ガザ戦争と中東 アメリカ・イスラエルの
「特別な関係」とパレスチナの将来 【立山良司】【小野沢透】

B!

『公研』2024年8月号「対話

いまだ収束の気配を見せないガザ戦争

なぜアメリカはイスラエル支持を続けるのか

ガザ戦争が中東地域に与えた余波とは?

 


たてやま りょうじ:1947年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、在イスラエル日本大使館専門調査員、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)職員、中東経済研究所研究主幹を経て、1997年より防衛大学校教授。2013年退職。専門は中東現代政治。編著書に『エルサレム』『ユダヤとアメリカ』『イスラエルを知るための62章』など。


おのざわ とおる:1968年青森県生まれ。京都大学文学部史学科卒業、同大学大学院文学研究科博士後期課程退学。岩手大学人文社会科学部講師、ジョージタウン大学客員研究員(文部科学省在外研究員)等を経て、2017年より現職。専門はアメリカ史、国際関係史。著書に『幻の同盟 冷戦初期アメリカの中東政策』、共著に『アメリカ史:世界史の中で考える』など。


 

なぜアメリカはイスラエルを支持するのか?

 

 立山 本日は「ガザ戦争と中東:アメリカ・イスラエルの『特別な関係』とパレスチナの将来」をテーマに議論していこうと思います。

 2023年10月7日に、パレスチナ・ガザ地区を実効支配する武装組織のハマスが、前例にないほど大規模な越境攻撃をイスラエルに仕掛けました。その直後からイスラエルもガザへの攻撃を開始し、10カ月近く経過した今も停戦の気配を見せていません。

 この間アメリカは、一貫してイスラエルを支持する姿勢をとっています。バイデン大統領は、攻撃開始から約10日後の10月18日にイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相との会談を行い、大規模な軍事支援を米国議会に要請する旨を宣言しました。実際、イスラエルに対して毎年38億ドルの軍事支援に加えて、87億ドルの追加支援を決定しました。総額125億ドルという、非常に大きな規模です。

 アメリカはガザの民間人犠牲者が増えるにしたがって、イスラエルに対して一定の自制を求めていますが、武器の供与は継続して行われていますし、停戦を模索する動きは今年4月頃からようやく本格化しました。バイデン政権はイスラエルによるガザ地区への攻撃を止めることができていないどころか、かなり手厚い支援を継続して行っています。

 小野沢 そうですね。人道支援のための即時停戦を求める国連安保理決議も、アメリカが拒否権を行使し続けていたことで成立が遅れました。結果的にアメリカが棄権に回ることで昨年12月にようやく停戦決議が採択されましたが、それまでにアメリカは国際的な批判を受けました。このようにアメリカは、ときに国際社会から孤立しかねない状況に陥っても、イスラエル支持の姿勢を維持してきました。

 この背景にはアメリカとイスラエルの「特別な関係」が存在します。アメリカとイスラエルは正規の同盟関係にはありませんが、両国が実質的な同盟関係にあることを疑う人はいないと思います。そして、この米・イスラエル間の同盟関係は、両国の社会で広く支持されている、つまり社会的な基盤を有していることに大きな特徴があります。アメリカは他の中東諸国との間にも事実上の同盟関係を有していますが、これらは基本的に指導層や対外・安全保障政策エリートの間で構築された同盟、つまり「エリート間の同盟」という性格が強い。それらとは対照的に、米・イスラエル間の同盟関係は、社会的基盤を持つ同盟という点で特別と言ってよいと思います。

 現在、アメリカではイスラエルを支持する勢力は、二大政党を横断するかたちで広がっています。このような状況が出現した過程を簡単に振り返ってみます。アメリカの人口におけるユダヤ系の割合は約2%に過ぎません。それにもかかわらず、イスラエルを支持する勢力が超党派的に広がっているのは、ユダヤ系以外にもイスラエル支持が広がっているからです。その中でも重要なのは、キリスト教プロテスタントの福音派と呼ばれる勢力です。

 1960年代頃まで、アメリカのユダヤ系の人々は、その他のマイノリティと同様に民主党を支持する傾向にありました。しかも当時のユダヤ系は、アメリカ社会への同化を優先する傾向が強かったので、必ずしもイスラエルへの支持を強く打ち出していたわけではありませんでした。それでも、この頃までは民主党のほうが親イスラエル的な色合いが強かったと言えます。

 70年代から80年代にかけて、イスラエル支持の拡大につながる大きな変化が起こります。一つが、それまでは非政治的であったキリスト教福音派が政治的に活発化して発言力を強め、共和党支持層である保守派の重要な一翼を担うようになったこと。もう一つは、アメリカとイスラエルの保守派・タカ派が、超国家的な連携を築き始めたことです。加えて、この頃までには民主党支持のユダヤ系の人々も、イスラエル支持の立場を鮮明にするようになりました。このようにして、アメリカの政界は超党派的に親イスラエルになっていったのです。

立山 おっしゃる通りですね。1990年代に入ると、イスラエルはイランの核開発問題による実存的な脅威を理由に、自国がアメリカに支援されるべき存在だと売り込み始めました。また、冷戦の終結によってソ連というわかりやすい敵を失ったアメリカは、新しい敵を必要としており、それがタカ派の主張と上手く共鳴し、イランという共通の敵と戦うイスラエルを支持する傾向が強まっていったのです。

 

米以に根付く「テロとの闘い」という共通点

立山 加えて、今回の戦争も含めて、アメリカのイスラエル支持の背景には、20年来の「テロとの闘い」というコンセプトが大きく存在します。そもそも「テロとの闘い」という考えはイスラエルに存在していたものです。

 その発端となったのが、第二次インティファーダです。2000年に、後にイスラエル首相となるアリエル・シャロンが、パレスチナ側の反対を押し切ってエルサレム旧市街地内の聖域を訪れたことが発端となり、反イスラエル蜂起がパレスチナで起こりました。この第二次インティファーダにおいて、シャロン首相は「テロとの闘い」を掲げて、過剰とも言える軍事力をパレスチナに向けて行使しました。

 この「テロとの闘い」が9・11をきっかけにアメリカに移行されます。アメリカにとって9・11は、自国を揺るがすほど非常にショッキングな出来事でした。ここでテロ組織に対する強い憎しみがアメリカ社会で形成され、外交・安全保障政策において「テロとの闘い」が重要な柱となりました。

 この「テロとの闘い」というコンセプトによって、人権問題よりもテロ組織壊滅を優先させるべきであるとの主張が前面に出てきました。その延長として、ガザでの過剰とも言えるイスラエルの攻撃を、米国は支持してしまうというわけです。「ハマスによる奇襲攻撃はイスラエルにとっての9・11である」というレトリックもしばしば見かけますが、アメリカがガザ戦争を国vs邪悪なテロ組織という文脈で捉えていることを端的に表しています。

