラン制裁パネル委員になります。こうして、我々と同じパネルのメンバーとして働くことになったわけです。イラン制裁パネルの仕事が終わると、彼女は2018年のジョージアの大統領選に出馬します。それに勝利して、大統領にまでなってしまうんです。非常に優秀というか、とてつもなく凄い人でした。パネルは優秀な人ばかりではないけれども、飛び抜けた人物もいる、そんな世界でしたね。

竹内 私も同感ですね。入ってくる人の中には、「なんでこの人が?」という例がけっこうありました。専門知識が限られた人もいましたし、自国の外交上の意向を受けて動いていたメンバーもいましたから、そういう人に自国の意向を押し退けてでも独立した専門家として働いてもらうことを期待するのは非常に難しいものがありました。それだけに、パネルの調査報告書をまとめる際の議論や交渉は毎回最後まで大変でした。ただ、中国やロシアの委員でも、安保理決議や証拠に基づく調査結果は尊重するという立場を取る委員もいて、そうした委員とは意見が対立しても議論ができましたし、学ぶことも多かったです。

 韓国のパネル委員は必ず外務省からの出向者なので、どうしても自国の政権の動きに左右されてしまうところがありました。大統領が朴槿恵から文在寅になった流れのなかで、パネル委員の立ち位置にはずいぶん変化がありました。私の場合は、役所を辞めて来ていたので、そこは独立性を自分で担保して務めることができたと思っています。いずれにしても、とても得難い経験ができたと思っています。

 

北朝鮮はサイバー空間で外貨を稼いでいる

鈴木 長く続けられている北朝鮮への経済制裁について言及されたいことはありますか?

竹内 北朝鮮制裁に関しては「北朝鮮制裁は効いていない」という見方が根強くありますが、私は「それは嘘だ」と主張しています。北朝鮮の場合は戦争をしているわけではないので、継戦能力を削ぐという観点ではなく、大量破壊兵器に用いる物資の調達を禁止したり、収入源となる貿易量自体を減らしたりすることで、相対的にこうした活動のコストを上げることが制裁の目的になりますが、ここに関しては成果が上がっています。

 北朝鮮の輸出額は2016年には35億ドルありましたが、直近の数字ではそれが3・7億ドルまで減っています。これは揺るぎない事実です。北朝鮮が制裁への対抗策として、産業構造を変え国連が禁輸対象とした物品以外の輸出を増やしていることは事実ですし、22年から23年にはコロナ禍での貿易制限による落ち込みから回復してきたと指摘されています。例えば、2023年には、中国向けにカツラやつけまつげなどを1・7億ドル相当輸出しています。この輸出額は22年の10倍以上に増加しました。ただし、同時に貿易の内訳を見ると、23年には中国からカツラの原料となる人毛を1・6億ドル輸入しています。ですからカツラの輸出によって多額の外貨を稼いでいるわけではありません。やはり、経済制裁は北朝鮮の外貨獲得能力を大きく引き下げていると見ることができる。

 北朝鮮の石炭輸出については、度々「制裁破りだ」として大きく報じられています。しかし、そこで得られている収入は数億ドル程度と見積もられています。制裁がなければ、本来12億ドルを超える額を輸出できていたわけです。やはりここでも制裁が効いていると私は考えています。

 ただし、北朝鮮はサイバー犯罪や、安保理決議に違反して海外に派遣されたIT技術者の業務請負でかなりの外貨を獲得しているとされています。ある企業の調査によれば、北朝鮮は暗号資産の窃取だけで2022年には17億ドル、23年には10億ドルを得たと言われています。この額ですら、判明しているのは氷山の一角だと考える専門家もいます。さらに、海外で働くIT技術者は一人当たりで数千ドルの月収を得ているとされます。

