コロナが加速させたデジタルプラットフォームの記事対価論争――強まるグーグルとフェイスブックへの包囲網【本間圭一】

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『公研』2021年3月号

北見工業大学教授 本間圭一

 グーグルやフェイスブックといった巨大IT企業が扱う報道記事の対価に注目が集まっている。これまでデジタルプラットフォーム上に掲載され、広告収入を稼ぎだしてきた記事が世界規模で客観的に値付けされる兆しが出てきたためだ。報道機関の業績を悪化させている新型コロナウイルスが同時にニュースの価値を見直す動きにつながるかもしれない。

 新型コロナウイルスの感染拡大は、様々な業界で、収益を上げた「勝ち組」と業績不振の「負け組」を生んでいる。ウイルスの蔓延から1年がたち、報道業界でもその明暗が明らかになってきている。

 「勝ち組」の代表格は、米紙ニューヨーク・タイムズだ。今年2月の発表によると、2020年のデジタル購読は年間として史上最多の230万件あり、紙と合わせた購読件数は750万件を超えた。コロナ禍で広告収入は落ち込んだが、デジタル版の有料購読者が増えたことで、営業利益は前年比0・9%増の2億5060万ドル(約266億円)を確保した。このほか、英紙フィナンシャル・タイムズは、コロナ関連の記事閲覧を無料化し、有料購読者数を増やした。スウェーデン紙ダーゲンス・ニュヘテルはデジタル版契約が好調で、過去最大規模の収益の見通しと伝えられている。共通点は、ニュース配信のデジタル化を進め、有料購読で収益モデルを確立してきたメディアであることだ。新型コロナウイルスの拡大でニュースへの需要が高まり、有料購読者が増えたことで収益が伸びた。

 一方、「負け組」は、主に紙の広告収入に依存している新聞や、スポット広告が主体のテレビ局だ。米ノースカロライナ大学の「ジャーナリズムとメディアのハスマン校」の調査によると、米国では、コロナ禍により、2020年4、5月に廃刊または買収された新聞は少なくとも30紙あり、一時帰休または解雇されたジャーナリストは数千人に上るという。米国では新聞不況が続いており、信頼できる情報を入手できない地域「ニュース砂漠」がじわじわと広がる。英国では、かつて有料紙の市場を席捲した無料紙が広告収入の激減で壊滅的な打撃を受け、韓国でも、新聞協会が政府に対し、経営が悪化した新聞各社への支援を要請したと報じられた。米主要50紙への調査によると、デジタル版の購読収入は、紙も含めた全購読収入の3%に過ぎず、収益化に至っていない。他国も同様の傾向にあるため、多くのメディアが「負け組」に入るか、それに近いとみられる。

巨大プラットフォーマーが報道機関から広告収入を奪っているのか

 こうした中、世界的な話題となったのが、オーストラリア当局の対応だ。競争・公正取引監視当局「豪競争消費者委員会」が昨年7月、報道機関の記事を使用するグーグルなどのプラットフォーマーに対し、使用料の支払いを義務付ける法案を提起したのだ。使用料を確定するため、報道機関が単独または団体で、プラットフォーマーと交渉する権限を認めるとともに、プラットフォーマーが検索後の掲載順位を変更する設定を行う場合に報道機関に通知し、ニュースを検索する利用者のデータを報道機関と共有するという内容だ。

 中でもメディア関係者を驚かせたのは、強力な仲裁条項だ。記事使用料を巡るプラットフォーマーと報道機関との交渉が決裂した場合、政府が指名する仲裁者が使用料を決定するというものだ。ロッド・シムズ委員長は「報道機関と大手デジタル・プラットフォーマーとの間には根本的に交渉力の不均衡が存在する」と発言しており、グーグルやフェイスブックが圧倒的な媒体力を武器に、一方的に記事の使用料を決め、報道機関に押し付けているとみている。このため、仲裁者が報道機関寄りの裁定を出す可能性は高く、法案には、コロナ禍で収益が悪化する報道機関の救済を狙った側面もある。

