毎年大きな盛り上がりを見せる高校野球。しかし選手たちの華々しい活躍の陰で、近年は全国の強豪校を中心に不祥事が相次いでいる。
なぜ高校野球をめぐる不祥事が絶えないのか。あるいはどうすれば不祥事を防ぐことができるのか。部活動やスポーツ倫理について専門的に研究されている小野雄大氏に詳しくお話を伺った。
おの ゆうた:1987年福岡県生まれ。2010年帝京大学文学部社会学科卒業。12年筑波大学大学院修士課程教育研究科修了。16年早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了。博士(スポーツ科学)。早稲田大学スポーツ科学学術院講師などを経て、25年より順天堂大学スポーツ健康科学部准教授。著書に『体育会系 日本のスポーツ教育が創った特異な世界』(中公新書)、共編著に『新時代のスポーツ教育学』(小学館集英社プロダクション)など。
寮生活の「ムラ」文化
──現在、小野先生はスポーツ教育学・スポーツ倫理学の研究者ですが、学生時代はスポーツの世界に身を投じていました。
小野 私は幼少期から大学卒業まで、一人の競技者としてバドミントンに打ち込んできました。高校では親元を離れ、スポーツの名門と言われる青森山田高校に進学し、高校卒業後は帝京大学へ進みました。いわゆる「体育会系」の世界に身を置いている期間が非常に長かった。私にとっては、厳しい上下関係やスポーツ推薦入試、セカンドキャリアの形成といった「体育会系」の諸問題は身近なものでした。私はそういった特異な構造がなぜ存在するのかを当事者の立場から研究したいと思い、研究の道へ進みました。
私の専門領域は、スポーツ教育学・倫理学・社会学といった人文社会科学寄りの学問分野です。とりわけスポーツと教育の関係を主題にすることが多いですね。経歴を見ていただければわかるように、私はいわゆる「エリート学者」のようなキャリアは歩んできていません。研究者でありながら、同時にアスリートとしてのアイデンティティも持っているわけです。そんな自分にしか書けない世界があるはずだと信じながら、今まで研究を続けてきました。
──青森山田高校といえば、甲子園常連校としても有名ですね。しかし一方で、2011年には野球部寮内で上級生が下級生の背中を殴り、亡くなってしまうという事件が起きてしまったこともあります。
小野 あれはとても悲惨な事件でした。残念ながら寮という空間を舞台にした事件は非常に多いですね。寮は外部からの視線が入りづらいという構造があります。したがって体育館やフィールド上での上下関係が、そのまま寮生活の中に持ち越され、そこで生徒たちが独自の「ムラ」を築いてしまうことがあるんです。
とはいえ寮生活自体を悪だと主張したいわけではありません。親密な寮生活によって素晴らしい絆が生まれる側面もありますし、結局は外部からの視線がどれだけ入るかが重要です。たとえば私が住んでいた青森山田の寮は、いくつかの部活が共同で生活している寮だったので、部活を跨いだ交流がありました。他方、多くの部員を抱える野球部やサッカー部には部固有の寮があります。当該部活の関係者以外の出入りが極端に少ないことで閉鎖的な「ムラ」文化が醸成され、不祥事へとつながってしまった可能性もあるかもしれません。
──広陵高校のいじめ問題、九州国際大附属高校の部内暴力、日大三高の児童ポルノ流出事件など、野球部をめぐる不祥事はここ数年で一気に増えているような印象を受けます。
小野 実際の増減を統計的に明言することは難しいですが、ここ10年で部活動と暴力の関係が社会的に問題視され始めたことにより、今まで表沙汰になっていなかった部活動の不祥事が事件として可視化されるようになってきたとは言えるでしょうね。
加えて現在はSNSの時代なので、情報が即座に広がりやすい。部内で何か起きたら、動画を撮ってXにアップすることができてしまうわけですからね。
生徒数確保に腐心する私立校
──特に私立の強豪校は、携帯電話禁止、部外交際禁止などの厳格な規律があるイメージが強いですが、近年は潮目が変わってきたということなのでしょうか。