 そうすると、サイバー空間上の活動で、北朝鮮は制裁強化前の輸出額の半額に相当する外貨を得ているわけです。ハッカーやIT技術者は安保理決議の制裁対象組織に所属していますが、各国の監視や捕捉が難しいこともあり安保理による制裁下でも十分な対応ができていないのが現状です。アメリカなどは北朝鮮のハッカー集団やIT技術者の海外派遣の関係者に単独制裁を実施していますが、完全に捕捉するのはかなり難しい。

 また、制裁の効果に関して、暗号資産特有の課題も明らかになってきました。北朝鮮にはラザルスと呼ばれるハッカー集団がいて、彼らはオンライン上の取引にトルネード・キャッシュ(仮想通貨の送金元を匿名化するミキシングサービス)を使っています。2022年から23年にかけて、アメリカは、トルネード・キャッシュを制裁指定するとともに、トルネード・キャッシュの創立者3人をオランダと共に訴追しました。しかし、これだけの措置を取ってもなおトルネード・キャッシュの操業は停まっていません。

 トルネード・キャッシュの場合、ある国の管轄下にある集権的なシステムではなくて、特定の国に属さない分散型で、あらかじめ設定されたルールに基づき自動的に取引が処理されるシステムを取っています。そのため、どこかの国の政府が自国内で活動を停止させてもどうしても生き残ってしまう。暗号資産の世界における制裁の限界を突き付けられたかたちになっています。

 さらに23年8月から北朝鮮は国境の往来を再開しました。IT技術者は、少人数のグループで海外に派遣されるので、目立たずに移動して現地で潜伏することができます。そのため海外での活動が活発化する可能性があります。このように、サイバー空間上の活動は、北朝鮮制裁の実効性を揺るがす大きな課題と言えます。

鈴木 北朝鮮制裁に関して言えば、核・ミサイルの開発を止めるという最大の目的は達成できていないことになる。けれども、先ほども議論したように制裁は政策の変更だけが目的ではありません。北朝鮮の核・ミサイルの開発のハードルを上げることやコストを高めることも、制裁の目的です。その部分については、制裁は一定の効果が出ていると見ることができます。

 そもそも北朝鮮のような独裁体制においては、政権に政策の変更を促すことは難しいわけです。けれども、核・ミサイルの開発能力を削ぐことは可能で、それは無意味ではありません。制裁が金正恩体制に対する圧力にはなっていることは確かで、北朝鮮も制裁解除を求めているのは、やはり制裁が効いている証拠だと私は思っています。

 トルネードキャッシュの話は、制裁の難しさを象徴していますよね。ドル制裁はドルを使っている対象に効果が見込めますが、暗号通貨のようなものを使ってドル以外の手段で決済する場合には何の効果も望めません。分散型によって迂回路が格段に増えていて、生き残ってしまっているというご指摘はまさにその通りですよね。アメリカも完全には捕捉できませんから、絶滅させることは不可能でしょう。結果として、北朝鮮のメリットになってしまっている。

 

国連安保理が機能しないのは当然?

竹内 最後に国連安保理の機能についても考えてみたいと思います。鈴木先生は今の国連安保理についてはどのように見ていらっしゃいますか?

鈴木 ロシアのウクライナ侵攻は、国連の立て付けを完全に無意味なものにした大きな転換点だったと思います。国連は、常任理事国(P5)が国際社会全体の安全と平和に責任を負うことが前提になっています。国連憲章に明示的に書かれているわけではありませんが、基本的にはそういう構造になっています。

 P5には拒否権が与えられています。アメリカが国際連盟に参加しなかった苦い経験から、アメリカを国連に縛り付けておくために拒否権があると説明する人もいます。ここにはいろいろな評価があるのでしょうが、P5にはそれだけの特権を与えられています。なぜその特権があるのかと言えば、常任理事国は国際社会の平和と安全に関する措置については、共同して責任を持つことが期待されているからです。

 拒否権の発動は、その案件がP5の個別の利害と国際社会全体の利害が一致していないことを意味しています。拒否権という言葉は定着していますが、言い方を変えると5カ国が一致していない状態を指しています。結局、国連はP5が一致して初めて効果を生み出すことが可能になるわけです。