 小野沢 国家間戦争ではない戦争では、戦闘員と非戦闘員の区別がつきにくくなるという帰結も伴いますね。

 立山 要するに、イスラエルもアメリカも、自分たちがテロリストと見なす運動や組織に、同じような反応を示しているのです。相手がテロリストだから話し合いなどできるわけがなく、コミュニケーションは軍事的なやり取りでしかできないということですね。

 話し合いができないというある種の行き詰まり状態は、アフガニスタンにおけるタリバンとアメリカとの関係でも見られます。カタールを仲介役とした間接的な交渉は行われていますが、直接の交渉は未だ実現していません。この話し合いすらも拒絶するようなアメリカの考えは、ある意味でアメリカの対外政策を制約し、自分たちの手足を縛るような不利益をもたらしているとも言えるでしょう。

 小野沢 イデオロギーが対外政策にしばしば大きな影響を及ぼすのは、アメリカ外交の特徴の一つですね。ウィルソン大統領(任期:1913−21年)は、民主主義の原理に基づいて「戦争のない世界をつくる」というイデオロギーを掲げる外交政策を打ち出しましたし、冷戦期のアメリカは、自由を奉ずる西側陣営vs自由なき共産主義世界という図式を掲げつつ、「自由世界」の盟主として行動しました。

 だからと言って、これまでのアメリカはイデオロギー的に対立する国々との話し合いを必ずしも拒否してきたわけではありません。冷戦期には、ソ連との外交関係が存在していましたし、多くの場合、対立する国家とも非公式なチャネルなど何らかのかたちで対話はなされていました。イデオロギー的な敵対国家と絶縁状態となることもありましたが、それがアメリカの基本路線というわけではありませんでした。

 しかし、これが「テロとの闘い」となると、敵対する勢力とは対話もしないというのが基本路線になってしまいました。このようなアメリカの姿勢が、今日のパレスチナ問題の行き詰まりの大きな原因の一つになっているのではないでしょうか。

 立山 イデオロギー的な対立もそうですが、加えて「正と悪」という二項対立に持ちこみ、相手を悪魔化するような言説を好むのだと思います。悪魔とは対話による交渉はできない。だから、軍事的なコミュニケーションが必要なのだと。これは、対タリバン、対イラン、そして対ハマスにも通じる点です。

 

バイデンのイスラエル「愛」

 立山 さらに、今回の強固なイスラエル支持に関して言うと、バイデン大統領自身の思いが強く反映されていると考えられます。バイデンは「自分はシオニストである」と明言をしています。その背景には、バイデンが持つイスラエルへの敬意があるのでしょう。イスラエルに対して、アメリカ同様に移民を受け入れながら経済発展を遂げ、民主主義を充実させた国であり、多方面に敵対する勢力がいる中で一緒に戦い抜いてきた同志のような感情を抱いているのです。これはバイデン世代のオールドリベラリストの間で強く見られる傾向があります。

 小野沢 アメリカには、キリスト教の教義に照らしてイスラエルに宗教的に特別な意味を見出す勢力が19世紀以前から存在していました。バイデンがこれに当てはまるかはわかりませんが……。また、イスラエルの歴史をフロンティアの開拓などのアメリカの歴史に引きつけて理解しようとする言説も早くから現れていましたから、宗教的な立場とは無関係にイスラエルに親近感を抱いているアメリカ人が多いことも間違いないと思います。

 それにしても、なぜバイデンが自らがシオニストであると公言するほどまでにイスラエルに肩入れするのかは、私にもよくわからないところがあります。このようなバイデンの姿勢は、少なくとも国内政治の要因だけでは説明できません。今年3月の世論調査によると、「イスラエルによるガザへの攻撃を支持するか」という問いに対して、「支持する」と答えた割合は、共和党支持者では59%を超えましたが、民主党支持者では22%に過ぎませんでした。また、「バイデン政権の対イスラエル・パレスチナ政策はイスラエルに傾き過ぎていると考えるか」という問いに対して、「はい」と答えた割合は、民主党支持者では34%であったのに対して、共和党支持者では11%しかないのです。

 立山 むしろ共和党支持者は、イスラエル支援をもっとするべきだと考えているのですね。

 小野沢 そうですね。共和党支持者のほうが圧倒的に親イスラエル的な政策を求めていることが、世論調査からわかります。一方、大統領選では若年層の動向が一つのカギになると言われていますが、ユダヤ系、非ユダヤ系を問わず、若年層はイスラエルの行動に批判的な傾向が強いです。それにもかかわらずバイデンが強固な親イスラエル姿勢を貫いている、あるいは貫くことができる要因の一つとして考えられるのは、アメリカには、移民問題や人工妊娠中絶の是非など、より有権者の関心の高い国内政治問題があり、対外政策についてはガザ戦争よりもウクライナ戦争のほうが大きな政治的争点になっているということです。政治的イシューとしてのガザ戦争の重要度は比較的低く、アメリカ社会全体には親イスラエル感情が確実に存在する。このような認識に立って、バイデンは自らの親イスラエル的信条に従って行動することが可能であると判断しているのかもしれません。

 立山 先日、バイデンが大統領選への出馬を撤退しましたね。民主党大統領候補者として副大統領カマラ・ハリス氏が有力候補として名前が挙がっています。

 小野沢 ハリス氏は中東問題には、あまり関与していない印象があります。ですから、民主党が勝つ可能性を高めるためにも、バイデンよりイスラエルに批判的な若者の意見に耳を傾ける可能性はあると思います。ただ、そうなると民主党内の親イスラエル勢力からの反発を招く可能性がありますから、若者の支持者をつなぎ留めながら親イスラエル勢力の反発を招かないような狭い道を探って行かざるを得ないでしょう。

 立山 ガザ問題に関してハリス氏は、バイデンよりイスラエルに批判的な意見を述べる傾向にあります。それがバイデンとの間の役割分担なのか、彼女自身の思想から出てくるものなのかはわかりません。バイデンもイスラエルでは評判が悪いですが、ハリスのほうがもっと評判が悪い印象があります。

 小野沢 バイデンが選挙戦からの撤退を表明した直後の7月24日、イスラエルのネタニヤフ首相が米議会の上下両院合同会議で演説を行いました。

 立山 ネタニヤフは1時間近い演説で、ガザ攻撃の正当性を訴え続けました。もともとは共和党側からの招きで演説したものであり、ネタニヤフとしてはトランプが大統領選挙で勝つことを見越して、かなり共和党寄りの演説をすると思っていました。しかし、バイデンとトランプ両者に謝意を表するなど、ある意味ではバランスがとれたものでした。おそらくハリスが民主党の大統領候補になる公算が強まり選挙戦の行方が不透明になったため、どちらが勝利しても問題ないような安全策をとったのだろうとの印象を持ちました。

なぜバイデン政権はイスラエルを止められないのか?