小野 そうですね。私立校のそうしたスタイルは徐々に変わってきています。青森山田のバドミントン部も私が在学していた頃は携帯電話禁止でしたが、現在はスマホ利用が正式に許可されています。ただでさえ少子化の世の中ですし、さまざまな新興校がスポーツ分野に続々参入してきているので、私立校はどこも人材確保に苦労しています。したがって、いつまでも「スマホ禁止」のような旧態依然としたルールを掲げている学校は、生徒から選んでもらえなくなってしまう。
加えて、生徒と指導者の関係も変わってきています。昔は厳しい指導者が強権を振るうような指導スタイルがよく見られましたが、今ではそうした指導はコンプライアンス違反と見なされます。私も順天堂大学で学生たちにバドミントンを教えていますが、彼らとどのように接すべきかについては常に細心の注意を払っています。
──生徒数を確保するためにも、私立校を中心に生徒から敬遠されるような体制はどんどん改めていこうという機運が高まりつつあるわけですね。
小野 ただ野球については不思議に思う部分もあります。野球は数あるスポーツの中でもとりわけギャンブル性が強い。要するに番狂わせが多い。今年の高等学校野球選手権地方大会でも、大阪桐蔭高校や智弁学園高校をはじめとする春のセンバツ(選抜高等学校野球大会)の4強が1校残らず敗退するという波乱が起きましたよね。これは野球以外の競技ではなかなか起こり得ないことです。
何が言いたいかというと、どれだけ学校側が野球部に投資したところで、野球という競技の特性上、その投資を回収できるかどうかは不明瞭だということです。人件費、施設費、維持費、遠征費などを学校側が負担したからといって、その野球部が甲子園に出場できる保証はありません。そんな不安定なものにそこまで投資してしまって大丈夫なのか、と思うことはあります。
また野球部が甲子園に出場したからといって、必ずしも学校の経営状況が良くなるとも言えません。たとえば甲子園に出た学校が来年も結果を出したいと考えた場合、生徒を集めるために授業料の免除や有名指導者の誘致といった措置を講じる必要があり、結果的に収入が増えるどころか減るようなケースも往々にしてあります。
以上の点を踏まえ、経営的な意味で最も理想的だと言えるのが大阪桐蔭ですね。ご存知の通り、大阪桐蔭は開校以来何度も全国制覇を達成してきた高校野球の名門ですが、実は野球以外の分野でも大きな結果を出しています。たとえば吹奏楽部は全日本吹奏楽コンクールで金賞に輝いたこともあります。大阪桐蔭吹奏楽部はもともと野球部の応援演奏のために設立されたものなので、お互いに良好な関係ができています。野球部は吹奏楽部の応援によって元気をもらい、吹奏楽部は野球部の試合という演奏の機会をもらう、という互助関係ですね。加えて大阪桐蔭には非常に優秀な特進クラスも併設されており、運動のみならず学業分野にも強みがあります。野球を中心に名声を集めつつも、それ以外の分野にも注力することで経営の健全化に努めているわけです。
不透明なセカンドキャリア
──近年では沖縄県のエナジックスポーツ高等学院や、富山県の富山みらい学園のような、カリキュラムのほとんどが野球一色の、実質的な「野球専門学校」が増えている傾向にあります。こうした風潮についてはどうお考えですか。
小野 これはなかなか難しい問題です。野球一辺倒ではいけないという世論がある一方で、野球だけを学ばせたいという保護者の方が一定数いらっしゃることも事実ですから。特にエナジックに関しては、沖縄尚学や興南といった県内の強豪校が軒並み県南に集中しているという地理に目を向け、敢えて北部に校舎を展開するという点にマーケティング的な意図も感じられます。経営母体がエナジック株式会社という企業ですからね。重要なのは、「野球専門学校」として機能している学校が存在していること自体が、そうした学校を望む人たちが一定数存在していることの証左だということです。