 しかし、常任理事国であるロシアは自ら戦争を起こして国連憲章をあからさまに破りました。憲章に書かれていることを一つひとつ横紙破りしていったわけです。そんな国がP5の中にいること自体おかしな話です。私は、小手先の変革で国連安保理を立て直すことができる段階は過ぎ去ったと思っています。

 国際秩序の根本は「rule of law(法に基づく秩序)」が成立することにありますが、今は19世紀以前の「rule of power(力に基づいた秩序)」の世界に戻ろうとしている。そんな世界では国連が機能しないことは、当然なのかもしません。
もちろん、国連には安保理以外にも他にいろいろな機能がありますから、安保理が機能しないことをもって国連全体が機能しないとは言いません。しかし、少なくとも常任理事国が一致して国際の平和と安全を守るという立て付けはさすがに限界がきているのではないか。

竹内 まさに「rule of the law」の原則に立ち返るのであれば、さらに進んで、国連憲章に忠実に、紛争当事国は紛争の解決に関する安保理の決定に参加できないという憲章27条の規定を厳格化するルールを定めることで機能を回復させることもできるのではないかとも考えます。しかし、ウクライナ戦争でロシアに対しそのような対応ができなかった理由として私が関係者から聞いたのは、それが前例となれば、米国にとって諸刃の剣になってしまう、すなわち、自国の利害が絡む紛争に関する議決に参加できなくなることを恐れたからだと聞いています。このように、国連憲章の規定でさえも実行が難しいのが、安保理のパワーゲームの現実なのだと感じています。

鈴木 国連憲章を変えることは、日本国憲法を変える以上に難しいと思っています。今の竹内さんの提案は、要するに利害関係国が建設的に棄権するというやり方ですよね。ルール上それが可能であったとしても、私は理論上ものすごく難しい問題を抱えていると思っています。

 今のウクライナ戦争を例にとると、ロシアを除いた常任理事国4カ国と非常任理事国10カ国を合わせた14カ国で決議をして採択された場合、ロシアと国連が戦うことになります。果たしてそれでいいのか。NATOですら、ロシアと直接戦争する気はないわけです。なぜなら核抑止が効いているからです。ロシアと直接戦火を交えることになったら、エスカレートして最終的には核戦争になってしまう可能性が出てくることになる。

 ですから、国連とロシアが戦争することは、核戦争に至るようなリスクを秘めていると思っています。それはかなりヤバいことではないかと私は考えています。

 

ロシアは国連の権威をドブに棄てた

竹内 私は逆に、そういう帰結がある可能性があるということは、制度を作らない理由にはならないのではないかと考えています。鈴木先生が一つの帰結として挙げられたのが、安保理がロシアに対し国連憲章に基づく軍事的措置をとると決定した場合です。そうでない帰結、例えば、ロシアに関する非軍事的措置すなわち経済制裁を決定する可能性もあるのではないでしょうか。その場合、今日議論してきたような、有志国による制裁の弱点を補えるのかもしれません。

 私は、国連がこれまで戦争や、武力紛争の解決のために果たしてきた役割の重要性を評価しています。国連の介入だけですべてが解決するわけではない現実も見てきましたが、国連の持つ権威や、全加盟国が、各国の外交政策や意思を超えて従わなければならない安保理決議は大きな役割を果たしてきました。今まさにそれを司る安保理の機能が損なわれていることに極めて不安を感じています。同時に、理想論ですが、この危機を世界が乗り越え、国連がここで得た教訓を活かす方法がないのか考えています。その意味で、安保理において憲章の規定を厳格化するルールのような、現行のシステムを変える制度をつくらないでいることにもリスクを感じています。ただし、今の状況ではそうした変革が到底実現するとは思えないことには、私も同意します。