 立山 バイデン政権のイスラエル抑制方針の影響は極めて限られたものとなっています。かつて、2014年のガザとイスラエルの軍事衝突の際には、オバマ大統領がネタニヤフ首相に、停戦するように電話で相当強く求めたところ、イスラエルが軍事行動を1カ月で停止させたという話があります。アメリカの抑制圧力がきちんと働いていたのです。一方、今回の戦争においてバイデン政権は、ブリンケン国務長官やサリバン大統領補佐官をたびたびイスラエルに派遣して休戦を求めるなど、様々なチャネルを通じてイスラエルに圧力をかけていますが、イスラエル側はそれを一蹴しています。

 この要因の一つに、武器提供の停止がほとんど実行されなかったことが考えられます。今年3月、アメリカは「イスラエルがガザ南部ラファへの全面侵攻を命じるのなら武器の提供を停止する」と警告を出します。加えて、今年2月に出された国家安全保障覚書(NSM20)は「アメリカが提供した武器を国際人道法に違反して使った場合、武器の提供を停止する」と規定しています。しかし、結果的に、アメリカ国務省が作成した報告書では、「国際人道法に違反している状況は否定できないが、明確な証拠はない」とし、武器の提供を続けることになります。実行に移せたものは、大型爆弾提供の一時停止のみです。

 このようなアメリカの対応から二つの疑問が生じます。一つは、なぜバイデン政権のイスラエルへの影響力は、極めて限定的となったのか。二つ目は、なぜバイデン政権が最も影響力を行使できる武器の輸出提供というツールを使わなかったのかです。

 この背景にはアメリカ議会の動きが大きく影響しているのでしょう。共和党のほとんどの議員は、どのような状況でもイスラエルへの武器提供を止めないという考えを持っています。そのため、多数の民主党議員が反対をしても、一部の民主党議員が共和党議員に同調すれば議会の過半数を制することが可能なのです。したがって、どうしても行政府の影響力が弱まってしまうということです。

 小野沢 そうですね。世論調査に現れる以上に、議会ではイスラエルを支持する声が強く出ています。ここには、いわゆる「イスラエルロビー」の影響もあると推測されます。「イスラエルロビー」が持つ議員への影響力は、行政府に対する影響力より大きいと考えられています。実際に、親イスラエル団体は、反イスラエル的な立場をとった議員に対して、資金提供を拒み、落選させるような運動を展開することがありました。特にアメリカの下院は2年ごとに全員が改選されるため、現職議員としては任期中に反イスラエルのレッテルを貼られることが相当怖いわけです。

 しかしながら、いくら「イスラエルロビー」の影響力が議会で強くとも、行政府には対外政策を遂行する裁量権があります。それにもかかわらず、バイデン政権が裁量権をフルに活用して、民間人への攻撃を阻止し、人道援助の迅速な提供を促すための十分な圧力をかけているかというと、そうは言えません。

 

ガザ紛争の地域的拡大防止は成功?

 小野沢 バイデン政権の停戦に向けた影響力は限定的でしたが、中東地域への紛争拡大(エスカレーション)を抑制するという点では、これまでのところアメリカからの圧力が一定の効果をあげていると思われます。アメリカは、ガザ以外へ戦争を拡大せぬよう、イスラエルに自制を求め続けています。例えば、ヒズボラへの攻撃などを見ると、ネタニヤフ政権としても紛争の拡大を抑制するという点では、アメリカの意に大きく反するような行動はとっていません。バイデン政権がガザ戦争への対応で最も重視しているのは、戦争の地域的拡大を阻止することなのかもしれません。

 立山 アメリカはハマスの襲撃が始まった直後、東地中海に空母を2隻送り、親イラン組織がイスラエルでの戦争に加わらないように抑止力を発揮しました。アメリカがネタニヤフ政権に紛争の拡大阻止を働きかけたことは間違いありません。

 他方で、中東の各国や他のアクターは誰も紛争の拡大を望んでいないのも事実です。ヒズボラ書記長のハサン・ナスルッラーは、「ガザ戦争が停戦すれば、我々もイスラエルへの攻撃を止める」と繰り返し述べています。イランも攻撃を止める理由を探していると言えますよね。

 ヒズボラが紛争の拡大を避ける背景には、悪化の一途を辿るレバノンの経済問題があります。仮にイスラエルと全面対立に陥るのなら、レバノン経済が大きな打撃を受けることは目に見えているからです。同様のことはイランにも言えます。今年の4月1日、イスラエルがダマスカスのイラン大使館に攻撃をしかけましたが、イランはイスラエルへの報復攻撃を実行する前に何度も警告を出していました。イランはイスラエルとの正面衝突を望んでいないのです。

 小野沢 そうですね。事前にイランの革命防衛隊からアメリカへ、報復攻撃に関する情報提供があったとも言われています。

 他方で、イスラエル側には、イランとの対立を自国の利益のために利用したいという意図があった可能性もあるのではないでしょうか。結果的に、イランが報復を行ったことによって、アメリカからイスラエルへの軍事援助が促進されたという側面がありますよね。

 立山 そういう面もあるかもしれませんが、イスラエルも相当苦しい状況に置かれていますし、イランと対立する余力は残っていないのではないでしょうか。イスラエルは、対ハマスに限らず、ヒズボラやイエメンのフーシ派などと、多正面的な戦争に直面しています。イスラエル軍の発表によると、10月7日以降の戦死者は600人以上、負傷者は4000人以上と言われています。イスラエルのガラント国防大臣は兵士不足を国会で訴え、7月中旬には男性兵士の徴兵期間を4カ月間延長しました。こうした逼迫する状況の中で、イスラエルがヒズボラとの対立の激化を望んでいるとは、到底思えません。

 

 現在の中東は「小ナセルの乱立状態」

 立山 以上のように、ガザ戦争は中東全域に決して小さくない影響を及ぼしているわけですが、改めてこの複雑に絡み合う現在の中東情勢を小野沢先生はどう捉えていますでしょうか?