 実際、オーストラリアのメディア企業の多くは「負け組」の様相を呈していた。豪州西部パースを拠点にテレビや新聞を所有する「セブン・ウェスト・メディア」(以下、セブン社)の2019年7月─20年6月期の税引き前利益は前年同期比54%減の9870万ドルとなった。コロナ禍で広告収入の激減が影響した。メディア王、ルパート・マードックが率いる複合メディア企業「ニューズ・コーポレーション」(以下、ニューズ社)のオーストラリア支社は昨年4月、所有する約60紙の印刷を停止し、デジタル版に切り替えると発表した。オーストラリア支社のマイケル・ミラー会長は「我々は、コロナによるロックダウン(都市封鎖)とともに、グーグルやフェイスブックが地元メディアの記事に十分な対価を支払っていないというダブルパンチを受けている」と批判していた。豪競争消費者委員会に今回の法案策定を要請したのは、保守系与党連合を率いるスコット・モリソン政権であり、与党・自由党は国会での可決に向け、法案審議に乗り出した。

 ソーシャルメディアを扱う巨大IT企業が、報道機関の記事を格安で購入し、それを元手に莫大な広告収入を稼いでいるという批判はオーストラリアだけではない。欧州連合(EU)は2019年、インターネット上の著作権を強化する指令を出し、大手IT企業に対し、著作権料の支払いを義務付け、著作権を侵害するコンテンツの削除を命じた。これを受け、フランスの競争当局は2020年4月、グーグルに対し、記事の著作権使用料を支払うため、報道機関と交渉するよう命じた。フランスでもコロナ禍で業績不振に陥る新聞が相次いでおり、政府はプラットフォーマーが適正な使用料を負担すべきとの動きを強めている。

 背景にあるのは、巨大なプラットフォーマーが報道機関から広告収入を奪っているとの批判だ。グーグルの場合、収益源の大半は広告だ。視聴者のページビューが増えれば、広告単価は上がり、増収が可能となる。グーグルの収入は2020年、過去最多の1816億ドル(約19兆2500億円)に達し、過去10年間で6倍も伸びた。このうち、広告収入の割合は81%に上り、ニュースなどのコンテンツをそろえ、広告収入を上げるビジネスモデルが奏功した形だ。一方で、米調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、米新聞業界の広告収入は2018年、143億ドル(1兆5160億円)で、過去10年間で62%も下落した。プラットフォーマーが安価にニュースを仕入れ、それを呼び水に広告収入を増やしたことで、新聞からプラットフォームへ広告出稿が移動したというのが一般的な見方となっている。オーストラリアでも、2018年の調査で、同国広告主の支出額の49%がグーグル、24%がフェイスブックにそれぞれ流れ、両社で広告市場の7割を占める状況になっていた。

 批判の矢面に立たされたグーグルは動いた。10月になり、CEO(最高経営責任者)のサンダー・ピチャイが「ニュース・ショーケース」を創設するとの声明を発表した。メディアに3年間で計10億ドル(約1060億円)を支払って記事を提供してもらい、これを読者に無償提供する配信サービスだ。ドイツとブラジルでサービスを開始し、すでに200社がプロジェクトへの参加を表明したという。ピチャイは声明の中で新聞の見出しを読むのが好きだったという少年時代のエピソードに触れながら、「国境を越え、世界の情報を入手しやすくするのがグーグルの使命だ」とこのサービスの意義を強調した。しかし、ニューヨーク・タイムズは今回の発表の背景として、「何年にもわたって記事に対して適正な対価を支払っていないとの批判があった」と論評した。巨額な資金の投入で、世界で広がるプラットフォーマー批判をかわす狙いがあったとみる向きが強い。

 それでも、オーストラリアのモリソン政権は法制化の動きを止めなかった。ニュース・ショーケースに参加するメディア企業との契約内容は公表されておらず、当事者間の交渉に任せておくと、コロナ禍で疲弊する弱小の報道機関が、グーグルの提示する金額を呑まざるを得ない状況が生まれると考えたためだろう。グーグルとフェイスブックは、法制化の動きに反発し、豪州内で自社のサービスを停止する方針を示し、対立は深まった。

 だが、今年に入ると状況が一変する。1月にはフランスで、日本の高裁にあたる控訴審の命令を受け、記事使用料を巡るグーグルと報道機関121社との交渉がまとまった。2月に入るとオーストラリアで、セブン社が、グーグルと長期契約を締結し、ニュース・ショーケースに参加すると発表した。大手豪メディアとグーグルの合意は初めてだった。その2日後には、ニューズ社がグーグルに記事を提供し、その使用料を受け取り、広告収入も分け合うことで合意したと公表した。契約期間は3年で、グーグルの支払額は数千万ドル(数十億円)に上ると報道されている。ニューズ社CEO(最高経営責任者)のロバート・トムソンは今回の合意について、「世界のジャーナリズムに良い影響をもたらす」と成果を強調した。グーグルと大手IT企業との相次ぐ電撃的合意は速報で世界に伝わった。

「グーグルが報道機関の圧力に屈した」?