ただ私個人としては、スポーツだけに一意専心するというやり方は良くないと考えています。私も順天堂大学の教員として学生の勧誘活動を行っていますが、あくまで学業が第一であるということは学生やその保護者にあらかじめ伝えるようにしています。授業に出ないようなら練習には参加させません。実際、順天堂を選んでくださる方の中には、体育の専科大学のような振り切ったイメージの強い大学に違和感を持っている方が多い。順天堂は競技スポーツに強いだけでなく、歴史あるスポーツ健康科学部を擁し、さらには医学部などの学業のイメージも強いですからね。ただしこれは私個人の話であって、学業のことなど気にも留めていない方もいるかもしれません。結局のところ、生徒とその保護者が指導者に何を求めているかという問題に帰着しますね。
──スポーツだけに打ち込んでいられる学生の間はいいかもしれませんが、全員が全員プロの道に進めるわけではありませんよね。プロ行きを断念せざるを得なかった学生は、将来どうやって食べていくのかという問題に直面することになるのではないでしょうか。
小野 これは非常に重要な論点です。いわゆるセカンドキャリア、デュアルキャリアと呼ばれる考え方ですね。将来をどうするかについて悩んでいるアスリートが多いことは紛れもない事実です。海外ではスポーツと同時並行的に他のキャリアも展開していくという、デュアルキャリアの考え方が一般的で、金メダリストの弁護士や医者も珍しくはありません。日本ではこうした考え方はなかなか根付いておらず、一つのキャリアに打ち込むことが美徳とされている節があります。したがってそのキャリアが途絶したときに困ってしまうわけです。
私がいつも学生に対して言っているのは、現役の頃から競技以外の世界を持つべきだということです。アルバイトを始めるとか、就活について情報収集をするとか、何でもいいからやってみたほうがいい。アスリート同士が会話できるのは、あくまでスポーツという共通言語があるからに過ぎません。インターハイやインカレで優勝することはもちろんすごいことですが、スポーツの外側にいる人たちにとってははっきり言ってどうでもいいことです。それよりも、メールが普通に打てる人のほうがよっぽど重宝される。これは拙著『体育会系 日本のスポーツ教育が創った特異な世界』の中にも書いたことですが、「ムラの常識は非常識」なんですよね。アスリートが常識だと思っていることは、あくまでスポーツというコミュニティの内部における常識であって、社会全般の常識とイコールではないということです。
セカンドキャリアに対する見通しが不透明なのは、アマチュアに限った話ではありません。私はとあるプロ野球選手から、セカンドキャリアのほうが大事だということはわかっているけれど、現役のときにそんな話題を出そうものなら「お前はもう辞めることを考えているのか」と指摘されてしまう、という話を聞いたことがあります。このように、プロの世界ですらセカンドキャリアについて考える機運がまだまだ低い。
こうした風潮ゆえに、学生の中には人生を楽観視しすぎている子が多いのも事実です。彼らはこれまでの人生の中では、常に誰かから声をかけてもらう側でした。高校にも大学にもスポーツ推薦で入学しているわけです。とりわけ怖いのは、スポーツ推薦入試で早稲田大学のような名門大学に入ってしまった場合ですね。私は7年ほど早稲田に勤務していたことがありますが、「早稲田にさえ入れば人生安泰」と考えている学生も少なからずいました。しかしそれは大きな勘違いです。競技という活躍の場がなくなれば、彼らは何もかもを失ってしまいます。
やっぱり大事なのは、どの場所、どの学校にいたとしても、競技以外の分野で自分の資質や能力を磨く努力をすることです。そして彼らを支える大人が早い段階で周りにいてあげなければいけません。
綺麗事では済まない費用問題
──高校野球においては、春の甲子園(全国高等学校野球選抜大会)は毎日新聞社が、夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)は朝日新聞社がそれぞれ主催を務め、各種メディアがそれらをさらに盛り立てています。このように、アマチュアスポーツと民間企業の商業主義が強く結びついていることで、アスリートに「自分は選ばれた人間なんだ」といった自己認識が醸成されてしまっているという可能性もあるのではないでしょうか。