 小野沢 アメリカでも日本でもそうなのですが、現在の中東の国際関係を俯瞰するときに、イランを中心とする「抵抗の枢軸」vs親米諸国を中心とする穏健派諸国という、二項対立的な説明がしばしばなされます。しかし、現在の中東はこのような二項対立で整理できるほど単純な構図で動いているわけではありません。むしろこのような二項対立では整理しきれないところにこそ、現在の中東を理解するための重要なカギがあると考えています。

 現在、中東のほとんどの国は、特定の域外大国に依存したり、あるいは域内諸国の固定的なブロックで動いたりするのではなく、自国の利益を最大化するために自律的かつ柔軟に動く傾向を強めています。多極的な域内環境で国益を追求する中東諸国は、グローバルな多極構造も最大限に利用しようとしています。いわば、多極構造の入れ子構造の中で、中東諸国が域内・域外で柔軟に合従連衡を繰り広げているというのが、現在の中東の状況だと理解しています。

 私はこの中東諸国の状況を、「小ナセルの乱立状態」と呼んだことがあります。冷戦期の1950年代から60年代にかけてエジプト大統領であったナセルは、東側陣営と西側陣営を競わせることで自国の利益を最大化しようとしましたが、アメリカや西側陣営がナセルを見捨てたため、ナセルの思惑は外れました。それに対して現在のグローバルな国際関係は冷戦期の東西陣営のような強い縛りがないこともあって、中東諸国はある意味でナセル以上に上手くグローバルな多極構造を利用しているのです。

 いわゆる「抵抗の枢軸」の中心国であるイランにとって最も重要な目標は、自国のイスラム共和国体制の存続です。イランは、域外関係では、ロシアや中国との関係を発展させることで、アメリカを中心とする国際社会の経済制裁の影響を緩和しています。域内では、自らの体制に直接的な危険が及ばないように、ヒズボラ、ハマス、シリアのアサド政権、フーシ派、イラクのシーア派諸組織などの親イラン勢力を支援することで防波堤を築き、脅威がイラン本体に及ばぬようにしています。ただし、これらの親イラン勢力もそれぞれの利害計算に従って動いているのであって、イランからの指示に従って一枚岩的に動いているわけではありません。今回のハマスの攻撃がイランの指示によるものではないことはアメリカも認めていますし、フーシ派の艦船攻撃などもイランの意図によるものとは考え難いと思います。

 中東が「小ナセルの乱立状態」となったことに伴う最大の変化は、アメリカ一辺倒の国がほぼなくなった点です。サウジアラビアやエジプトなど、かつて親米一辺倒であった諸国は、アラブの春、イラン核合意、2010年代のロシアの中東外交の活発化、そして中国の経済的影響の拡大などが相まって、アメリカを無条件で支持する、あるいはアメリカに全面的に依存するわけではなくなっています。

 この変化はロシアとの関係に顕著に表れています。例えば、ウクライナ戦争における対ロシア制裁の一環として、G7はロシアの海外資産を凍結してウクライナ支援に活用しようとしていました。しかし、これに対してサウジアラビアが待ったをかけます。「実行するなら欧州の国債を売却する」とG7諸国を牽制したのです。サウジアラビアにとって、ロシアは重要な外交カードであり、ロシアを弱体化させることは自国の利益に合致しません。サウジアラビアはOPECプラスの枠組みでもロシアとパートナー関係にあります。

 実のところ、イスラエルも含めて、中東には対ロシア制裁に全面的に協力している国はありませんよね。重要なポイントは、中東諸国が「アメリカかロシアか」というゼロサム的な選択を迫られることなく対外関係を多角化することに成功していることで、これは冷戦期との大きな違いです。これをアメリカなど域外大国の側から見ると、中東諸国に対する圧力が効きにくくなっていることを意味します。

 

ここ5年で高まる中東諸国間の協力姿勢

 立山 まさに、90年代はパクスアメリカーナ(アメリカによる平和)が中東に出現したように見えましたが、そのような時代は短期間で終わりを迎えます。アメリカが膨大な軍事力を持って仕掛けたイラク戦争によって、国際社会が複雑化、多極化の一途を辿り、結果として中国、ロシア、BRICSというようなアメリカ以外の勢力が台頭し始めます。アメリカは自らの手によって一極体制を壊してしまったということです。

 同時に、中東地域に限って考えても、2010年のアラブの春前後から2020年頃までは、中東諸国の間で激しい対立が生じていました。しかし、この5年ほどの間に中東諸国の間で互いに協調する姿勢が強まっています。この背景には、対立を続けるコストに耐え切れなくなったことや、限りがある石油資源だけでなく新たな経済構造を確立したいという各国の思惑があります。国際社会が多極化する中で、自国の利益のために様々な極に接近するという中東諸国の行動様式がここ5年ほどで定着しつつあるのです。

 小野沢 中東諸国間で協力する姿勢が生まれていることは、大きな変化ですよね。印象的だったのが、2023年のイランとサウジアラビアの関係正常化です。2016年から国交を断絶していた両国は、中国の仲介によって外交関係を正常化させました。ここには、立山先生がおっしゃるように、産業の多様化を進めたいという考えがあるのだと思います。特にサウジアラビアに顕著ですが、脱石油に世の中が進む中で、石油収入があるうちに新たな経済基盤を彼らは構築したい。そのために、中国資本など使えるものは使いますし、安全保障を確保するためにもイランとの緊張は緩和したほうが自国の利益にとって好都合だと判断したのだと思います。

 立山 このような中東諸国間の協調が進む流れの中で起きたガザ戦争に関して言うと、中東諸国は「国際規範に基づいた行動をすべきだ」とは述べていますが、具体的な行動には移さず、紛争から少し距離を置いているような印象を持ちます。そういう意味で小野沢先生がおっしゃる、「小ナセルの乱立状態」は、非常に言い得て妙だなと感じました。考えてみると、ヨルダン国王だったフセイン1世も国際情勢を読み、独自の外交政策を展開したことから「風見鶏」と言われていました。アメリカとアラブ諸国の間に挟まれる中東の国々は、ある意味ではそういう立ち回りが上手いのかもしれません。

 小野沢 現在の中東諸国の風見鶏的とも言える曖昧な態度は、穏健派アラブ諸国のハマスへの複雑な眼差しが大いに関係していると考えます。実際のところ、エジプトなどにとってハマスは危険な存在でもあるのです。

 ハマスは1928年にエジプトで結成されたイスラム主義組織である「ムスリム同胞団」の流れをくんでいます。1952年革命で成立した共和政エジプトにとって、潜在的に強力な動員力を保持しているムスリム同胞団は体制の脅威です。現在のエジプトのスィースィー政権は、アラブの春の後に選挙で勝利して成立したムスリム同胞団のモルシ政権をクーデタで排除して成立した政権です。このような背景から、同じくムスリム同胞団を起源とするハマスを、できれば抑制したいという考えがエジプトにはあるのです。