 ニューヨーク・タイムズは、対立から合意に至った要因として、「グーグルが報道機関の圧力に屈した」との見方を示している。同紙によれば、オーストラリアでは大手メディアと保守系政治家の関係は深く、今回の法制化に影響力を持つジョシュ・フライデンバーグ財務相は、セブン社のケリー・ストークス会長の息子の結婚式で花婿付添人を務め、オーストラリア出身のマードックは、自由党内の政争で政権を握ったモリソン首相を擁護する論陣を張ったという。豪州の著名な経済学者、ジム・ミニフィは「中道右派政権と大手報道機関との間には自然な連合が存在する」と解説している。コロナ禍で疲弊する大手メディアを救済するため、政府が動いたとみても違和感はない。プラットフォーマーにしてみれば、このまま対立関係が続けば、報道機関に通じたモリソン政権が攻勢を強め、厳格な法案が施行されるとの危機感が強まり、決裂前に歩み寄った可能性が強い。

 さらに、注目すべきは、グーグルがフランスとオーストラリアで示した妥結金額の違いだ。ロイター通信によると、フランスでは合意した121社のうち、1社あたりの平均契約額は年間約21万ドル(約2210万円)だが、オーストラリアのテレビ局2局だけで年間4700万ドル(約50億円)になったという。仲裁者が記事使用料を一方的に決定するという法案の強制力がオーストラリア・メディアの交渉力を高めたと言ってもよい。そうでもしなければ、報道機関は巨大なプラットフォーマーを前に不利な合意を迫られる現実を示している。

 オーストラリア国会は2月25日、報道機関の記事を使用するプラットフォーマーに記事使用料の支払いを義務付ける法案を可決した。豪州内でのサービス停止を表明したフェイスブックと妥協点を探るため、仲裁官の決定の前に2か月の調停期間を盛り込んだが、交渉決裂の場合に政府指名の仲裁者が使用料を決定する条項は残した。豪東部メルボルン近郊にあるモナシュ大学のジョハン・リドバーグ准教授(ジャーナリズム)は「仲裁条項がなければ、法案はこけおどしに過ぎなくなる」としており、強制的な解決方法を記した条文が、報道機関に有益な合意をもたらしたとの見方を示した。法案に抗議していたフェイスブックも前日の24日、今後3年間で10億ドル(約1060億円)を報道機関に支出する計画を示し、記事の対価を支払う姿勢を見せた。政府主導で自国報道機関の交渉力を事実上担保したことで得た決着だった。

 世界の新聞社や出版社が集まる非営利組織・世界新聞協会(WAN)によると、コロナ禍の中で、メディア企業の半数以上が新たなコンテンツの開拓に乗り出しており、デジタル化は今後一層加速することになる。また、米オレゴン大学ジャーナリズム・コミュニケーション校のダミアン・ラドクリフ教授(ジャーナリズム)は昨年、コロナ禍に関する調査結果を公表し、世界で2024年の新聞の広告収入は35兆9370億ドル(約3809兆円)となり、2019年比で27%下落すると予測した。広告収入が低迷し、デジタル化を進める報道機関は今後、プラットフォーマーからより高い対価を得ようとするに違いない。

 グーグルによると、日本の複数の報道機関もニュース・ショーケースに参加する予定で、近くサービスを開始するようだ。日本国内では今年2月、大手プラットフォーマーの取引の透明性を監督する法律が施行され、事業者との取引条件の開示などを求めた。しかし、一方的な取引に対する強力な制裁規定はなく、実効性が疑問視されている。他方で、民間取引に対する国家権力の過度の介入は、市場の公平性をゆがめるとの指摘もある。

 減収に直面する日本の報道機関も、世界的な巨大IT企業を前に、いかに媒体力や交渉力を持つかが問われそうだ。 (敬称略)

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