『公研』2025年4月号「issues of the day」
習近平国家主席は2020年9月の国連総会で、ダブルカーボン目標を発表した。2030年までの温室効果ガス排出量のピークアウト、2060年までのカーボンニュートラル実現という野心的な計画だ。温室効果ガス排出量世界最多の中国が、本格的に気候変動対策に取り組む意思表示として、世界的な注目を集めた。
ダブルカーボン目標発表から4年余りが過ぎた今、中国の再生可能エネルギー建設はすさまじい勢いで進んでいる。2024年の太陽光発電設備容量は2020年比250%増の886GW(ギガワット)に、風力発電は85%増の521GWに、水力発電は18%増の436GWに、それぞれ急拡大した。2030年までに太陽光と風力の設備容量を1200GWにするとの政府目標を6年前倒しで達成している。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、世界の再生可能エネルギー総設備容量は2024年末時点で約4448GWだが、このうち中国が約4割を占めている。
中国再エネ、歴史的な「経済的自立」達成
単に発電設備容量を増やすだけでは再エネは有効活用できない。天候や時間帯に左右される「間欠性」という固有の課題がある。いくら設備容量を増やしても、それを安定的に利用できなければ意味がない。中国はこの課題にも二つの方向からアプローチしている。一つはエネルギー貯蔵技術の開発、導入である。コンテナにリチウムイオン電池をつめた大型系統用蓄電池の大量導入、古くからある揚水発電のさらなる活用、さらには岩塩空洞に圧縮空気をつめてエネルギーを貯蔵するCAES、溶解塩蓄熱技術などの多様な技術の導入が始まっている。また、EV(電気自動車)を「動く系統電池」として電力網に接続するV2G(Vehicle to Grid)も研究対象として政策文書に盛り込まれている。
もう一つのアプローチが超高圧送電網(UHV)の建設だ。交流1000kV、直流800kV以上の超高電圧送電を行うことで、従来と比べて送電ロスは半減し、風力が豊富な北部、太陽光に恵まれた西部から電力需要が大きい東部沿海部へと効率的に送電することが可能となる。2024年末時点ですでに38ものUHVがあるが、さらに39路線のプロジェクトが進められている。貯蔵と送電、二つのアプローチを駆使することで、再エネ発電を使い切れずに起きた「棄風、棄光」(風力/太陽光発電の出力抑制)の比率も改善傾向にある。
こうした技術開発、インフラ建設の積み重ねの末、中国の再エネは経済的自立を成し遂げた。日本同様、中国も再エネ電力を固定価格で買い取るなどの優遇策を採ってきたが、次第に保護は縮小された。石炭火力と同等の発電コストとなるグリッドパリティを実現したとみられたためだ。今年2月の「新エネルギー売電価格の市場化改革の深化と新エネルギーの高品質発展の促進に関する通知」では、改めて再生可能エネルギーは原則的に火力や原子力による発電と同条件で市場取引されることが確認されている。
極端に価格が下がった場合には政府が補助することが盛り込まれているものの、再エネの発電コストはすでに火力に対抗できるレベルになった。すなわち経済的な自立を成し遂げたことを意味する。補助金が撤廃されても販売台数を増やし続けているEVを含め、中国のグリーン産業は保護されずとも自立し得る段階に達しようとしているのだ。
増え続ける石炭火力という課題
こう並べると、全てうまくいっているかに見えるが、発電〝量〟を見ると、石炭火力への依存という別の姿が浮かび上がる。最大発電量の理論値である「設備容量」で見ると、再エネは大きく伸び、水力、風力、太陽光の合計は石炭火力を上回っている。しかし、実際の「発電量」で見ると、石炭火力は全発電量の6割弱を占めている。以前と比べれば低下したとは言え、世界の主要国の中でもインドに次ぐ高水準である。しかも、石炭火力の発電量は年々伸び続け、新たな発電所も建設され続けている。
中国の電力消費量が増え続けていることが根源にある。中国はすでに世界最大の電力消費国であり、その規模は米国の2倍以上に達するが、未だに伸びは止まっていない。地域間格差が大きい中国だけに、中西部の経済建設が進めば電力需要はまだまだ伸びることは間違いない。中国政府は再生可能エネルギーの導入とエネルギー効率の改善には積極的だが、電力需要の抑制は考えていない。エネルギー消費を増やしながらも、技術によってカーボンニュートラルを実現するという考えだ。
経済成長と温暖化対策の両立はきわめて重要だ。特に新興国にとっては環境のために経済成長を断念することなど選択肢にはなく、中国の進む道は極めて魅力的なモデルとなり得る可能性を秘めているが、果たして実現できるのだろうか。巨額の投資を続け、大きな飛躍を実現しながらも、ゴールは果てしなく遠い。ジャーナリスト・千葉大学客員准教授