 しかしながら、ハマスを否定することは、アラブ世界で幅広く支持されているパレスチナの大義を否定することになりますし、反シオニズムを長年掲げてきたサウジアラビアなどにとっては自らの権力の正当性を否定することにもつながりかねません。こういった様々な計算が働いた上で、多くのアラブ諸国は、一方でパレスチナの大義を掲げながらも、ハマスを利することになる停戦に向けた具体的な行動には移さないという曖昧な態度をとっているのではないでしょうか。

サウジアラビア・イスラエル 関係正常化への道

 立山 ここ5年で見られる中東諸国間の変化の一つに、10月7日以前の中東世界で進められていた、サウジアラビアとイスラエルの関係正常化に向けた水面下の交渉も挙げられます。この協調姿勢の背景には、先ほど挙げた新たな経済構造の構築以外にも、中東地域に限らない安全保障上の脅威の多様化が理由として考えられます。非国家主体が長距離ミサイルや軍事用ドローンを持てる時代になってしまった今、どこから脅威が来るかわかりませんよね。こういう状況で、サウジアラビアとイスラエルは経済的にも、安全保障面でも協力関係を築くことは、決して損ではないと結論付けたのだと思います。そこにパレスチナ問題の風化が相まって、少なくとも10月7日以前は、アラブ諸国ではイスラエルとの関係正常化の機運が高まっていたのです。ガザ戦争がこうした流れに待ったをかけたので、スピードは遅くなるかもしれませんが、イスラエルとアラブ諸国の関係正常化への歩みは変わらず進んでいくのだろうと考えます。

 小野沢 サウジアラビアとイスラエルの関係正常化は、アメリカにとっての大きな関心事でした。2020年のアブラハム合意の前から、アメリカはアラブ諸国とイスラエルの関係正常化の本丸をサウジアラビアと見定めていました。一方、サウジアラビアは、他のアラブ諸国の関係正常化が進展するまでは動かぬ構えを決め込み、非常に慎重な姿勢をとっていたのです。

 バイデン政権とサウジアラビアの関係は複雑な展開を辿ってきました。トランプ政権がサウジアラビアの行動に白紙委任を与えるがごとき寛容な態度をとっていたのとは対照的に、バイデン政権は発足後しばらくサウジアラビアに厳しい姿勢をとっていました。バイデン政権は、サウジ政府に批判的だったジャマル・カショギ氏(サウジアラビア人ジャーナリスト)が殺害された2018年の事件にサウジ当局が関与したとみなし、同国の人権状況などを問題視する姿勢を示していました。さらに、2022年に石油価格が上昇した際、サウジアラビアはOPECプラスの立場を尊重してアメリカが求めていた大幅増産に応じなかったため、バイデン政権は強い不快感を示しました。このような経緯があったため、2023年にアメリカが大きく関与するかたちでサウジ・イスラエル間の関係正常化の話が出てきたのは驚きでした。

 このサウジ・イスラエル関係正常化は、アメリカも深く関係する三つの合意をセットで実現することをめざして準備が進められていたようです。一つ目は、サウジアラビアとイスラエルの和平合意で、おそらくここにパレスチナ問題の解決に関係する内容が盛り込まれるでしょう。二つ目は、アメリカとサウジアラビア間の安全保障協定です。これには、アメリカのサウジアラビアの安全保障へのコミットメントが盛り込まれると報道されていて、もしその通りになればサウジアラビアはアメリカの「正式な」同盟国となります。三つ目は、アメリカ・サウジ間の民間の原子力プログラムに関する協定です。これらの交渉は、ガザ戦争で一時ストップしていますが、アメリカとしては状況が変わればすぐにでも着手したい課題であることは間違いないと思われます。

 

アメリカがハブとなる中東地域ネットワーク

 立山 もう一つ、複雑化する中東地域で注目すべき重要な点は、4月13日から14日にかけて行われたイランによるイスラエルへの報復攻撃で、アメリカが中東地域で進めている防空システムのネットワークが初めて効果を発揮したことです。これには非常に驚きました。イスラエル側の発表によると、イランが発射したドローン、巡航ミサイル、弾道ミサイルのうち99%は途中で迎撃されたと言われています。

 注目すべきなのが、すべての攻撃をイスラエルが防御したのではなく、アメリカ、イギリス、ヨルダンなどが協力して迎撃行動をとったことです。また、報道によるとサウジアラビアやUAEも情報提供に加わったと言われています。これが事実だとするとアメリカが築いた地域的な対ミサイル防空システムが、初めて機能したということになります。

 小野沢 確かに多国間の防衛システムが機能したことは画期的でした。この防衛システムにおいて、アメリカはネットワークのハブのような役割を担ったと考えられます。そして、ここからはアメリカが中東に実現しようとしている枠組みが垣間見えたように思います。

 この枠組みは、アメリカのアジア政策とのアナロジーで捉えることができます。冷戦期にアメリカは、日本、韓国、フィリピンなどのアジアの国々と二国間の同盟関係を築きました。このようなアジアの同盟システムは、アメリカをハブとする「ハブ・アンド・スポーク」構造と呼ばれます。21世紀に入ってから、アメリカは、日本、オーストラリア、インド、さらには韓国など同盟国の間の横のつながりを強化する政策を進めています。いわばスポーク同士の関係を強化することで、「ハブ・アンド・スポーク」構造を網の目のようなネットワークに再編しようとしているのです。このような動きは、ブッシュ・ジュニア政権第二期に始まりましたが、オバマ政権が「リバランス」と呼んだアジア重視の政策を経て、今日も継続していると考えられます。

 今回、姿を現すことになった中東における多国間防空システムは、アジアにおける同盟ネットワークのような枠組みが中東でも構築されつつあることを示唆しているように思います。アブラハム合意、そしてバイデン政権がめざしていたサウジアラビア・イスラエル間の関係正常化に伴う一連の合意も、そのような文脈で理解できるのではないでしょうか。

 バイデン政権は、発足当初は、2021年のアフガニスタンからの米軍撤退に見られるように、もっと徹底的に中東から手を引こうとしていたと考えられるのですが、2022年頃には中東への関与を維持する必要があるという姿勢に変化しました。それがどういうかたちでの関与かは明示されていませんでしたが、アメリカがアジアで展開しているような同盟国・パートナー国のネットワーク化をめざしていると考えれば辻褄が合います。