鈴木 国連という組織は、権威や信用が大事になるのだと思っています。かつてスターリンは「ローマ法王は何個師団を持っているのだ?」といった発言をしたことがありました。ソ連の軍事力を前にすれば、ローマ法王の権威など恐れるに足らないという超ミリタリー・リアリスティックな発想を彼は持っていたわけです。要するにスターリンは、権威というものをまったく無視していたわけです。

 国連にしても、具体的な力を持っているわけではありません。それでも国連のあの青い旗にはそれなりの価値がありました。なぜなら、国連による決議はみんなが守らなければならないと思わせるだけの権威だったからです。実際に守るかどうかは別として、そう思わせることが大事です。そして、国連がそうした権威ある組織であり続けるためには、常任理事国が国際社会の平和と安全に責任を持つことが大前提になります。

 つまりロシアは、国連の権威を完全にドブに棄てたわけです。そうすると国連は、現実的な力も権威もない組織に成り下がってしまうことになる。最大の問題はここにあると私は考えています。

 

北朝鮮制裁パネル事実上の廃止について

――「対話」収録後の3月28日、国連安保理で行われた北朝鮮制裁パネルの任期1年延長決議案の採決で、北朝鮮と軍事協力を深めるロシアが拒否権を行使した。北朝鮮制裁パネルは事実上、廃止される見通しとなった。この件に関してお二人にコメントを寄せていただいた。

竹内 パネルは安保理決議で任期を1年ごとに延長する必要がありました。今回この決議が、ロシアの拒否権により否決されたために、現在のパネルの任期が満了する4月末までに再決議がなされなければパネルの活動が終了します。これは極めて深刻な問題です。鈴木先生が指摘された、ロシアの態度の変化はここにも表れたと思います。私がパネル委員として、21年まで見てきたロシア政府やロシアのパネル委員の態度は、安保理決議やそれに基づく枠組みは尊重するという態度でした。今回は、国益のために安保理決議の実効性を支えるパネルの活動を停止させる対応を取りました。

 北朝鮮は、ロシアへのミサイルや弾薬などの武器の輸出や、衛星打ち上げなどの宇宙協力の推進など、まさに北朝鮮制裁の最も根幹的な内容に関する違反を公然と行っています。その中で北朝鮮パネルがなくなれば、制裁の監視と公表という二つの重要な機能が欠けてしまいます。制裁違反が増加し、より深刻な違反も増えるでしょう。

 各国も監視は行えますが、パネルの持つ中立性や、安保理決議に基づく調査は代替できません。自国に利害関係のない事案まで調べる国は限られますし、外交上の理由から、すべての国の制裁違反を公表することは難しいでしょう。また、パネルの調査に対しては、情報提供などの協力をすることが安保理決議で求められています。このような機能はパネルだけが果たせる役割です。

鈴木 私が委員を務めたイラン制裁専門家パネルは、イラン核合意の成立によって解消するという、最も望ましいかたちで消滅しました。しかし、北朝鮮制裁専門家パネルの終わり方は最も望ましくない終わり方と言えると思います。対談の中でも述べた通り、ロシアは国際社会における責任を放棄し、自国の都合のために核不拡散体制を維持するために必要と考えられてきた、国連安保理による制裁を否定したことになります。国連安保理の制裁の効果が限られているとは言え、対談の中で竹内さんがおっしゃった通り、北朝鮮の核・ミサイル開発のコストを上げ、その実現を遅らせるという目的は十分機能していたので、ここで制裁を監視する専門家パネルがなくなることは残念だ。

 専門家パネルは制裁を監視するだけでなく、各国に対して情報提供や協議を行うことで、制裁の履行を強化することが目的だが、そのパネルがなくなってしまうことは、北朝鮮制裁に違反しても構わないというメッセージになってしまう。そうなると北朝鮮制裁だけでなく、国連安保理による制裁全体の実効性が疑わしくなってしまう。その意味でも、ロシアの態度は極めて無責任と言わざるを得ない。(終)

 

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