小野 でもその商業主義がなければ大会の運営を続けていくことができないわけですよね。ただ、高校野球連盟はある程度お金を持っていると思うので、それを全国の高野連加盟校に助成金というかたちで還元していけるような仕組みがあればいいのではないかと思います。
最近は公立高校がクラウドファンディングで甲子園出場費用を集めるという事例もあります。一応、甲子園出場校には高野連から一定額の宿泊費補助が出るのですが、それだけで保護者や応援団の宿泊費までは賄うことは到底できませんからね。
──野球部以外の部活動の全国大会の場合は、これほど費用が嵩むものなのでしょうか。
小野 たとえばバドミントンのインターハイの場合、大会期間は5日間なので、その2日前から現地入りするとしても、せいぜい1週間しかかかりません。その他の競技も基本的に1週間以内で完結する場合が多いですね。夏の甲子園の場合は大会期間が最長で3週間もありますから、勝ち進むほどに費用がどんどん嵩んでいくので大変だと思います。
留意すべきは、どの競技も野球より相対的にマシというだけであって、金銭面で苦労していることに変わりはないということです。削れるコストはできる限り削る工夫をしています。今年5月には北越高校のマイクロバス事故が起きましたが、一人の指導者として、あの事故は他人事と思えません。私も大学のバドミントン部の遠征で中型車を運転することがありますからね。
生徒の安全が第一と口で言うことは簡単ですが、たとえばマイクロバスを貸し切るとなれば、人件費だけで毎回20万円程度の出費が発生します。限られた部費でそれらをすべて賄うことは不可能に近い。アスリートも指導者も、それを理解したうえで競技に臨む必要があります。
──甲子園を観ていると、お金がない中で頑張っている公立高校ばかりをついつい応援してしまいがちですが、これもある意味では無責任なことなのかもしれませんね。
小野 どんなスポーツであれお金はかかります。誰だって本当はそんなこと言いたくありませんが、これだけはしっかり伝えていかなければいけません。
スポーツと費用の関係についてもう一点。最近では学校の部活動の管轄を、学校から地域のスポーツクラブに移行・展開する動きが全国的に活発化しています。しかし笹川スポーツ財団の調査によれば、部活動を学校からスポーツクラブに移管した場合、かかる費用が3倍程度に膨らんでしまうと言います。したがって今までは気軽に部活動に参加できていた生徒たちが、家庭の経済状況によっては参加が難しくなる可能性があります。先述の通り、スポーツはお金がかかるものではありますが、一方で生徒のスポーツへの参画機会が制限されてしまうことは大きな問題です。
制度改革は進んでいる?
──高校野球の不祥事に話を戻します。広陵高校でいじめ問題が起きたとき、広陵高校は当初、夏の甲子園への出場を辞退せず、高野連も出場を認めたことで世論のさらなる反発を招きました。不祥事が起きた際、当事者たちはどのような対応を取るべきなのでしょうか。
小野 大前提として、野球部の問題は学校全体の問題だということです。野球部が大会などで盛り上がっているうちは学校全体で便乗しておいて、何か事件が起きたときだけ「野球部の問題だ」とトカゲの尻尾切りを行うことはできるはずがありません。しかし現実には自分たちの責任を認めたがらない学校が多い。
「誠意ある対応」というのは、まずは責任を認めるところから始まります。そして何が起こったのかをしっかり調査し、調査結果をオープンにすることです。そして最後に明確な再発防止策を講じていく。変に誤魔化そうとすれば、かえって事態は悪化します。
──他方、近年の高野連は、タイブレーク制の導入、朝昼2部制の部分導入、投手の球数制限、7イニング制の議論など、ハード面での制度改革を積極的に行っている印象です。
小野 生徒たちの将来のことを考えたとき、球数制限は非常に大きな改革だと言えるでしょう。一方で投手を何枚も揃えられない学校にとっては苦しい改革とも言えます。タイブレーク制も、やってみたら意外と馴染みましたし、番狂わせが起きやすくなったことでゲームの緊張感も上がりました。