 このような同盟のネットワーク化は、中東におけるアメリカ軍のプレゼンス拡大を意味するわけではありません。アメリカ軍の恒常的なプレゼンスは減らしながらも、いわゆる軍事革命(RMA)の成果なども駆使しつつ、いざという時は対応できる体制を整えることで、アメリカをハブとする中東諸国のネットワークによって安全保障を図るというアプローチです。仮にこれが実現したとしても「小ナセルの乱立状態」が変わるわけではないでしょうが、アメリカの影響力を維持する新たな梃子にはなるかもしれません。

 アメリカ軍のプレゼンスを前面に出さないやり方は、アメリカでも中東諸国でも反発を招きにくい方法でもあります。前方に大量の兵力を常駐させるのはおそらく時代遅れですし、アメリカの世論が受け付けません。さらに、湾岸戦争を機にアメリカの中東における軍事プレゼンスが飛躍的に高まったことで、中東における反米意識が高まったという過去もありますから、できるだけ小さなプレゼンスのまま、中東における何らかの影響力を維持するというかたちをアメリカはめざしているのではないかと見ています。

 

「民主主義国家」イスラエルによる入植活動

 立山 もう一度ガザの問題に話を戻します。私は長年イスラエルを見てきましたが、正直なところイスラエル・パレスチナの関係は、「一国家二民族」という状況が固定化してきていると感じています。イスラエルによる入植活動は当然のごとく続いていて、国際司法裁判所(ICJ)も7月19日に出した勧告的意見で、イスラエルの57年にわたる占領行為を国際法違反と認定し、入植者全員を撤去させるべきだとの見解を示しました。

 なぜ、イスラエルは民主主義の原則を無視するように占領を続け、入植活動を拡大するのか。これには二つの理由が考えられます。

 一つ目は、シオニズムがユダヤ人離散状態へのアンチテーゼとして打ち出されたからです。つまり定住地を持たない離散状態ではなく、ある土地に定着をすることが、シオニズムにとって最も重要な価値観となっています。ですから、左派も含めてイスラエルのどの政治政党も、入植活動を非難しません。二つ目は、宗教的な心情です。シオニズムでも宗教シオニズムと呼ばれる流れは、「約束の地にユダヤ人が定着し、その支配を拡大強化することがメシアの到来を早める」と考えています。この考えによって入植活動がさらに正当化されているという側面があります。

 だからと言って、占領と入植活動を続けることは、非ユダヤ人、つまり占領地住民であるパレスチナ人を差別的に扱っていることを意味します。ICJの勧告的意見も占領地での差別待遇を指摘しています。このような状況が続くのなら、イスラエルにおいて民主主義が成り立つのでしょうか。アメリカはイスラエルを「中東で唯一の民主主義国家」と言っていますが、現在の状況を考えると、私は強い疑念を持っています。

 小野沢 まず、イスラエルの入植活動問題に関して言うと、アメリカはほぼ一貫して批判的な姿勢をとってきました。バイデン政権も、入植活動は国際法に違反するとの立場をとっています。しかし、ガザ問題への対応と同じように、違法行為を止めるために最大限の措置をとっているかというと、そうとは言えません。また、長期的な視点で見ると、入植活動に反対するアメリカの圧力は、少しずつ弱まってきているように感じます。結果的にアメリカの姿勢は、占領状態の固定化を助長していると言えるでしょう。

 アメリカがイスラエルを民主主義国家として認めているかどうかですが、これは少し複雑な問題をはらんでいると思います。一般国民レベルでは、アメリカ人の多くがイスラエルを民主主義国家と認めていると思います。ただ、これと同時に、歴代のアメリカの政権が駆使してきた、対外政策を正当化するためにイデオロギー的なレトリックに訴える戦術という側面も存在していると思われます。

 例えば、冷戦期、日本で言うところの「西側陣営」をアメリカは「自由世界」と呼んでいました。その結果、ソ連と戦っている勢力であれば、その内実にかかわらず「自由」の側に立つ者と位置づけて、これを支援しました。アフガニスタンに侵攻したソ連軍と戦っていたイスラム主義者のことも、「自由の戦士」と呼んでいたほどです。しかし、状況が変われば、ソ連軍と戦っていたイスラム主義者と同じような思想を持つ人々が、テロ組織として扱われることになります。

 つまり、アメリカは民主主義を理由にイスラエルを支持しているのではなく、中東で「真の友」と言える存在をイスラエル以外に持ち得ていないから支持をしているというほうが実態に近いのではないでしょうか。この特別な関係を正当化するために、「イスラエルは中東で唯一の民主主義国家である」という説明を後付け的に使用している側面があると思います。

 アメリカも結果的に黙認するようなかたちで入植活動が常態化していることから見ても、イスラエル側が二国家解決を認めない状況は固定化する方向に向かっているということでしょうか?

 

パレスチナ問題解決へ向けた新たな芽

 立山 そうですね。右派だけではなく、イスラエル政治勢力おける3分の2~4分の3が、パレスチナを独立国家として認めないという立場をとっています。7月18日にイスラエル国会でパレスチナ国家樹立反対決議案が提出され、賛成68票、反対9票の賛成多数で可決されました。与党の64議席と、ネタニヤフ首相と対立するガンツ前国防相が率いる国家統一党が賛成をしました。

 そういう意味でも、仮にネタニヤフが首相を辞めたとしても、パレスチナ政策は変わらないだろうし、変えようがないわけです。ネタニヤフだけに問題があるのではなくて、先ほど申し上げたように、シオニズムそのものが定住、つまり入植を是とする思想を内包している上に、57年に及ぶ占領が生み出してきている民主主義の劣化と偏狭な民族主義の拡大という傾向は今度も強まっていくのであろうと考えます。

 小野沢 入植地を完全に撤去するのは現実的には極めて困難ですので、オスロ合意で想定されていたような、二民族にそれぞれの領土を割り振るような二国家解決は実現が難しいわけですね。

 立山 しかし、二国家解決の行き詰まりが進む一方で、別の流れが出始めているのも確かです。1993年のオスロ合意では、ノルウェーの仲介によってイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)が初めて交渉に合意し、ようやく和平へのスタート地点に立ちました。これは、両当事者が和平交渉での同意に基づいてパレスチナ独立国家を樹立し、それを国際社会が認めるという流れを想定していました。しかし、パレスチナ独立国家は誕生せず、この流れが失敗したことは今となっては明らかです。

 オスロ合意のまとめ役だったノルウェーは、5月にパレスチナ国家を承認した際、オスロ合意の想定、つまり交渉による合意を経て国家承認に至るというプロセスは失敗したため、新しい取り組みが必要だと述べています。先にパレスチナを国家として承認することが二国家解決につながるという、これまでとは逆の流れによって解決を期待しているのかもしれません。

 正直なところノルウェーなどのように国家承認を先行させることが、どのような動きに続くのか具体案は見えていませんが、別の取り組みが必要だという認識は確実に強まっています。

 小野沢 別の取り組みとの関連で言いますと、私が最も懸念するのは、かたちばかりのパレスチナへの譲歩が行われた後に、それが有耶無耶にされて、結果的に現状が固定されていくというパターンです。例えば、サウジアラビアとイスラエルが関係を正常化するというときに、かたちばかりのパレスチナ問題の解決への約束が盛り込まれて、その後、実際には何のアクションも起こされない、というような事態です。

 1979年のキャンプ・デーヴィッド合意、2020年のアブラハム合意など、何度もこのパターンが繰り返されてきました。結果的に、なし崩し的に現状が固定化されるばかりでなく、入植地が拡大し、根本的解決はむしろ遠のくことになります。これでは、暴力の連鎖は止まりません。やはり立山先生もおっしゃるように何らかの新しい考え方を導入しないと、これからもパレスチナで悲惨な状況が続くのだろうと私は危惧しています。

問題の解決にはハマスとの対話が必須

 立山 このような解決の糸口が見えない状況で、非常に重要となるのが、ハマスを国際社会がどう位置付けていくかだと考えます。これは国際社会が真剣に論じなくてはいけない論点です。

 冒頭でもお話ししましたが、アメリカやイスラエルはハマスを「邪悪なテロ組織」と位置付けています。しかし、パレスチナの世論調査では、ハマスは20%~40%の支持を20年にわたり安定的に得ています。このパレスチナ人の声を無視するわけにはいきません。加えて、10カ月近く継続する戦闘のもとでもハマスは一定程度の統治機能を維持していて、何らかのかたちで戦争が終結した後にも、ハマスを完全に無視した統治形態は考えられません。

 私は日本を含む国際社会がハマスと対話をするしか解決の道はないと考えています。ハマスは結成の翌年、1988年に『ハマス憲章』を出します。その憲章では組織の目的を、「全パレスチナを解放する」と定め、イスラエル壊滅をうたっていました。

 しかし、2017年に出された新たな文書では、「1967年の第3次中東戦争以前の停戦ラインに沿ってハマスの独立国家を検討する」と、領土問題における妥協を示唆しています。このようにハマスも一枚岩ではなく、幅広い意見が存在しているのです。まずは国際社会が色々な方法でハマスと接触して、ハマスの考えを知る。その上でハマスに働きかけることが何より重要だと考えます。

 小野沢 まったくおっしゃる通りですね。そもそもハマスは2006年のパレスチナ自治選挙で、第一党に選出されています。この選挙は国際的にも公正な選挙だと認められていて、ハマスは当初は単独政権、のちにファタハ(パレスチナ自治政府の主流派組織)との連立政権で、パレスチナの統治を担う立場となりました。ところが、ハマスをテロ組織と見なす国際社会はこれを認めず、アメリカがファタハにハマス排除を働きかけたことが大きなきっかけとなって、ファタハとハマスの衝突が発生し、結果的にハマスは自治政府から排除されたのです。

 これによって、ファタハが支配するヨルダン川西岸とハマスが支配するガザ地区にパレスチナが分裂するという今日まで続いている状況が生まれます。私は、これは大きな間違いだったと思っています。選挙を重視するアメリカが、選挙で選ばれたハマスの存在を認めない。このアメリカのダブルスタンダードが、今日のパレスチナ問題に帰結していると思います。

 ハマスの中にもイスラエルの存在を間接的に認める勢力がいるという立山先生のお話は、一筋の光明のように感じました。思い返してみると、PLOも1988年にイスラエルの存在を間接的に認め、これが大きな転機となって、パレスチナを代表する和平交渉のアクターとして国際社会から認められていきました。ハマスも一気に認められることはないかもしれませんが、パレスチナの支持を得ている政治団体として徐々に交渉のテーブルにつけるような動きが出ることを期待したいですね。少なくとも当面はハマスなしにパレスチナの人々が納得するような和平にはたどり着けないと思います。

 

ファタハとハマスの「北京宣言」

 立山 そうですね。もちろんハマスのテロ行為は非難されてしかるべきものですが、だからと言って政治勢力として認められないことにはなりません。今パレスチナの中で具体的な和平交渉のあり方として議論されている案は、PLOにハマスが参加するという考えです。PLOは単独の組織ではなくパレスチナの解放を目的とする諸機構から構成されていて、PLOはすでにイスラエルとオスロ合意を結んでいます。そのPLOにハマスが参加することは、ハマスもまたイスラエルの存在を認めることになるという考えです。

 また、パレスチナ内での団結を高める動きも出てきています。7月21日から23日にかけてファタハとハマスが、中国政府の仲介のもと北京で和解に向けた協議を行い、統一政府をつくることに合意した「北京宣言」を発表しました。ただ具体性を伴っていないため、統一政府樹立が実現するかは今後の状況を見守る必要がありますが、ハマスもファタハも突破口を開く必要性を感じていると言えます。

 また、米国や西欧諸国、日本がハマスとの接触を拒否し続けている中で、中国が交渉の場を提供したことは、中東における今後の中国の政治的役割を考える上で大変興味深いことです。

 小野沢 先ほど話題に出て来たサウジアラビアとイランの関係正常化を中国が仲介したとき、バイデン政権は基本的に静観する姿勢をとりました。一つには、アメリカ政府が、少なくとも現時点では中国の中東における主たる関心は経済分野にあって、政治的・軍事的な影響力を拡大しようとしているわけではないと判断している事情があると思います。そもそも、「小ナセル乱立」の今の時代に、仮にアメリカが「中国に接近するな」と言っても、中東諸国の行動は変わらないだろうという現実的な判断もあるでしょう。加えて、ガザ戦争の前からバイデン政権はたびたび域内の緊張緩和が望ましいという立場を示していました。それが中国によってなされたとしても、結果的に緊張緩和が実現すれば、アメリカとしてはそれに反対する理由はないと言えます。

 北京宣言については、バイデン政権はきわめて冷淡な姿勢をとっていますが、それはハマスなどアメリカがテロ組織と位置づける組織が含まれているからであって、かならずしも中国が主導したからではないと理解しています。中東の諸問題の解決に向けて米中が連携するなどという事態は考えにくいのですが、中東をめぐる米中のインタレスト認識は必ずしも対立するものではなく、米中がパラレルに同じ方向に向かって行動する余地はあるということも、留意してよいのではないでしょうか。

 

ハマス最高幹部殺害の目的と余波とは?