ただ、7イニング制については厳しいように思います。そもそもイニングを9回から7回に短縮することがどれだけ熱中症対策に効果があるのか、その因果関係は明確に示されていません。イニングが減れば控え選手が出場できる機会も減るので、教育の観点から言えばこれは大きな損失だと言えます。それにイニングを減らしたからと言って、真夏の炎天下で試合をすることには変わりがありません。
熱中症対策を含めた選手の健康を本当に考えるなら、イニングを減らすのではなく、試合環境を整えることのほうがはるかに重要です。真昼は避け、午前と夕方以降に試合を行うようにしたり、休養日を増やしたりすること。そうなると必然的に大会期間が延びるので、春の大会は予選という位置付けにして、夏の大会を地方大会の本大会とするのが良いのではないでしょうか。そんなことはプレイヤーもファンも絶対に許さないでしょうけれど、野球以外の高校スポーツでは当たり前にやっていることです。
高野連が加盟校に対して実施したアンケートでは、70%を超える学校が7イニング制の導入に反対しています。試合時間帯や日程、会場、運営方法といった部分について十分に議論しないまま、選手の出場機会を奪う可能性のある改革を強行してしまうのは拙速です。
──広陵高校の炎上や高野連の制度改革など、高校野球の中でスポーツ倫理をめぐる問題がようやく焦点化されてきたという印象があります。先生から見て、野球をはじめとした高校部活動の倫理意識は実際に向上していると思いますか。
小野 2012年に、大阪の市立桜宮高校バスケットボール部の生徒が、顧問から暴力を受けて自死する事件がありました。これが大きな社会問題となり、その後にJOC(日本オリンピック委員会)や高体連(全国高等学校体育連盟)などが一丸となって暴力根絶宣言を発布し、各NF(国内競技連盟)に暴力相談窓口ができるなど、スポーツ界をめぐる風景は一変しました。しかし今でも暴力はなくなっていません。ここ10年で日本のスポーツ界でのコンプライアンス意識が大きく向上したことは事実ですが、それについていけた人と、ついていけなかった人がいるわけです。しかし実際のスポーツ教育の現場では、ある程度の厳しい指導が必要とされる場合ももちろんあります。殴る蹴るなどの暴力行為や精神的に追い詰めるような言葉がけ・方法などは絶対にいけませんが、「厳しさが全くない世界」というのもまた考えさせられます。
意識すべきは「納得感のある指導」
──どこまでが暴力でどこまでが指導なのかを客観的に線引きすることは難しいのではないでしょうか。
小野 その通りです。ですから指導者は常に生徒との対話を意識する必要があります。指導者が生徒に自分の方針を一方的に押し付けるのではなく、生徒側の意見にも耳を傾ける。自分が指導者をやっているからこそわかることですが、自分が良かれと思って考えたことが生徒に響かないことって、結構よくあるんですよね。たとえば前向きに取り組んでくれると思ってゲーム練習を入れてみたら、意外にも盛り上がらない。そこで学生に話を聞くと、自分の詳しいコンディションやいま必要と考えている練習メニューについて話してくれる。こういうことは本人に聞かなければわからないことですからね。一方で学生がやりたがらなくても、やらせなければいけないメニューもある。そういう場合は、なぜそのメニューをやる必要があるのかを、エビデンスベースで学生たちに説明することを心がけています。
本学ではほとんどないことなのですが、聞くところによると、ある大学では自分の価値観に合わないメニューは「自分には必要ない」などと言って一切受け付けない学生もいるようです。やっぱり指導者が学生の話を十分に聞いたうえで、納得感のある指導を心がけることが大切です。
──最後に、部活動文化の中にスポーツ倫理がより浸透していくためには、どのようなことが重要でしょうか。
小野 大きなポイントは二つあります。一つは先ほども述べた通り、対話を重視した指導者と生徒の関係づくりをしていくことです。もう一つは開かれた環境をつくることです。「野球がすべて」のような閉鎖的な「ムラ」の価値観に閉じこもらず、外部とのつながりを持つ。「ムラの常識は非常識」という認識を共有しながら、スポーツ以外の世界にも積極的に触れられるような環境をつくっていくことが重要です。
(終)