 立山 ところで7月31日に衝撃的な事件が起きました。ハマスの最高幹部であるイスマイル・ハニーヤ政治局長が滞在中のテヘランで殺害されました。ハマスは直ちにイスラエルによる犯行と見なし、報復を誓いました。また自国の首都を訪問中の賓客が暗殺されたことにイランは大きなショックを受けていて、ハメネイ最高指導者はイスラエルへの直接攻撃を指示したと報じられています。

 これまでのところイスラエルはコメントを発表しておらず、暗殺がどのように行われたかもはっきりしていません。ただイスラエルはこれまでも、ハニーヤを含むハマス幹部を「抹殺する」と繰り返し表明しています。また過去10年ほどの間にテヘランを含むイラン各地で、核関連の科学者などが暗殺されており、イスラエルの関与が指摘されています。そのためハニーヤ殺害もイスラエルの手によるものと考えることが順当かと思います。

 イスラエルとハマスは2月頃からアメリカやカタールを仲介に、停戦と人質解放を実現するための間接交渉を断続的に行ってきました。5月末にはバイデンが3段階の和平提案を公表し、イスラエル国内でも人質解放実現のため停戦に応じるべきだという声が強まっていました。こうした中でハニーヤが暗殺されました。イスラエルによる犯行だと思いますが、そうだとしても、その動機や理由は判然としません。

 ハマスの最高幹部殺害は「ハマス壊滅」というガザ戦争の目的の重要な一端を担うものであり、ネタニヤフ政権にとって国内に向けた政治的アピールとしての効果はあると思います。またガザに対する激しい攻撃を同時並行して幹部暗殺を実行することは、ハマスへの圧力をいっそう強め、停戦や人質解放を実現するチャンスを広げると考えたのかもしれません。しかし、ハマスが態度を硬化させることは明らかで、停戦や人質解放の実現をいっそう遠ざける危険のほうがはるかに大きいと思われます。加えてハマスはこれまでも何人もの幹部を殺害されていますが、それによって組織が弱体化したり、主張を変えたこともありません。

 このタイミングでハニーヤ殺害が実行された背景には、「邪悪なテロリストは抹殺しなければならない」というイスラエルの強硬な思想があり、その考えが人質解放という現実的な目標以上に意思決定に作用したのかもしれません。

 小野沢 ハニーヤ暗殺には大きな衝撃を受けました。現時点では情報が極めて限られていますが、これを実行する意思と能力を有しているのはイスラエルだけだと思います。オースティン国防長官が、やや当惑気味にエスカレーションは不可避ではないと発言していることなどから推測すると、アメリカ側もこのような動きを事前に察知していなかったのではないでしょうか。

立山先生がおっしゃるように、ハニーヤ暗殺がハマスを弱体化させる、あるいはハマスの譲歩につながる可能性は低いように思います。さらに今回の事件については、中東域内の緊張を高め、域内の政治・外交の穏健化の可能性を遠のかせる方向に作用するであろうことも重要だと思います。

 ハニーヤも出席したイランの大統領就任式で、ペゼシュキアン新大統領は明らかにアメリカを念頭に反イラン的な諸国に対話を呼びかけていました。イランの政治勢力や政治指導者を「保守強硬派」とか「穏健派」などと明確に色分けするのは実情にそぐわないという指摘や、最高指導者が大きな発言力を有するイランの政権交代の重要性を過大評価すべきではないという指摘もありますが、ペゼシュキアン大統領が公的な場で対話を呼びかけたことはライシ前政権からの明らかな変化でした。ハニーヤの暗殺は、控えめに言っても、ペゼシュキアンが打ち出そうとしていたのであろう対話路線に、冷や水を浴びせることとなったと考えられます。

 もし仮に、イスラエルがエスカレーションの危機を煽り、域内対立を先鋭化させることでアメリカを確実に味方につけようとしているのだとすれば、常軌を逸した危険な方法を選択したと言わざるをえません。まだ事件直後の反射的な対応なのかもしれませんが、アメリカ政府はエスカレーションに反対する立場を改めて強調する一方で、ハリス副大統領がこれまでにもましてイスラエルを防衛する決意を強調するなど、イスラエルに寄り添う姿勢を崩していません。これは決して皮肉ではないのですが、アメリカ自身が「テロとの闘い」を根拠としてガーセム・ソレイマーニーなどの要人を国際法や国際的規範の観点から問題をはらむ方法で暗殺してきたわけですから、今回のハニーヤ暗殺を批判することはできない、あるいは批判する気がないのかもしれません。

 対談の冒頭で、立山先生は「テロとの闘い」の様々な弊害を指摘されました。「テロとの闘い」の論理によって「標的殺害」などと言い換えて正当化されてきた要人の暗殺が、この先も大規模な戦争につながらない保証はありません。国際法や国際規範は対立を抱える国の間で可能な限り平和を維持するための人類の知恵であるという基本に立ち返る必要性をあらためて感じました。

 

中東和平──次のサイクルに期待

 小野沢 ふり返ってみると、いわゆる中東和平プロセスは1970年代に始まり、今日までの道のりにはいくつかのサイクルが存在しました。一つ目のサイクルは、第四次中東戦争からキャンプ・デーヴィッド合意まで、そして二つ目のサイクルが、1987年に始まった第一次インティファーダから2000年第二次インティファーダまでで、1993年のオスロ合意以降の一連の和平に向けた動きは、二つのインティファーダにはさまれた、パレスチナとイスラエルの双方で和平に向けた機運が相対的に高まった時期に進行したと言えます。第二次インティファーダでは、パレスチナとイスラエルの間で暴力的な衝突と流血が拡大し、それによってパレスチナとイスラエルの和平の機運は、完全にしぼんでしまいました。

 そこから20年あまり、二国家解決の停滞が続いてきましたが、今回のガザ戦争がこの停滞を打破し次のサイクルを生むきっかけにはなり得るのでしょうか?

 立山 オスロ合意に基づく二国家解決案は実現が極めて困難であるという認識が高まっていた中で、ガザ戦争が始まりました。やはり新しい取り組みを始めなくてはいけない時期なのだと感じています。ノルウェーによるパレスチナ国家の承認や、ファタハとハマスの和解に向けた交渉など、少しずつですが次のサイクルに向かう準備が徐々にできつつあると思います。

 小野沢 どこに向かうかはまだ不透明な状況ではありますが、少しでも良いサイクルが到来することを期待しています。そのためには、もちろん紛争当事者の意識や現地の政治情勢が何より重要ですが、日本を含む国際社会も良いサイクルに持っていくような知恵を出していく必要がありますね。

(終)

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